崩悔のプレリュード(7)

「なんだ、そんなことか。……いいぜ、それで見逃してくれるってなら安いもんだしな」


月成つきなり来瀬くるせの最期を教えて』――彼女の子供である、月成理瀬りぜの要望に、ゼラフィールはあっさりと快諾する。


 というか、ゼラフィールにとっては話したところで何かを失うわけでもなければ、何かが変わる訳でもない。ここで断る理由なんて見当たらなかった。


「まあ、アタシはあの場で起こったことしか知らねえ。オマエの母親と、特別親しくしていた訳でもないしな……話せるのはさっき、あの部屋での出来事くらいだ。それでいいなら、いくらでも話してやるよ」

「……分かったわ」



 ***



 月成理瀬は、ゼラフィールから、あの円卓の会議室で起こった出来事を聞いた。


 そもそもの争いに発展した理由――《焦煙の魔女スクルペロスケルン》の遺言書のもと、彼女の遺産である『莫大な魔力』を巡って、真っ先に雲隠れした《撰述の魔女ベルファッサー》シュティーレンを除いた二人で殺し合いになった事。


 その争いに、母親である《虐槍の魔女シュペルヴァルト》月成来瀬が敗れたこと。


 そして最後に――本人に向けた訳ではないが――母が遺した言葉。


 要約すれば、姉の理瀬には『安心して当主の座を任せられる』。魅瀬みぜには、『ゼラフィールさえも超えるほどの可能性が眠っている』と。


 故に、『安心して自分の跡を任せられる』――と。

 

「お母さん、そんなことを……」


 その場にいたゼラフィールは、『親バカ』だと吐き捨てた言葉。しかし、今はもちろん考えを改めている。月成来瀬は、親として思い描く、理想的な姿を語っていた訳ではない。ただ、事実をたんと述べていただけのことだった。


「アタシが話せるのはここまでだが」

「いえ、これだけ聞ければ十分。私は約束を守る。ただ」


 ……月成理瀬は、そう続けて。


「私にも、魅瀬の『本気』は止められない。生き残りたいのなら、、《法則の魔女レーゲステレン》」

「ご忠告感謝するぜ、《緊縛の魔女フェストデージェ》。だが、いいのか? オマエの妹を――ブチ殺しちまってもさあ?」

「そうね。殺せるものなら――と付け足しておこうかしら」

「ま、アイツも言っていたからな。もう油断なんかしねえ。次に戦う時までには態勢を立て直して、全身全霊で相手してやるさ」


 だから、とゼラフィール間に挟んで。


「オマエの妹を殺しちまっても――文句は言わせねえ」


 言うと、ゼラフィールは応急処置のために屋敷の中へと入っていく。


 月成理瀬には、特に目的地はなかったものの……流れ的に、同じく屋敷に入っていくのもどうかと思い、その反対方向へとそれぞれ歩みを進める。

 

「……まあ、一度でも魅瀬ちゃんに『本気』を出させておいて、生き延びるなんて無理だろうけれど」


 月成理瀬は、一人歩きながら呟いた。


 そもそも、母親に続けて、大事な妹まであの魔女によって殺されるなどあってたまるものか。


 それでも、彼女がゼラフィールに対して『殺してでも』とまで言い放ったのは、そうはならないと確信するに足る理由があるからだった。


 《法則の魔女》ゼラフィール・クラウノウトも、《崩悔の魔女》月成魅瀬も。どちらの魔術も、発動速度や威力といったスペック自体は互角だ。ただし、一点だけ明確な差がある。


 ――どれだけあがいても、魅瀬がその気にさえなれば、存在ごと簡単に消し崩してしまう。この一点だけで、二人には明確な差が生まれてくる。


 それが、月成理瀬がそう確信する根拠だ。


「さて、《法則の魔女》も用済みになったし……あとは魅瀬のサンドバッグとしての働きさえこなしてくれればいいんだけれど」


 魅瀬がいつもの状態に戻るのは、自分の意志だけでは不可能だ。少女に本気を出させた原因――今回なら、母親を殺した魔女をあらゆる方法でなぶり殺し、抱えてしまった過度なストレスを発散させるしかない。


「大体――お母さんを殺した魔女を、そう簡単に許すはずがないじゃない。バラバラに崩れながら後悔する末路がお似合いよね? ゼラフィール・クラウノウト」


 時代の流れで風化しつつあるかと思われていたが、半分狂気にも見える笑みを浮かべた彼女もやはり……どこまでいっても『魔女』なのだ。

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