幕間 多才魔女、鏡世界にて

 正真正銘の魔女であり、同時に小説家でもある。シュティーレン・ツァウバティカーの著書に『鏡映しの逆転世界』というヒット作がある。


 鏡の先に広がる、何もかもが逆転した世界に入り浸った少女が、最終的に『元いた世界』と『鏡の世界』のどちらが現実なのか、区別がつかなくなってしまう――なんとも後味の悪い結末を迎える小説だ。


 だが、もし。その物語さえも『魔導書』であったら?


 シュティーレン・ツァウバティカーは、魔女の島、屋敷の一室にて。優雅に紅茶をたしなみながら、をそのまま、文章へとしたためていた。


 鏡世界――とはいえ、結局は小説をもとにした魔術にすぎない。魔術ひとつで世界を生み出せるほど便利なシロモノでもなく、再現できるのは部屋一つ程度ではあるのだが、やはり便利な魔術であるのには違いない。


「今のところは、物語としては及第点ってところですかねー? アンネリリィに命じたさえ効いてくれれば……。あわよくば、自分史上、最高傑作の物語にもなり得るかもしれませんけど」


 シュティーレンが、そう評価しつつ、座る椅子にもたれかかり、両手をぐんっと伸ばして休憩していると――噂をすればなんとやら。シュティーレンの執筆部屋の角に立てかけられた姿見鏡の中から、一人の少女が現れる。


 この場所に繋がる鏡の場所を教えたのはただ一人。彼女の一人娘である、アンネリリィ・ツァウバティカーだけ。


「ママ、言われた通り――セッティングはしておいたよ」

「ああ、感謝ですー、アンネリリィ。この物語の執筆者として、自分がいままさに起こっている出来事から、少しでも目を離す訳にはいかないですからねー」


 これで、閉じかけた物語の幕はもう一度開かれるだろう。願わくば、さらに盛り上がり、劇的な結末を迎えることを願って。


「そうです、アンネリリィ。あなたもここで一緒に、鏡越しで描かれるこの物語を楽しみましょう? 紅茶とお菓子でも嗜みながら、ね」

「ああ……ごめん、ママ。あたしはまだやり残したことがあるから。それが済んだらまた来るよ」

「わかりました。いつでも待ってますよ、アンネリリィ」


 シュティーレンに見送られながら、アンネリリィは鏡を通り、現実世界へと帰っていく。腹の内には、母親とはまた別の――黒い野望を抱えながら。



 ***



 鏡の世界から戻ってきたアンネリリィは、屋敷の地下――薄暗い物置部屋から、通ってきた鏡とはまた別の――もう一つの姿見鏡を、合わせ鏡になるよう配置した。


 当然、鏡同士で反射して、鏡の中に鏡が――と再帰的に、無限に続く。ドロステ効果という名前は知らずとも、好奇心で試してみた事のある人も多いだろう。


 数々の迷信がはびこる、この合わせ鏡だが……アンネリリィは迷信ではない、明確な目的があったうえで、この姿見鏡を二つ、向かい合わせたのだ。


「ママの書いた小説を、ここまで読んできたからこそ分かる。……あの人は、最後に誰かが幸せになる小説は書かない。もし、この相続争いが一つの物語だとして――ママの思惑通りに進んだら、誰もが不幸な結末で終わっちゃう。他でもない、あたし自身も」


 ヒット作をいくつか挙げるなら、著書『消滅を願う少女』も、『鏡映しの逆転世界』も。どちらの主人公も、結末は、前者は孤独に打ち震え、後者は鏡世界と現実世界の区別が付かない廃人と化す――。


 かといって、他の登場人物、その誰もが幸せになる描写もない、どの視点から見ても救いようのない『バッドエンド』。


 他の小説も同様だった。シュティーレンがつづる物語は、登場人物の誰ひとりとして幸せになることがない。


 今回の『相続争い』だけが例外だなんて、都合の良い話もないだろう。


「……そんなのはダメだ。《焦炎の魔女》の莫大な魔力を手に入れて、最後に笑うべきなのは――


 銀髪のお団子ヘアに、飾り気のないベージュの服を纏う、良くも悪くも目立たない少女。


 《整理の魔女ソーティラウト》アンネリリィ・ツァウバティカーは言いながら物置部屋を後にする。



 ―― Zaubertekar`s Memo  ――


 アンネリリィ・ツァウバティカー

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