崩悔のプレリュード(9)
『あなたの生き死になんて、私には興味がない』――《
それでも、そう言い放った張本人である彼女が、続けてゼラフィールの動向を追っていた理由は一つしかないだろう。
「
ゼラフィールは、他人の意思が介入しているもの――ひいては相手自身に対して法則を曲げられないのに対して、月成魅瀬は狙いさえ定めてしまえば相手が人間だろうとバラバラに崩してしまえる。
両者の間には、決定的な差があるため結果は目に見えている。故に、大切な妹を『殺してでも』と言って、魅瀬の過度にかかったストレスを発散させるべくゼラフィールを焚き付けたのだが……姉としてはやはり心配ではあった。
そして、ゼラフィールのもとに、一人の走り来る影があった。それが誰かなど、わざわざ言うまでもない。
「――やっと見つけたよ、《法則の魔女》。今度はもう逃さない」
「アタシも、もう逃げる気はねえよ。決着をつけようぜ、月成魅瀬。いくら魔術を上手く扱えたところで、大人と子供との間には絶対的な壁があると教えてやる。……ま、理解した頃にはもう、死んじまってるだろうが」
「それならミゼは、こんなくだらない『大人と子供の壁』を、カケラも残さず壊してあげるよ。……まあ、壊れた跡を見る頃にはもう、死んじゃってるだろうけどね」
相対する二人の言葉が交差して。狂気にまみれた魔女同士の戦いが幕を上げる。
***
「
強引に捻じ曲げられた、気圧の変化による莫大な威力の一撃が、月成魅瀬へと放たれる。
気圧という実体のない物に対しても、魅瀬の『万物を崩す』魔術は効果を発揮するのは、屋敷の中での戦いで実証済みだ。
だが、少女はそうしなかった。ここが外である以上、大きく避けることができるので、そもそもその必要性がない。
「――
一回分の詠唱を、少女は攻撃に回す。
ゼラフィールの立っていた地面が、まるで落とし穴のように崩れていく。
地中へと引きずりこまれる彼女は、再び詠唱すると、地面を蹴りあげる威力を増幅させた。
宙に打ち上がった彼女は、続けて二度目の詠唱。気体の温度を強引に下げることで、現れた無数の水塊――そのすべてを
「ま、まず……っ!?」
なんとか後ろに下がってやり過ごすが――やはり、《
……想定以上に早かったのだ。本気の少女が抱える『弱点』に、ゼラフィールが気が付くまでの時間が。
確かに、月成魅瀬の魔術なら、どんなものでも崩すことができる。……ただし、複数の対象を同時には崩せない。ゼラフィールの放った、水塊の雨なんかは、魔術では防げない。
ここがあの円卓の会議室であれば避ける場所もなく、ただ打ち潰されていただろう。屋外でよかったと魅瀬は身震いしながらも――そんな少女の目は、しっかりと相手を捉えていた。
「――
「――ッ、ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
詠唱と共に、ゼラフィールの右手がバラバラに崩れ落ちる。触れてさえいないのに、ぼとぼとぼとっ! と肉片が地面に落ちる様子は、あまりにも残酷で。
しかし、ゼラフィールは思わず笑いをこぼしてしまう。なぜなら。
「――くッ、ははははははははははははははははははははははははははは!! ……お前、今、
ゼラフィールの叫びは――ただ、この島中に木霊しただけではない。あれだけ綺麗だった赤髪が、禍々しく毒々しい紫色へと変容していく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオおああああああああああああああああアあああああああああああアアあああアああアあアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」
「……な、なに……、何なの……?」
あまりにも異様な光景に、流石の魅瀬も思わず、一歩後ずさってしまう。
ベクトルさえ違えど、魅瀬の『本気』と似たようなものだろう。少女が、冷酷で、周囲を凍てつくような狂気であるならば――ゼラフィールは、爆発的な狂気とでも表すべきか。
だが、向こうが狂気を纏ったからといって、こちらが弱体化したわけではない。……魅瀬はそう気づき、冷静に。
「――
しかし、どんどんと狂気を膨張させていく魔女が返したのは、さっきまでとは違う――まったく別の詠唱だった。
「
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