月風のディソナンス(5)

「今のところは、あたしにしちゃ、怖いくらいに計画通りに事が運んでいるようだけど……」


 アンネリリィ・ツァウバティカーは、島の中心に建つ屋敷の屋上から、続く林道を眺めながら一人、呟いた。


 視線の先では、二人の魔女が相討ちとなって、同時に息を引き取っている。


 このような結果を招いたのも、全ては彼女、アンネリリィによるたった一つの行動が原因だった。


 特に難しいことをした訳でもないし、なんなら母親に頼まれた内容をそのまま実行しただけだ。『』と、二人の姉妹にただ伝えただけでしかない。


 そう伝えたときにはまだ、実際のところ決着はついていなかったのだろうが――そんなことは些細ささいな問題でしかない。鏡越しに物語をつづる《撰述の魔女ベルファッサー》が命じたのならば、そうなるのは間違いない。


 事前の予測では、厄介な方……月成つきなり魅瀬みぜが勝ち残るだろうと考えていた。自分ではマトモにやり合っても到底敵わないであろう魔女の一人だったため、どうしようかと悩んでいたのだが……彼女のセッティングは、想定以上の結果を残したのだった。


 ちなみに、アンネリリィでは天地がひっくり返ったとて敵わないであろう、この島にやってきた他の魔女らといえば、あとは自分の母親も含めた各家当主の三人くらいか。


 しかし、《月光の工房モンドシュテン》の当主だった月成来瀬くるせは《祈りの顕現アウスヴェーテン》の当主であるゼラフィールによって殺され、そのゼラフィールも、子である月成魅瀬に仇討ちされた。


 そして、母親であるシュティーレン・ツァウバティカーも――。


「ママは……今頃、合わせ鏡の密室に捕われているかな? まだ気づかずに、傍観者気取りであの二人の戦いを見ているのかな? どちらにせよ、もうあたしの敵じゃない」


 鏡の世界の出入り口。物置部屋に立てかけてある姿見は、別の姿見と合わせ鏡になっている。


 鏡の世界から出たシュティーレンは、合わせ鏡に反射して、再び鏡の世界へと戻っていく。何度鏡を通っても現実世界には戻れない、まさに幽閉状態であった。


 もととなった物語である『鏡映しの逆転世界』の主人公は、最終的に現実と鏡世界、どちらが自分のいるべき場所なのかが分からなくなってしまう。


 しくも、作者が主人公に似た境遇の――つまりはバッドエンドを迎えた訳だ。


「残るは月成理瀬りぜと、ヴァーレリア・クラウノウトの二人だけど……あの様子なら、少なくともどっちかが消えてくれるだろうし」


 林道の先で残された、月成理瀬の姿を見つめながらそう予想付ける。


「最後に、残った方をあたしの手で処分する。……それで、《焦炎の魔女》の莫大な魔力も、一族の長という地位も、晴れてあたしのモノ――って訳か。あまりにも簡単で、拍子抜けしちゃうねえ?」


 こことは全てが逆転した世界で幽閉されている、魔女であり、小説家でもあり、母親である――その女性に向けて。


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