崩悔のプレリュード(8)

 ゼラフィール・クラウノウトは、屋敷の中の一室で、先の戦いによる傷の応急処置を施して。やっとひと息、落ち着けた気がする。


 ゼラフィールの逃げ込んだ部屋には、彼女の子供であるヴァーレリアとエンデメルンの二人の姿もあった。


 ちょうど、今の事情を話しておきたかったので好都合だ。が、しかし。


(……どこから、どこまでを話したものか)


 当初は、月成つきなり魅瀬みぜに追われている事を二人に話すつもりだった。


 さらに言えば、そのキッカケとなった、《焦煙の魔女スクルペロスケルン》の遺産である魔力を巡って、当主同士で殺し合いに発展し――いずれは派閥同士で争いになるだろうと。


 だが、いざ二人を前にして。どの範囲まで話しておくべきか、迷っていた。


 仮に、ゼラフィールと月成来瀬くるせのように、子供同士も敵対関係ならば、彼女も迷うことなく話していただろう。


 だが、そうではない。派閥の壁があってもなお、子供同士は模擬戦をしたり、普通に笑い合ったりできる――そんな関係性だ。


 それに、もう16のヴァーレリアはともかく、まだたったの11歳であるエンデメルンは、少なからずショックを受けてしまうかもしれない。

 

「……お母さま?」

「ん? ああ、すまんすまん。……そうだな、どうせそのうち話すことになるんだ。迷うまでもないな」


 エンデメルンがこちらへ向ける、純粋無垢な眼差しに思わず、躊躇ちゅうちょしかけるが……確かに、良いキッカケとも思う。


 クラウノウトの名を継ぐ魔女として、他の派閥の魔女たちと、どう付き合っていくべきか。その見本となる姿を教えなければ――物語で表すのなら、まだ第一章にすぎない今ならともかく、これから本格的に始まるであろう、この相続争い殺し合いを生き残る事はできない。


 母親の死から、すっかり月成家の当主として相応しい姿となった月成理瀬りぜと、『本気』という名の狂気をまとった月成魅瀬。二人と対峙して、その思いはより強くなってしまった。


「ヴァーレリア、エンデメルン。……落ち着いて聞いてくれ」


 ゼラフィールは、子供たちに、ここまでの出来事を話す覚悟を決めた。


 ***



「……あの二人の、母上を……!?」

「それで、お母さまは命からがら逃げてきた……という訳ですのね……」


 円卓の会議室から始まり、今に至るまで。知っている内容全てを二人に話した。


 意外にも、ショックが大きかったのはヴァーレリアの方だった。年の近い姉同士、月成理瀬と親しかったせいだろう。


 かえってエンデメルンの方は、話した内容を理解できているのか怪しいレベルであっけらかんとしていた。


 聞いている様子を見た限りは、どうやら理解できているらしい。……となれば、魔女としては妹であるエンデメルンの方が完成されていると評価せざるを得ない。


「それでお母さま。月成家の二人はどうしますの? ソウゾクだとか、ワタクシにはよく分かりませんけど……遺産を手に入れるには、いずれ殺さなくてはならないのですよね?」

「メルン……、まさか、あなたまで二人を……?」

「クラウノウト家の魔女として、必要とあらば戦いますわ。まさかお姉さまには、その覚悟はありませんの?」

「そんな、いくら《焦炎の魔女》様の遺言だからって……理瀬と、魅瀬ちゃんを手に掛けるなんて……」


 人間性でいえば満点のヴァーレリアと、魔女としては満点のエンデメルン、まるで真逆だった。姉妹二人を一セットで考えれば、良いコンビなのかもしれないが。


「落ち着け、二人とも。まだお前たちは派閥を背負う立場じゃないんだし、無理に手を汚す必要なんてないさ。《祈りの顕現アウスヴェーテン》の、クラウノウト家の当主であるこのアタシが、全て終わらせてやる。生き残って、遺産も手に入れる。……ただ、お前たちも魔女である以上は他人事ではない。それだけは気に留めておいてほしい」

「……はい、母上」

「分かりましたわ、お母さま」

「よし、流石はアタシの子だ。それじゃ、しばらくここには戻ってこないが……頼んだぞ、二人とも」


 そう言い残して、手当を終えたゼラフィールは屋敷の一室を出ていった。


 今度は逃げるためではなく――月成家との、決着をつけるために。

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