月風のディソナンス(7)

 林道を抜け、屋敷までの開けた道を歩いていた月成理瀬。


 今の時代じゃ考えられない。派閥同士争っているとはいえ、本当に人が、家族が死んでいくなんて――。


 そんな、信じがたい現実という重荷を背負いながらも一歩ずつ歩いていた、そこに。


 足を踏み出そうとした先の地面が、――スパンッ! と、突然横から飛んできた斬撃によって、深くえぐり取られる。


 それも、じっと目をこらしていないと見えないまでの速さだった。今の一撃だって、たまたま気分が優れずに、下を見ながら歩いていたから、なんとか気が付けただけに過ぎなかった。


 こんなにも速い斬撃を繰り出せる、この島でまだ残っている魔女といえば……一人。


「止まりなさい、月成理瀬」

「……っ、ヴァーレリア……」


 《疾風の魔女》ヴァーレリア・クラウノウト。


 彼女の魔術は、二つ名にもある通り、突風を引き起こし斬撃を放つ。


 実際には、ただ風を起こすだけの魔術ではあるが、はやすぎるが故に『斬撃』へと昇華されるのだ。


「母上が……月成魅瀬に殺されたとは、私もアンネリリィから聞いているわ。それで? その魅瀬は一緒じゃないようだけど」

「……死んだ」

「なに? 聞こえないわ、理瀬」

「死んでしまった。魅瀬も、。あなたのお母さんも、魅瀬と私が二人で。全部、全部――」


 理瀬の震えた声、言葉で、自分の妹が死んだと告げられたヴァーレリアは……それにしてはあまりに素っ気ない態度だった。

 

「そう。魅瀬がここにいないうえに、あなただけがこんな所をのうのうと歩いているんだもの、覚悟はしていたわよ」


 理瀬は、どう言葉を返したものかも分からずに。お互いの間に沈黙が流れる。


 あまりにも長く感じてしまう、その沈黙を先に破ったのはヴァーレリアから。

 

「ねえ、バカバカしいと思わない? 理瀬も、話には聞いているだろうけど」

「なに? 遺産の事?」

「ええ、そうよ。確かに、あの《焦炎の魔女》の魔力がぎっしり詰まった魔石は魅力的。でも、それを手に入れるために――私たちは、大切なものを失いすぎている」

「……同感ね、ヴァーレリア」


 いきなり攻撃してきたので、理瀬は、ヴァーレリアをかなり警戒していたが……どうやら、思うところは一緒らしい。


 だったら話が早いと、理瀬は。


「だったら――まずは私たち二人で協力しましょう?」

「そうね、理瀬。やっぱり、話を分かってくれるのはあなただけだわ。メルンでさえ、私の話を聞かずに、勝手に飛び出していっちゃうんだもの」

「ふふっ、良かった。じゃあ、私と一緒に――」


 理瀬の言葉に続けて、二人の声が重なり合う。


、こんな下らない争いを終わらせましょう?」

、こんな下らない争いを終わらせましょう?」


 ……まるで、不協和音のように。


「待って、ヴァーレリア。あなた、今なんて?」

「全員殺して、最後に私たちも死ぬと言ったわ。……あなたこそ、なんて?」

「私は、戦いなんてやめて、残ったみんなを説得して、三つの派閥のどれが欠けることなく終わらせようって……」


 お互い、きょとんとした顔を見合わせて。しばしの時が流れたのち。


「母上も、メルンもいない今、私一人生き残ってどうしろって言うの? だから、私はこの状況を作り出した《焦炎の魔女》に反抗する。一族の滅亡という、最低な末路を辿ることでね」

「そんな、ヴァーレリア! 確かに私だって、お母さんと魅瀬を失って、どうすればいいか分からない。でも、まだ間に合うわよ。よりにもよって、だなんて……」


 ヴァーレリアの浮かべる表情は、ひどく暗く、希望のカケラさえ見当たらないものだった。


「私はね、理瀬みたいに強くないから。これから一人、孤独で生きていく希望なんて、見いだせないの」

「そんなことない。大体、ヴァーレリアが死ぬことを、天国の二人は望んでいると思ってるの!?」

「……あのね。どの口が言っているの? あなただって、魅瀬と一緒に、私の母上を殺したんでしょ?」

「そ、それは……だって、魅瀬が……」

「言い訳なんて聞きたくない。……どうやら決裂ね、私たち」

「待ってっ、ヴァーレリアッ!」

「――吹き抜けよヴィシュトルムッ!」


 シュパッ! と、理瀬の目の前に風の刃が放たれた。『次は本当に当てる』と言わんばかりの勢いで。


 詠唱が短く、放たれる刃自体も素早いその魔術は、彼女の戦闘スタイルにとても合っている。


 魔術によって引き起こされる事象、その威力や派手こそ削ぎ落とされているが、その分だけ詠唱が短くなっている。


 それでもまだ、直撃すればタダでは済まない威力を保っているのは、ヴァーレリアの魔女としての実力なのだろう。

 

 ……まあ、どんな魔術でも彼女の魔術と同等くらいまでに短くできる、チートじみた魔女もいるのだが。

 

「分かった。やっぱりどこまでいっても魔女だよね、私たち。することでしか、分かりあえないんだもん」


 言いながら、月成理瀬は――銀色の『発動体』を取り出すと、自らの武器である鎖を展開する。

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