月風のディソナンス(9)

 手足を縛られて、身の自由を奪われ、その場で倒れるヴァーレリアだったが、口を塞ぐように縛られた鎖はすでに緩められていた。


 ひとまず落ち着きを取り戻したと――彼女の命さえも握っている少女、月成つきなり理瀬りぜが判断したからだ。


 ただし、鎖が緩められているとはいえ、詠唱を口にしようとすれば、すぐにまた口を塞いで縛り付けられるような状態ではあるが。


「私が負けた以上、理瀬のやり方で《焦煙の魔女スクルペロスケルン》に反抗するので構わないわ。そもそも、目的自体は同じなんだし」


 《焦煙の魔女》の思い通りにさせない。それだけなら、派閥が全滅する末路だろうと、全ての派閥が残る結果だろうと、結果的には変わらない。


 ただ、ヴァーレリアにとっては。父親だって、彼女が八歳のときに魔術関係の抗争に巻き込まれて亡くなっているのに――さらには母も、妹だっていないこの世界に意味はない。意味のない世界で、たった一人残される――そんな孤独にひたすら耐えればいいだけの話だ。


 そもそも、敗者が目的を達せられるという時点で相当なラッキーであるはずで、そのうえ少しの我慢すらしたくないなんて、それは贅沢と言わざるを得ないだろう。


 だが、その目的を達した後に、こんな世界で……。一体、どうすればいいのだろうか?


 そんなことをつい考えてしまい、ヴァーレリアが浮かない表情になっていたのに気づいたのか、理瀬は。


「大丈夫よ、ヴァーレリア。あなたを一人にはさせないから。無事にこの戦いが終わって、帰ったら……まずは美味しいものでも食べに行こう。そのあと、映画を見に行って、買い物して……。ね、約束よ?」


 理瀬は、ヴァーレリアを縛っていた残り四本の鎖を解き、元の発動体へと戻してポケットへとしまう。


 そして、右手を差し伸べる。派閥という壁がありつつも、ただ友人であったはずの少女に向けて。

 

「……ふふっ、理瀬。それ、死亡フラグってやつじゃないの。よりにもよって、こんな大事な戦いの前に……」


 溢れそうな涙を拭い、ごまかすように笑って――ヴァーレリアは差し伸ばされた手を掴む。


「死亡フラグ? そんなもの、壊してしまえばいいじゃない。ちょっとフラグを立てたくらいで止まっているようじゃ、あの《焦煙の魔女》にひと泡なんて吹かせられないでしょ?」

「ええ、それもそうね。……ありがとう。確かに私は、生きる意味をほとんど失ってしまったけれど、それも全てではないって気づいたわ。楽しみにしてるわよ、理瀬」


 二人の魔女は、ごくごく普通の、年頃の少女らしくしとやかに笑って。


 やがて、真剣な眼差しで《焦煙の魔女》という共通の敵を見据えた二人は、同じ方向へと視線を送る。


 大きな屋敷――その屋上。二人の戦いも優雅に見つめていたであろう魔女――アンネリリィ・ツァウバティカー。


 彼女とは直線距離で一キロ以上あり、細かな表情まではよく見えなかったが、それでもなんとなく分かる。こちらを見て、アンネリリィは――

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