第二章 月風のディソナンス

月風のディソナンス(1)

『ミゼが晴らせなかった分の恨みは、どうにかして晴らさなくちゃだよね』――真顔で、しかし、ひしひしと。にじみ出るような狂気が伝わってくる声色で、そう言い放った少女、月成つきなり魅瀬みぜ


 彼女は、『本気』が抑えきれるほど、ストレスを発散できなかった。換言するならば、


 姉である月成理瀬りぜは、言葉さえ心に届くかも分からない、そんな少女に向けて、まっすぐに向かい合い。


「一度落ち着いて、魅瀬ちゃん。……もう、大人になりなさい。お母さんが死んだ今、甘えてなんていられないんだから」

「落ち着く? ミゼは最初から――」


 言い訳がましく言い返そうとした少女に。母親譲りの鬼気を、ごわっと放った理瀬は、対照的に、凍てつくような冷たい声で。

 

「最初から落ち着いていたら、《法則の魔女レーゲステレン》と一騎打ちなんて、そんな危険な真似はしないはずでしょう? それに、お母さんが、本当に『復讐』なんて望んでいると思う? もし私がいなかったらどうなってたの? ……少し頭を冷やしなさい、魅瀬」


 かつての、二人を叱るときの母親が見せていた、月成家当主としての威圧感を――既に我が物のようにして、存分に振るう少女。


 ゼラフィールにトドメを刺せず、いまだ『本気』が抜けきっていない魅瀬でさえ、思わず、返す言葉を失ってしまう。


 ただ、母親である月成来瀬くるせに叱られた時。それはそれは、この世のどんな怪談話もかすんで見えるほどには恐ろしかったのだが――同時に母は、優しくもあった。


「とにかく、屋敷に戻るわよ。その傷……手当しなきゃ」


 槍で心をズタズタにされるかのごとく叱られた後は、正反対に温かみのある声で、優しい言葉もかけてくれた。だからこそ、自分のためを想って叱ってくれているんだなと、幼いながらに魅瀬は思っていた。


 それに近い感覚を、姉であるはずの理瀬からも感じていた。


「……リゼ姉。ミゼ、大丈夫……かな」

「大丈夫に決まってるじゃない。私がなんとしてでも助けるって、決めたんだから」

 

 魅瀬は、自身の『万物を崩す』魔術をはね返され、左手を失うケガを負ってしまった。


 一度崩れてしまった左手が、もう元に戻る見込みはなくとも、とにかく今も続く出血を止めなければ、左手どころか出血多量で命にさえ関わってくるだろう。


 そうなれば、本当に、大丈夫ではなくなってしまう。


 理瀬は急ぎ、どうやら少しは落ち着いてきたのか――かつて左手があった場所を見つめて、あまりに信じがたい現実に冷たく震えている妹の、小さな右手を掴むと、無我夢中で走り出す。



 ***

 

 

「リゼ姉。……ごめんなさい」


 屋敷まで向かう途中、林道を歩いていると。ふと魅瀬が、姉の顔を見上げながら言った。


 少女の表情からは、すっかり狂気は消え、元の『月成魅瀬』へと戻りつつあった。良かったと思いつつ、理瀬は優しく言う。

 

「気にすることはないわよ。私だって……お母さんを殺されて、黙っていられる訳ないでしょ。だからつい、手を出してしまったんだし」


 もしも、姉という立場ではなく。姉として、母親がいなくなってしまった今、魅瀬を守るためにもしっかりしなければならない――という抑止力さえなかったら。普段は年齢と比べて大人びているとよく言われる彼女でさえも、我を忘れて怒り狂い、暴れてしまっていただろう。


 まだ冷静を保っていてもなお、最後に鎖で詠唱を止め、トドメを奪ってしまったくらいには。理瀬も、怒りを隠しきれていなかったのだろう。


 考えてみれば当たり前の事ではあるものの、自分もまだまだ子供だな、と思いつつ。


「……そうだ」

「どうしたの、リゼ姉?」


 少しは落ち着きを取り戻した魅瀬に、今なら伝えられるだろうと考え、口を開く。


「魅瀬にも伝えておかないとね。あの会議室でなにが起こったのか。そして、なにより……お母さんがのこした、最後の言葉を」

「最後の、言葉……」


 ゼラフィールから聞いた、母親――月成来瀬の最期を伝えるために。

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