崩悔のプレリュード(2)

 たった一人の魔女が住んでいたにしては、あまりに広すぎる、まるで迷路のような屋敷の中を、月成つきなり理瀬りぜと月成魅瀬みぜの姉妹が一緒に歩いていた。


 そもそも、この屋敷――もっと言えば、この島に――やってきた理由はといえば。ここに住んでいた魔女であり、三つに分かれた派閥のさらに上、一族の長として君臨していた《焦煙の魔女スクルペロスケルン》の死がきっかけだ。


 彼女の死、それに関わるあれこれを済ませるために、世界地図にさえ載っていないこの島へと魔女たちはやってきた。


 逆に言えば、魔女以外の人間は、ここにはいない。……そもそも、一族の魔女以外。たとえ魔女の配偶者であろうとも、一族の魔女以外が上陸すればたちまち、存在ごと灰となって消えてしまう『呪い』がこの島にはかけられている。


 実際に誰かが上陸して、灰になったという話は聞かないし、記録にもないが……こういった芸当なら、元々この島に一人で住んでいたはできてしまう。


 故に、興味本位で、一族の魔女以外がこの島に立ち入ろうとはしないのだ。わざわざ自らの身を灰塵かいじんに帰そうなど、思うまい。


「ねえねえ、リゼ姉? ずっと同じ所をぐるぐるしてる気がする……?」

「流石にそうではないとは思うけれど……。うーん、地図でもあればいいのだけれど、もはやダンジョンよね、こんなの」


 ゲームに出てくるダンジョンでさえ、最近はマップ機能もしっかりしているせいか、ここまで迷うこともないだろう。だが、まさか家の地図を書こうなど、流石の《焦煙の魔女》も思わなかったらしい。


 なにに使っているのかさえ不明な部屋の数々から、二人の姉妹が目的地とする、今日からしばらく、泊まる事となる部屋を探すなんて。まさに、広大な砂漠の砂の中から、一本の針を探すかのような無謀さであった。


 ただ、理瀬の言うように。迷子にはなりつつも、ずっと同じ場所をぐるぐるしているだけ……ではないらしい。ふと、見慣れない光景が、二人の視界へと飛び込んできたからだ。


「……このあたり、なんかボロボロだけど……?」

「本当ね、何かあったのかしら。さっき来たときはこんなの、見た記憶はないけれど」


 姉妹の身軽な荷物から分かる通り、二人は一応、母親である月成来瀬くるせとともに一度、部屋へと訪れてはいる。……それでもなお、再び迷ってしまうくらいには、この屋敷が異様なほどに入り組んでいることもまた事実なのだが。


 しかし、壁のあちこちには不自然な大穴が空いており、壊れた調度品が散乱している。……そんな光景に見覚えはない。


 確かこのあたりは、姉妹の母親も含む魔女たち三人が、大事な話し合いをしていた、会議室があったはず。


「まさか、話し合いがこじれて……?」


 まず、月成姉妹――ひいてはクラウノウト姉妹にツァウバティカー家の一人娘までもが、島の海岸で時間を潰していたのには理由がある。


 三つの派閥、その当主たちによる《焦煙の魔女》の『遺産』を巡った話し合いのため、屋敷の中心、円卓のある会議室には近づくな――母親から、そう念を押されていたためだ。これは、月成姉妹だけではなく、クラウノウト姉妹やツァウバティカー家の一人娘も同様だった。


 という事もあり、どうせ屋敷の中に残っていたところでやることもないし、それならばと、残された少女たち総出で海岸へと、遊びに行っていたのだった。


 その間、子供たちとは違って、かなりギスギスとした関係性である当主、三人による話し合いがこじれて、軽く争いになってしまった。


 ……なんて展開は、次期|月光の工房《モンドシュテン》当主としての勉強がてら、現当主であり母親である月成来瀬の補佐をしながら、そうした場にも付いていった事がある理瀬にとっては、想像にかたくない内容だった。


 理瀬は、ボロボロになった廊下を歩きながら、部屋に近づき、穴の先を覗く。


「――っ!?」

「うん? どうしたの、リゼ姉……、ッ!?」


 二人して、穴の先の光景を見て、思わず息を呑む。ハッキリとは見えなかった。が、すっかり荒れ果てた部屋に、妙に生々しく散らばる赤色。


 すぐさま穴を通り抜けようとしたが、人がギリギリ通れるような大きさではなかったので、回り道になるものの、急いで扉を開けて部屋に入ると――そこには。


「お、お前たちは――《虐殺の魔女》の――」


 最後にちらっと見た時には、白と真紅、二色に彩られていたはずのドレスを、赤一色に染めて。意識が朦朧としながらも、なんとか持ちこたえて立っているその女性。派閥|祈りの顕現《アウスヴェーテン》のトップ、ゼラフィール・クラウノウトだった。


 そして、その奥に倒れていたもう一人の姿を見て、姉妹は血の気が引くようだった。


「……?」

「そんな、ウソ……」


 命に関わるレベルであろうゼラフィールよりも、さらに多量の血を流し、他にも打撃跡やその他の傷で、全身ボロボロになってしまった――二人の母親、月成来瀬の姿があった。


「お母さん、お母さんっ! ねえ、お母さんッ!!」


 必死に駆け寄り、何度も声をかける理瀬。そんな彼女に向けて、ゼラフィールは無慈悲にも。


「ハッ、無駄だ。?」


 軽い調子で放たれた言葉。しかし、姉妹の心を深くえぐり取るには、十分だった。


 それでも、月成理瀬は、なんとか自我を保ったまま――冷たい声で。


「《法則の魔女レーゲステレン》、ゼラフィール・クラウノウト。ここで何が起こったのか、説明してください」

「説明、ねえ。いったい何から説明するべきか、困っちまうなあ? んまあ、一つ言えるのは……?」

「――真面目に答えてくださいッ、場合によっては、私は……」


 相変わらず軽い調子で、しかしその裏には多少の強がりも見え隠れしている。そんなゼラフィールの態度に、理瀬は思わず声を荒げるも――それを静止する、彼女の第一声よりもさらに冷たい声が、後ろから響いてくる。


「何を言ってるの、魅瀬ッ! こんな、こんな状況で、いいだなんて――」

「今更、この女から何を聞き出したって、お母さんは戻らない。それなら、ミゼにとっては何も変わらない」

「でも、このままゼラフィールを放っておくわけには……」

「今考えるべきは一つ。どうやって、この女に――お母さんが受けた苦しみよりも、ずっと、ずっとずっと――――でしょ、リゼ姉?」

「……魅瀬、落ち着いて――」

「ミゼは落ち着いてるよ? 落ち着いて、どうやってこの女に報復するかを考えてるの。ふふっ、あははははははははははははははははははっ! まさか、お母さんにこれだけの仕打ちをしておいて、このまま殺されるだけで済むなんて思ってるの? 何があったかだなんて、ミゼにはどうだっていい。それを聞いて、お母さんが帰ってくるならともかく。どうせそうじゃないんでしょ? だったら、考えるべきは『復讐』だけ」


 マズイ。理瀬の脳裏には、その三文字が浮かび上がる。


 これは、《崩悔の魔女ツーザンロイエン》月成魅瀬の――。


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