崩悔のプレリュード(4)
三年前のあのとき。『本気』を出した
味方であったにも関わらず、あれほどの恐怖を覚えたのだから――実際に相対した『彼女』はまるで、覚めない悪夢でも見せられていたかのようだろう。
『おまえの正体なんて興味ないけどさ。リゼ姉に傷をつけたんだ、相応の報いは受けてもらうよ。
わずか八歳とは思えない、底しれぬ威圧感を放ちながら。致命傷――とまではいかなくとも、左腕から大量の血を流して倒れる理瀬を、守るような形で。妹の魅瀬が立ち塞がる。
小さな体で、しかし、その背中は、大人にも負けないほどに頼れるもので。この時だけ、まるで姉妹の関係が入れ替わったかのようで。
『……み、ぜ……ちゃん?』
『大丈夫だよリゼ姉。
彼女の言う通り――その一言だけで、相手の魔女らしき女性の体がバラバラになり、子どもが積み木遊びに飽きて、片付けようとしたかの要領で――どさり、と崩れ落ちる。鮮血が、ぶしゃあと派手に噴き出す間さえもなかった。ぼとりと、妙に生々しい音が、鈍く響いただけだったのが、妙に不気味で。
一瞬にして、原型が分からなくなるほどバラバラになってしまったので、今となってはどこの誰だったのか、いきなり理瀬を襲ってきた目的が何だったのかは知る由もない。
おおかた、《
あの一件が落ち着いた後から、母親――
自身の怒り、憎しみといった、負の感情を発散すべく、衝動的に行動してしまうようになる。
そして何より特筆すべきは――『詠唱』を使った、あまりに圧倒的な戦闘能力が発現してしまうことだろう。それは、普段の魅瀬では再現できない。……『本気』の状態になったからといって、特に肉体などに変化がある訳ではないので、原理的には再現できるはずではあるのだが……。
彼女の二つ
そもそも二つ名とは、子がある程度まで魔女として成熟すれば、親が名付けてあげるものなのだが――月成来瀬は、その事を知ったうえで、二つ名をそれに決めたのだろう。
『泣き崩れ、後悔するといい』――二つ名を読んで字のごとく、だった。
***
月成理瀬がかつて、他の魔女の不意打ちで負った、今も消えない左腕の傷を、右手で押さえながらも考えていた。
『余裕があるとはとても言いがたいが、少しでも猶予があるだけマシ』――と。
そもそも、本気の魅瀬がゼラフィールを手加減なく殺そうとすれば、詠唱が終わると同時に、彼女の命も終わっていたはずだった。
ゼラフィールの扱う、法則を歪曲する魔術には『他人の意思で動いているもの、ひいては人間そのものには干渉できない』という、明確な弱点があるらしい。
これは人伝に――母親である月成来瀬から聞いた話ではあるのだが、魅瀬に対して遅れを取っていたにも関わらず、そうしなかったのが確たる証拠にもなる。
しかし、魅瀬にはそのような制約もない。三年前に、容赦なくバラバラにされたあの魔女を見た通り……対象が人でも物でも、魅瀬が崩そうと思いさえすれば、なんだって崩す事ができる。
にもかかわらず、そうなっていないのは――魅瀬の『ゼラフィールを極限まで追い詰めて、苦痛を与える』という、確固たる目的があってこそだろう。
一瞬で終わってしまっては、母親、月成来瀬を殺された怒り、恨みは晴らし切れないのだ。
つまり、ゼラフィールから情報を引き出せるタイムリミットは、魅瀬がその恨みを消化しきるまで……となる。それが五分ももたないか、それとも何時間も続くかは、今の段階では全くもって未知数ではあるが――さっきの二人の戦いを見る限り、そう長くはもたないと見た方が良い。
「とにかく、《
この場所で何があったのか。母を殺したのは、ゼラフィールで間違いないのか。そして――。
「お母さんの最期が、どのようなものだったのか。絶対に、うやむやのままにしてはいけない」
最期に立ち会えなかった。だが、その最期がどのようなものであったのかだけでも知りたかった。知っておくべきだった。
それが、感情の渦に呑まれて今も正気を失い、暴走を続ける、魅瀬に残す事ができる――最後の、母に関わる大事な記録にもなるはずだから。
「……お母さん、行ってきます」
もう既に動かないどころか、奇妙なほどに冷たくなっていく、母親に向けて――いつも出かける際には欠かさずに言っていた、何気ない言葉を残して。
こういう時だからこそ、私がしっかりしないと。……そう思い、いくら堪えてみても、溢れ出る涙は止まらない。
それでも、《
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