第一章 崩悔のプレリュード

崩悔のプレリュード(1)

「くっふふふふ! 所詮は分家のザコですわね。ほらほら、どうしたんですのー?」

「むっ、むきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――ッ!!」


 炎を纏ったハンマーを両手で握り、一直線に突っ込んでいく少女。


 その先には、余裕の笑みを浮かべながら、炎槌ハンマー少女を軽くあしらう、もう一人の少女。


「《砲撃の魔女ベスティルング》……久々に会ったが最後、今日こそは叩きのめしてやるっ!」

「あらあら、口だけは達者ですのね、《崩悔の魔女ツーザンロイエン》! ま、ワタクシの足下にも及ばない、なんとも無様な姿を晒すだけで終わるのでしょうけれど――さあツェアひれ伏しなさいドリュッケンッ!」


 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 橙色でつややかな髪を肩まで下ろした、きっと親譲りの好みであろう、白とオレンジに彩られたフリフリのドレスをまとう、背恰好の小さな少女――《砲撃の魔女》エンデメルン・クラウノウト。


 そんな彼女による、なんとも傲慢ごうまんな詠唱と共に。バランスボールほどにもなる、紫色の大きな魔力弾が、その二つ名に恥じない勢いで放たれる。


 対するは、紺と白のゴシック調な衣服を身にまとい、金色のツインテールを振りまきながらその砲撃を避ける――《崩悔の魔女》月成つきなり魅瀬みぜ。そんな彼女は、続けざまに燃え上がるハンマーを構えながら突撃する。


「……ああもうッ、ちょこまかとウザいんですのッ! ――さあツェアひれ伏しなさいドリュッケン――ッ!」


 再びの詠唱によって放たれた、二発目の砲弾が、ハンマーを構える少女の行く手をさえぎる。


 流石にこのまま突っ込めば、タダでは済まないだろう。冷静にそう判断すると、月成魅瀬は一度、後ろへと大きく下がる。


 が、相手の攻撃の手は緩まない。


「くうっ、すばしっこいですわねっ! ――さあツェアひれ伏しなさいドリュッケンッ!」

「ま、まずっ!? 避けられな――ッ!?」


 三発目の砲弾が、金色ツインテールの少女が避けた先へと放たれる。


 急な方向転換にはやはり無理がある。避けようとする素振りだけはしてみるが、間に合わず――バランスボール大の魔力弾が、月成魅瀬の体に直撃する。


 砂浜に思い切り叩きつけられるが、それでも彼女は立ち上がろうとする。――そこへ、ふと横から。


「……。勝者、エンデメルン・クラウノウトー!」

「うぐっ。まだっ、まだ戦えるんだけど!」

「一撃入れるまで、っていうルールだったからね。今回は諦めなー、魅瀬ちゃん」


 審判役の、銀髪のお団子ヘアにあまり飾り気のないベージュの衣服を着た少女――アンネリリィ・ツァウバティカーが、戦いの終わりを告げる。


 悔しげに、もう一戦とねだる少女に、勝ち誇ったように鼻をならす少女。


 あくまでこれは模擬戦であり、本当の戦いではない。平穏なこの時代に、魔女同士が本気でやり合うなんて、そうそうないし、あってはならないだろう。


 ……そんな光景をはたから眺めている、二人の魔女もいた。


「うーん。これは魅瀬の動きが甘すぎたわね。今のあの子じゃ、仕方がないのかもしれないけれど」

「そうかもね。……私も、魅瀬ちゃんの『本気』は見たことがないんだけど」

「まあ、あの子の『本気』は……。見ないに越したことはないわよ」


 砂浜から少し離れた木陰のハンモックで、並んで仲睦なかむつまじく話している二人。


 二人もまた、それぞれクラウノウト一族の二大派閥のトップ……月成来瀬くるせと、ゼラフィール・クラウノウトの息女である。


 腰まで伸ばした黒髪に、金色の目。どこか真面目っぽい、カジュアルフォーマルな服装に、メガネをかけている《緊縛の魔女フェストデージェ》月成理瀬りぜ

 その隣には桃色のツーサイドアップに、純白のワンピース、水色のカーディガンを羽織った少女、《|旋風の魔女ラーゼシュトゥルム《ラーぜシュトゥルム》》ヴァーレリア・クラウノウト。


 二人して長女であり、一族の中でも人格者の烙印を押されている。


 そのせいか、二人は派閥という壁があってもなお、会えば楽しく話すくらいの関係となっている。クラウノウト一族、二百年の歴史における例外中の例外と言って良いだろう。


 見ないに越したことはない――姉である彼女でさえ、そう断言した、燃え上がるハンマーを振り回して戦っていた少女の『本気』。


 いったい、どれほどの悪夢なのだろうか。ヴァーレリアにも興味はあるが、理瀬にそこまで言わせるとなればやはり、深堀りするのも躊躇ちゅうちょしてしまう。


 ……そもそも《崩悔の魔女》の本気など、そう狙って引き出せるような代物でもないのだろうが。


「本気じゃなくても、私の妹とここまで渡り合えるんだから十分よ。多分、メルンは私なんかよりもずっと強いだろうし」

「それは私にも言えるわね。本気を出した魅瀬は、まず私でも止めようにないし、本気を出していなかったとしても……あの子は私と同格か、それ以上よ?」

「……私たち、姉としてどうなんだろう……」


 と、そこへ二人の少女が駆け寄ってくる。戦いが終わってもなお、未だに視線同士がぶつかり合って火花を散らしていた、お互いの妹だった。


「リゼねえ、ごめん、またあいつに負けちゃった……」

「よしよし。でも魅瀬ちゃんだって、よく頑張ったじゃない。前よりも動きが良くなってたように見えるし」

「うんっ、ミゼ、頑張るっ!」


「お姉さま! ワタクシの勇姿、見届けてくださいましたか?」

「うんうん、よーく見てたよ。メルンも、本当に強くなったわね」

「魔術の鍛錬を欠かさず続けてますもの、当然の結果ですわねっ」


 なんだかんだで、互いをライバル視している妹二人も、彼女らの母親――ほど、本気ではない。なにより、時代は変わりつつある。


 きっと、これからも三つの派閥間で大小はあれ、争いが絶えることはないだろう。


 だが、かつて派閥が分かれたばかりの頃から、これまでのような。血みどろに塗られた、残酷で、凄惨な争いはなくなっていくのだろうな――《緊縛の魔女》月成理瀬は、そう思っていた。


 今まさに、屋敷で起こっている出来事など、すっかり蚊帳の外である子どもたちには知る由もないのだから。

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