月風のディソナンス(3)

「――さあツェアひれ伏しなさいドリュッケンッ!」

「――っ!」


 真っ先に動いたのは、《砲撃の魔女ベスティルング》エンデメルン・クラウノウトだった。


 魅瀬みぜの身体よりも一回り大きな魔力弾が、勢いよく向かっていくが……少女の詠唱ひとつで、バラバラに砕かれる。


「前々から思ってたけど、本当にワンパターンだよね。そうやって撃ちまくることしかできない。それなら『魔女』である必要もないんじゃない? ただの火薬で動く大砲と何が違うのか、教えてほしいよね」

「それを言えば、アナタだってハンマーを振り回すしか能のない、脳筋バカではありませんの? 普段は使っていない――いえ、派閥から使うことを禁じられていたであろう『詠唱』を絡めたからといって、普段から魔術の鍛錬をしているこのワタクシに勝てると思っているんです?」

「ああ、何か大きな勘違いをしてるようだけどさ。お母さんの派閥は――《月光の工房モンドシュテン》は、おまえの所の《祈りの顕現アウスヴェーテン》なんかとは違って、くだらない型になんか、囚われていないんだよ」

「……何が言いたいんですの?」

「おまえの所の派閥は、魔道具を嫌ってるし禁じている。……まあ、《月光の工房》とケンカ別れした原因らしいし、仕方がないのかもしれないけどさ。でも、こっちは違う。別に『詠唱を媒介とする魔術』そのものを嫌ってるわけじゃない。魔道具を扱う派閥だからって、他を禁じるような――頭の硬いところじゃないんだよ」


 元は一つだったはずの一族が、三つの派閥へとケンカ別れした、そんな昔のことは魅瀬も知らない。だが、少なくとも今は――母親である月成つきなり来瀬くるせは、そんな人ではなかった。


「ふうん? では、何故今までアナタは、そこまで自信のある『詠唱』を使わなかったんですの?」

。……自分で、自分に枷をかけたんだ」


 月成魅瀬という少女が、その身に宿している『本気』。その正体とは、魔術を使うことを躊躇ためらわない――分かりやすく言えば、状態のことを指している。


 魔術自体、誰からも特に禁じられていた訳ではない。だが、この力は相手を簡単に殺してしまう。故に、まだ幼いながらも働いていた自制心が、魅瀬にを生み出した。


 それが普段の、ヤンチャで元気な、そして使――エンデメルンも知っている『月成魅瀬』だった。


「強すぎるから封印した? それってつまり、自分の力を制御できないことに対する、逃げではありませんの? そんな未熟者に負けるほど、ワタクシは弱くありませんの――さあツェアひれ伏しなさいドリュッケンッ!」

「うん、ミゼはまだまだ未熟だよ。、自分を抑え込めないんだもん。――


 エンデメルンの放った魔力弾。それを崩したのは、魅瀬の詠唱ではなかった。


 ――ゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 唸るような音と共に勢いよく振るわれた、赤色せきしょくの炎をまとうハンマーが、巨大な魔力弾を弾き返したのだった。


『発動体』を起動して、一瞬にして展開された――普段から使っていて、よく手に馴染んだ愛用の武器だ。


 では、魅瀬の詠唱は何を崩したのか?


「んぎ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」


 悲痛な叫びを上げた少女の左手が、バラバラに崩れ落ちた。ぼとぼとぼとっ! と、妙に生々しい音と共に。


 自身に起こった、見るだけで吐き気が襲ってくるほどのショッキングな光景に、エンデメルンは反撃する余裕さえも失い、その場で震えて泣き崩れてしまう。


「泣き崩れたってもう遅いよ、《砲撃の魔女》。死んだほうがマシだと後悔しても、悪夢は終わらない――終わるとしたら、このミゼが。『本気』のミゼが、十分に満足したときだ」

「いや、ですの……ッ、やめて、こっちを……みないでえええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 襲いかかる無数の恐怖に、狂ったように、叫ぶことしかできなくなった少女に対して。月成魅瀬は、表情の一つさえ崩さずに。しかし、少女の『詠唱』は、相手の至るところを崩す準備ができている。


「さて、次はどこを崩そうか? 流れ的には右手とか? どこかお望みの部位があるなら聞いてあげるよ?」

「いや、だ……、ごめんなさい、《崩悔の魔女ツーザンロイエン》……いえ、月成魅瀬、さん――」

「何が『ごめんなさい』なの? だって、おまえは別に悪くないよね。だって、お母さんを殺された恨みでミゼを狙ったんでしょ? それは、今のミゼでさえ、正当な怒りだと思うし、ミゼにもその気持ち、痛いくらいに分かるからさ」

「い、いえ、ワタクシが……わるッ……いん――」

「いや、誰が悪いとかじゃないんだよ。これはただ、ミゼがやりたくてやってることだから。泣いて謝られたって、もう止められないよ。――

「――んぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 冷たく無機質な詠唱が、膝から崩れ落ちた身体をなんとか支えていた、右腕から先をバラバラに崩す。


 バタンッ! と、うつ伏せの状態で倒れたエンデメルンの瞳は――この地獄のような現実を直視できずに、ただ透明な液体を流すだけの、虚ろな球体となっていた。

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