審判人のリゾルート(2)

 屋敷の入り口、扉の前までやってきた二人だったが――まだ扉を開けていないにもかかわらず、隙間から漂ってくるのは、あまりに異様な雰囲気だった。


 だが、そんなものに怯んでいては始まらないと、扉を開けると。


「ああ、外まで漏れ出していた違和感の正体はこれ?」

「私たちを……誘っているようね、アンネリリィ」


 まるで迷宮のように入り組んでいた屋敷の内部が、階段までまっすぐの一本道となっていた。


 屋上で待ち構えているであろう魔女の二つ名通り――余分な道が、整理されている。


 暗に、『来い』と。そう言っているのだろう。


「ならば誘いに乗ってやるまでね。いくわよ、理瀬りぜ

「気を付けて、ヴァーレリア。アンネリリィの手が加わっているということは……この道が安全とは限らない」


 警戒しながら、一歩前に出た理瀬は――すぐに一歩後ろへ下がる。


 予想通り、罠が張られていたからだ。


 まっすぐに続いているだけの何もない壁には、こっそりセンサーでも埋め込まれていたのだろうか。横を通り過ぎようとした瞬間に、右側の壁から白い紋章が浮かび上がる。


 円の中に、非対称な図形らしきもの。そこから、触れればひとたまりもないであろう白い光が――ゴオオオオオオオオオオッ! と轟音を撒きつつ、放たれる。


 魔女であれば、ひと目見ればすぐに、これが何であるかに思い至るだろう。


「これは……『シギル』だったっけ?」

「多分そう。この場合、魔導書の一節から作られたものじゃないかしら」


 シギル――文章から重複する文字を一つにして、残った文字を組み合わせて魔術的な記号を作り、二重の円で囲んだもの。いかにも《整理の魔女ソーティラウト》が好みそうな魔術だ。


「これが一面に仕掛けられてるとしたら、この道は使えないわよ……?」

「なに言ってるの、理瀬。私たちじゃ壁なんて登れる訳ないんだし、使うしかないでしょ!」

「んえ? ちょっ、ヴァーレリアあああぁぁああああ――――っ!?」


 ヴァーレリアが、理瀬の左手を強引に握ると――ダッ! と勢いよく駆け出した。


 やはりというか、わざわざ言うまでもなく、浮かび上がるシギルは一つではない。十、二十と、次々に現れたそれから、様々な魔術攻撃が放たれる。


「うっ、うひゃああああああぁあぁあぁああああああああああああああ――――――っっ!!」


 神回避……とはあまりに言いがたい。狙いがよく掴めないぐねぐねに曲がる弾なんか、ほとんどラッキーで避けたようなものだ。


 戦略なんてあったもんじゃない。ただの強行突破だったが……なんだかんだで道の先、階段を登った先の踊り場までたどり着いた。


 どうやら、シギルによる罠が張り巡らされているのは道だけらしい。


「はあ、はああぁ……、馬鹿じゃないの!? こんなの、命がいくつあっても足りないじゃない! 寿命が半分になっちゃったわよ、今ので……」

「じゃあ、今通ってきた道をまた戻る?」

「……うう、分かったわよう、いくわよ、行けばいいんでしょ!」


 階段を登り、二階へ上がるが――そこも一階同様、一本道の廊下が続いていた。


 この屋敷は四階建てなので、屋上までたどり着くには、あと三回はさっきと同じように、廊下を走り抜けなければならない。


 単純計算で、理瀬の寿命は一六分の一になってしまうが……この際、来た道を引き返して何も事が進まないくらいなら、リスクを抱えてでも屋上に向かった方がマシだろう。


「でもせめて、無闇やたらに突っ込むんじゃなくて、ちゃんとよく見て避けること。ヴァーレリア、いい?」

「ふふっ、分かったわよ。今のでなんとなく、罠の傾向も掴めたし。さ、掴んで」


 ヴァーレリアが、理瀬に右手を差し伸ばす。


「……私、自慢じゃないけれど、動くのは苦手なんだから。覚悟は決めたから、頼んだわよ、ヴァーレリア」

「ええ、私に任せておいて、理瀬。……行くわよッ!」


 今度は二人で同時に、足並みを揃えて駆け出した。


 一階と同じく、左右の壁から次々にシギルが浮かび上がり、次々と魔法攻撃が放たれる。


「本当に巧妙な罠よね。発動して、ちょうど避けようとした所にまた罠があるんだもの。でも、それを分かったうえで見れば――罠の位置は見えみえね」

「へえ……、そんなの、見ている余裕もなかったわ」


 今度は理瀬も、ヴァーレリアの後を追うように自分で走っていたのもあってか、数多の罠をくぐり抜けるその姿には、まだ余裕が残されていた。


 軽々とした身のこなしと判断で、次々に安全なルートを先行するヴァーレリアと、運動が得意ではないながらもなんとか付いていく理瀬。


 難なく二階から三階へと上がる階段までたどり着いた二人は、顔を見合わせると、互いに思わず吹き出してしまう。


 理瀬はもちろん、こんな強行突破を選んだ張本人であるヴァーレリアでさえ――一つの山を乗り越えて疲れ切った、そんな表情をしていたからだ。


「……変な細工さえされていなければ、あと二回。やっと折り返し地点ってところね」

「ええ、本当に……大バカ者よ、ヴァーレリアは」

「ホメ言葉として受け取っておくわ」

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