焦炎の魔女は死んだ(5)

「『前時代的』、『古臭い』――か。そうだな……、ンなら捨ててやるよ。テメエの言う、『腐り切ったプライド』ってヤツをさ」


 腹部からだらりと、赤黒い血を垂らしながら、全身をひくつかせつつも立ち上がった《法則の魔女レーゲステレン》ゼラフィール・クラウノウト。真紅と純白だったドレスは、その血によって、赤一色へと染まりつつある。


 そんな彼女の右手には――『魔女』も『魔術』さえも関係ない。弾を込めて、引き金をひくだけで、向けた相手に致命傷を与える道具。……つまりは、黒い拳銃が握られていたのだった。


 《虐槍の魔女シュペルヴァルト月成つきなり来瀬くるせに風穴をあけたのは、乾いた発砲音と共に放たれた、たった一発の銃弾。ゼラフィールが忌み嫌っているはずの『道具』であり、さらには『魔術』が一ミリたりとも介入していない、魔女としてはあるまじき武器を再び構える。


「……な、何故……ッ!?」

「くッ、ハハハハハハ! 『何故』もなにも、アタシの弱点くらい、アタシ自身が一番理解しているに決まってるだろうが。万が一の瞬間に、なんの備えもしていないとでも思っていたのか?」

「何らかの、対策がある……とまでは、想定内でした。……が。魔道具どころか、ただの道具に頼るなど……貴方の、それは強いプライドが、許さないのでは……」


 あくまで月成来瀬は、ゼラフィールが『魔術』しか使わないという前提条件のもとに動いていた。


 顔を合わせる回数こそ少ないとはいえ、もうすぐ三○年となるライバル関係である月成来瀬にとって、というのは、周知の事実であるはずだった。


 しかし、現実は違った。木製チェアごと壁に叩きつけられて、それだけでも体には激痛が走っているというのに――さらに腹部へと銃弾を受けた彼女には、もう立ち上がるどころか、金色の槍を相手に向ける力さえ残されていなかった。


「テメエが、アタシをどう評価しているかは知らねえし、微塵みじんも興味はねえんだが――確かに『道具に頼るなんて邪道』とかいうプライドに囚われている、器の小さい人間なのは認めてやる。……だがな、こんな時にまで下らねえプライドを引きずって、身を滅ぼしちまうほど弱いつもりもねえんだよ、アタシはな」

「――ッ、んぐああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 ゼラフィールは、そう静かに語りかけながら、構えた拳銃の引き金を無慈悲にもひき絞る。――パンッ――乾いた銃声と共に、再び彼女の体から、赤い鮮血がぶわっと噴き出した。


「ハッ、もう終わりみてえだな? 《月光の工房モンドシュテン》のトップとあろうお方が、あまりにも大した事がなくて……拍子抜けだぜ、まったく」

「……私は、ここで終わり、……でしょうが」


 最後の力を振り絞り、吐き出すように。か細い声で、月成来瀬は。


「私の、可愛い子供たちが……きっと、私の跡を継いでくれる、はずです」

「……ハッ、ありゃ、まだガキだろ? 大体、親であるテメエがそのザマで、その子供に、期待なんざできるのかねぇ?」

「さあ、どう、でしょうね。理瀬りぜは私なんかよりもずっとしっかり者ですし、安心して、私の跡を任せられます。そして、魅瀬みぜは――貴方でさえ、もしかすると手に負えないかもしれません。それほどまでの、可能性を秘めた子ですから」

「ハッ、親バカが。このアタシが、いつかは《月光の工房》のトップを継ぐことになる奴らとはいえ、子供なんかに遅れを取るなんて。あり得る訳がねえ」


 そう吐き捨てながら、最後に。ゼラフィールは拳銃の引き金をひくと、放たれた銃弾が三度みたび――月成来瀬の体を撃ち抜いた。



 ***



 その後すぐに、黒と金色の髪を乱して倒れる女性は、一切口を開かなくなってしまった。つまるところ、三つに分かれた派閥のうちの一つ――《月光の工房》のトップ、月成来瀬の『死』であった。


「さて、次は《撰述の魔女ベルファッサー》――と言いたい所だが」


 勝者であるはずのゼラフィールにも、余裕はない。


 《虐槍の魔女》の光槍によって、腹部へと開けられた風穴からは、今もだらだらと鮮血が流れ落ち続けている。


 いくら何でもこのまま放置すれば瀕死ひんしになりえる状況で、もう一戦。しかも、三大派閥のうちの一つ《魔法図書館グリムアルテン》のトップと戦うなんて無謀をおかすほど、ゼラフィールも愚かではない。


「流石にこんな所で休む訳にもいかないしな。とりあえず、島のどっかにでも隠れて……」


 痛みを少しでも紛らわせるためか、無意識に大きくなってしまった独り言をつぶやきながら、ゼラフィールは――ふと開け放たれた扉の先で、あると視線が合った。


「お、お前たちは――《虐殺の魔女》の――!?」

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