焦炎の魔女は死んだ(3)
「はァ? 『パス』だって? んなモンが許されると思ってんのかよ、《
「許されるもなにも、自分の派閥――《
「確かに、お前の
続けたその一声で――ボゴオオオオオッ! と激しい音を振りまきながら、
それがいったい何であるかは、彼女の二つ名にもなっている『魔女としての力』を知っていれば、想像に容易いだろう。
《
今回は、気体の『圧力』『温度』『体積』が互いに比例、反比例の関係にある――という自然法則を曲げた。
温度や体積はそのままに、圧力を加える。そんな、自然法則のもとでは絶対に実現不可能な芸当も、魔女である彼女ならば簡単に……とは言えないが、人並み外れた努力とセンスがあれば出来てしまう。
ゼラフィール・クラウノウト。やはり、一族本家のトップという肩書きに恥じない、確かな強さを誇っていた。
……ただし。
「
ゼラフィールは確かに、間を置かずにその攻撃を放ったはず。……だが、気体の法則を曲げたその一撃は、矛先――シュティーレンは全くの無傷だった。
ゼラフィールのそれは、大前提として、避けようとして避けられるものではない。遠隔で、しかも高速で放たれるのだから当然だ。
ならば、対するシュティーレンはどうしたか。明確な受け身、回避、防ぐといった行動は一切起こしていないように見える。
「自分は読書好きな、ただの
「……貴方の場合、『ただし読む本は魔導書に限る』と『書くのは物語に見立てた魔導書である』を注釈しておくべきでしょうが」
横槍を入れるように言い放った
読んだ内容は、確実に脳内へ『知識』として蓄えてしまう、驚異的な理解力、記憶力を
さらに、ただの小説家でもない。物語という形で『魔導書』を執筆することで、より具体的に脳内に刻みつけ、ゼラフィールのような『詠唱』という媒介を必要とせずに、自由自在に魔術を扱える。
物語という枠組みに縛られている以上、ゼラフィールの《
発動に一切の予備動作もなく、
当然、世間一般に流布したのは、魔導書として使えるものではない、ただの小説ではあるが――あらゆる言語に翻訳されて、世界的な大ヒットを記録した、彼女の代表作でもある。
その物語の主人公のように、シュティーレンは『消える』ことで、ゼラフィールが放った、壁に巨大なヒビを入れるほどの超火力をやり過ごしたのだった。
「確かに自分は、《魔法図書館》のトップとして、派閥のみんなを最低限守り抜けるくらいの力は身につけていますよ? でも、他のみんなは違います。魔導書の執筆に特化した派閥なんですから、当然ですけどね」
ある魔術の使い方や、その原理など――そういった魔術に関する事柄を、魔導書という形で残し、まとめるのが《魔法図書館》という派閥の主目的。
他の派閥とは、そもそも目指す先も、活動内容も何もかもが違うのだ。
「そんな生温い考えでいるうちに――お前以外での全員、
「どうぞお好きになさってください。自分が執筆した、
あいも変わらずに爽やかな声で。しかし、そこには確かな敵意が見え隠れしていた。
自身の派閥の人々に、危害の矛先を向けられたから? ……
《撰述の魔女》の場合は、いかに物語として、記しがいのある展開が生まれるか――が起因となるだろう。
「こればかりは《法則の魔女》に同意ですね。偉大なる《
言いながら、その右手に握った金色の槍を突き刺したのは《
ゼラフィールとシュティーレン、二人のひと悶着があったせいで、彼女の持つ槍の射程からは外れていた……はずだった。その槍が、『魔道具』を生み出すことを生業とする
その槍は、――キイイイイッ! と耳をつんざくような高い音と共に、金色の光を先端から放つ。
《
だが、それさえも。貫いたのは残像。著書『消滅を願った少女』によって、心臓部を貫こうとした直前に、シュティーレンはその一瞬だけ世界から消えた。
あっけらかんとしたままに、《撰述の魔女》が笑いながら。
「これはこれは。物語として、記しがいのある展開になってきましたねー? さて、自分は
それだけ言い残すと、彼女の姿がぱっ、と部屋から消える。
「……チッ、厄介なのに逃げられちまったか」
「見世物にされていると思うと少々不愉快ですが、構いません。《撰述の魔女》を殺すのは、私たちの決着がついてからでもそう遅くはありませんし」
「ま、逃げてばっかの、安全地帯から
「ええ。《焦煙の魔女》》様の魔力――クロウノウト一族の未来を握る、派閥を賭けた、とても、とても狂おしい――相続争いを」
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