崩悔のプレリュード(6)
「……案外、何事もなく辿り着いちまったか」
そこまで距離が離れていないのもあってか、ゼラフィールはあの後、すぐに島の屋敷まで戻ってこられた。
その間、
中に入るとすれば、正門から入るか、さっき自分で壁に開けた穴から入るかの二択になるだろうが――どちらから入ろうと大した差はないにせよ、正面から堂々と入っていくのはなんだか気が引けたので、大穴から入ることにした。
広大な庭に囲まれた屋敷の外周をぐるっとまわり、裏側から内部へ、足を踏み入れようとした――その時だった。
「――ッ!?」
あまりに突然で、驚く時間さえもなかった。こちらの動きを読んで、待ち構えていた
「チッ、……
続けて、詠唱を紡ぐために必要な口を塞ぐような形で――冷たく、無機質な何かが触れる。
一瞬だけ見えたそれは、ひとりでに動いて万物を縛る、金属製の『鎖』だった。
鎖を操る魔女といえば、一人しかいない。
「いくら相手が《
《
その黒髪少女は、一派閥のトップであるゼラフィールを前にしてもなお、一切の怯えは見せずに相手を睨む。
……《
以前よりもまた一段と、魔女として――派閥のトップとして持ちあわせるべき『狂気』を
だが、それだけではただ、あの月成
ゼラフィールは、狂気かつ凶器――魔女としてはあるまじき武器である、黒い拳銃をドレスの内側から右手で取り出して、そのまま一切の躊躇いもなく引き金をひく。
これなら詠唱がなくとも戦える。
月成理瀬。人の弱点を突いて、安心しきっているその様は、まさに母親譲りだろう。
こちらの突然の抵抗に、表情から余裕が一瞬にして消えるところまで、本当に母親とそっくりだ。
……だが。
母親と全く同じ末路を追いかけるように辿るほど、その子は愚かでもないらしい。
ゼラフィールの側も、鎖に縛られながらかつ、しっかりと照準を合わせた発砲ではなかったのもあったからか。
だが、レプリカとは比べ物にならない、本物らしく重い発砲音。魔女が見慣れない、魔術の一切関与しない『凶器』の登場は、それだけで相手を怯ませるのには十分だった。
……具体的には、開いた口へと食い込む鎖の力がほんの一瞬だけ弱まった。
ゼラフィールは、たった一瞬だけ訪れたチャンスを逃さない。拳銃を握っていない左手で、鎖を掴んで空中へと放り去る。
不思議な事に、鎖は意思を持っているかのごとく、ひとりでに使用者の元へと戻っていった。
「で、何の用だ……なーんて、聞くまでもねえか。
「いいえ。《法則の魔女》……ここであなたを殺したところで、私のお母さんが帰って来る訳じゃないもの」
「……ほう。それじゃあ、アタシに一体、何の用だって?」
「聞きたい事がある。質問に答えてくれさえすれば、ここは見逃してあげてもいい。……そもそも、あなたの生き死になんて、私にはもう興味がないから」
「ハッ、そいつは嬉しい提案じゃねえか。だがよ――」
ゼラフィールの浮かべていた、苦悶の表情さえも――後からやってきた、湧き出るような笑みによって塗りつぶされながら、続けて。
「それって、テメエがアタシより強いという前提があったうえで、ようやく、初めて成り立つ取引じゃないのかねえ?」
「へえ。いくら《法則の魔女》といえ、それだけ手負いの状態で、私に勝てると思っているの?」
「んまあ、正直に言っちまえば、五分五分といったところだろうな。その『聞きたいこと』次第じゃあ、その賭けに乗らなきゃいけねえ訳だが……何が聞きたいんだ?」
強気な態度を決して崩さないゼラフィールだが、これ以上余裕がないのも確かだった。できることなら、穏便に済ませられるなら好都合。
そして、月成理瀬は――少し間を置いてから、言葉を紡ぐ。
「どんなに些細なことでもいい。……私のお母さん――月成来瀬の『最期』を教えて」
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