月風のディソナンス(6)

 月成つきなり理瀬りぜが、意識を取り戻して――一番最初に視界へと飛び込んできたのは、これはまだ夢だと思い込みたくなるような、あまりに絶望的な光景だった。


「――そうアインワタクシは一度きりの大砲ヴェークィッヒ・カノーネ――ッ!!」

「……ご、ばああああッ!?」


 自分の妹が、腹部に小窓のような風穴を開けられて。見るも無惨な姿で倒れていく様子を見て、これが正気を保っていられるものか?


「……み、ぜ……」


 もうその少女からこたえは帰ってこない。その事実を、ぐっと飲み込んだ彼女は――。


「どうしてこうなってしまったの? どうして、莫大な魔力なんて、くだらない遺産なんかで……みんな、死ななくちゃいけないの?」


 元はといえば、《焦煙の魔女スクルペロスケルン》の遺言書さえなければ。ひいては、遺産そのものがなければ。発端となった最初の戦いだって起こらなかったはずなのだ。


『私の所有する資産の全てを、代表者へと相続する』――ゼラフィールから伝え聞いた、遺言書の一説だ。


 この騒動の種をいたのは、この場にいた誰でもない。島に引きこもり、今の情勢など知る由もない癖して、勝手な決めつけで派閥間の対立を解決しようなどと余計な事をした――あまりに愚かな、クラウノウト一族の頂点――セルヴェラーメ、その人だろう。


「聞いてください、《焦煙の魔女》。あなたが望んだ末路を私は――バラバラに打ち砕いてみせる。これ以上、誰ひとりとして死なせるもんか。遺産? そんなものに踊らされるほど、私は……ッ!」


 こんな末路が、仕向けた張本人の望んでいた結果であるのかどうかは分からない。だが、どちらにせよ――遺産をエサに、派閥同士を争わせようとする悪趣味な魔女の描いたシナリオ通りの末路など、辿ってなるものか。


 故に、月成理瀬は誓う。


 争った果てに殺し合い、最終的に一つの派閥だけ残るのが、その魔女の狙いなら――その逆をもってして対抗する。三つの派閥、それぞれの家……そのどれもが全滅せず、未来永劫にまで残り続ける――そんな結果へと書き換えることで、悪趣味な魔女の目論見は潰えるのだ。


 不幸中の幸いか、月成家には自分が。クラウノウト家にはヴァーレリアがまだ生きているはずだし、ツァウバティカー家の親子は見ていないが、おそらくはまだ、二人とも生きているはず。


 今からでも遅くない、なんて冗談でも言えないが。ここまでに失われた命があまりにも多すぎる。それでも。これ以上悪い方向に事態を進めないように足掻くくらいはしなければ。


「お母さんの代わり。月成家の当主として。私は……」


 月成理瀬は、魔力弾の直撃を受けて叩きつけられた痛みもぐっとこらえながら。視線の先に建つ、全ての始まりである屋敷へと歩き、向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る