崩悔のプレリュード(6)

「……案外、何事もなく辿り着いちまったか」


 そこまで距離が離れていないのもあってか、ゼラフィールはあの後、すぐに島の屋敷まで戻ってこられた。


 その間、月成つきなり魅瀬みぜはもちろん、他の誰とも遭遇していない。……まあ、ここまでの道のりはともかく、これから一族の集う屋敷の中に入るというのだから、そうも言っていられないだろうが。


 中に入るとすれば、正門から入るか、さっき自分で壁に開けた穴から入るかの二択になるだろうが――どちらから入ろうと大した差はないにせよ、正面から堂々と入っていくのはなんだか気が引けたので、大穴から入ることにした。


 広大な庭に囲まれた屋敷の外周をぐるっとまわり、裏側から内部へ、足を踏み入れようとした――その時だった。


「――ッ!?」


 あまりに突然で、驚く時間さえもなかった。こちらの動きを読んで、待ち構えていたによる奇襲だろう。……具体的には、足を何かに掴まれたまま、思いきり転ばされるように引っ張られた。


「チッ、……歪曲しろフェア数多なるノイエン――ごばああああッ!?」


 続けて、詠唱を紡ぐために必要な口を塞ぐような形で――冷たく、無機質な何かが触れる。


 一瞬だけ見えたそれは、ひとりでに動いて万物を縛る、金属製の『鎖』だった。


 鎖を操る魔女といえば、一人しかいない。


「いくら相手が《法則の魔女レーゲステレン》だとしても、詠唱さえ封じてしまえば敵じゃない」


 《緊縛の魔女フェストデージェ》――月成理瀬りぜ。普段なら、手慣らしにさえならない相手ではあるが……少し油断すれば意識が飛びかねないこの状態で、しかも不意を突かれたとなれば話は別だ。


 その黒髪少女は、一派閥のトップであるゼラフィールを前にしてもなお、一切の怯えは見せずに相手を睨む。


 ……《月光の工房モンドシュテン》のトップが死んだ今、月成家の長女である彼女もまた、一派閥のトップではあるのだが……そういった、実質的な立場だけではない。


 以前よりもまた一段と、魔女として――派閥のトップとして持ちあわせるべき『狂気』をはらんでいるように見える。


 だが、それだけではただ、あの月成来瀬くるせと同じ場所までたどり着いたに過ぎない。……しかし、ゼラフィールは最終手段として、魔女としてのプライドさえも踏みにじる、さらなる狂気を内に隠している。


 ゼラフィールは、狂気かつ凶器――魔女としてはあるまじき武器である、黒い拳銃をドレスの内側から右手で取り出して、そのまま一切の躊躇いもなく引き金をひく。


 これなら詠唱がなくとも戦える。


 月成理瀬。人の弱点を突いて、安心しきっているその様は、まさに母親譲りだろう。


 こちらの突然の抵抗に、表情から余裕が一瞬にして消えるところまで、本当に母親とそっくりだ。


 ……だが。


 母親と全く同じ末路を追いかけるように辿るほど、その子は愚かでもないらしい。咄嗟とっさに放った銃弾は、月成理瀬には命中しなかった。


 ゼラフィールの側も、鎖に縛られながらかつ、しっかりと照準を合わせた発砲ではなかったのもあったからか。


 だが、レプリカとは比べ物にならない、本物らしく重い発砲音。魔女が見慣れない、魔術の一切関与しない『凶器』の登場は、それだけで相手を怯ませるのには十分だった。


 ……具体的には、開いた口へと食い込む鎖の力がほんの一瞬だけ弱まった。


 ゼラフィールは、たった一瞬だけ訪れたチャンスを逃さない。拳銃を握っていない左手で、鎖を掴んで空中へと放り去る。


 不思議な事に、鎖は意思を持っているかのごとく、ひとりでに使用者の元へと戻っていった。


「で、何の用だ……なーんて、聞くまでもねえか。って奴だろ?」

「いいえ。《法則の魔女》……ここであなたを殺したところで、私のお母さんが帰って来る訳じゃないもの」

「……ほう。それじゃあ、アタシに一体、何の用だって?」

「聞きたい事がある。質問に答えてくれさえすれば、ここは見逃してあげてもいい。……そもそも、あなたの生き死になんて、私にはもう興味がないから」

「ハッ、そいつは嬉しい提案じゃねえか。だがよ――」


 ゼラフィールの浮かべていた、苦悶の表情さえも――後からやってきた、湧き出るような笑みによって塗りつぶされながら、続けて。


「それって、テメエがアタシより強いという前提があったうえで、ようやく、初めて成り立つ取引じゃないのかねえ?」

「へえ。いくら《法則の魔女》といえ、それだけ手負いの状態で、私に勝てると思っているの?」

「んまあ、正直に言っちまえば、五分五分といったところだろうな。その『聞きたいこと』次第じゃあ、その賭けに乗らなきゃいけねえ訳だが……何が聞きたいんだ?」


 強気な態度を決して崩さないゼラフィールだが、これ以上余裕がないのも確かだった。できることなら、穏便に済ませられるなら好都合。


 そして、月成理瀬は――少し間を置いてから、言葉を紡ぐ。


「どんなに些細なことでもいい。……私のお母さん――月成来瀬の『最期』を教えて」

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