第3話 供物

 秋葉原で聞いた話である。

 コンカフェで隣の席になった、疲れた中間管理職のサラリーマン風の男性がしてくれた話である。店の場所は、メイド通りから少し離れた、雑居ビルの2階にあるコンカフェである。この疲れたサラリーマンは、会社帰りだろう時間にご帰宅し、特定の推しがいて盛り上がり、ボトルを空け、チェキを撮り出発していく。他のキャストや周囲の客とも当り障りなく話を合わせ、時には盛り上がり、コンカフェにとって非常にありがたいお客さんである。

 そんな彼がしてくれた話である。


 2月の寒い日であった。

 常連であるドンキ近くにあるコンカフェで、ボトルを空け、チェキを何枚か撮り、終電で帰るはずであった。推しとの話に夢中になり、さらには電車の人身事故も重なり終電を逃し、秋葉原で一晩を過ごすことになってしまった。

 明日は休日であり仕事の心配はなく、ほろ酔いでもあるため、タクシーで帰らずに別のコンカフェで朝まで過ごそうと思い立った。ジャンク通りを抜けてうろうろしていると「朝五時まで営業」の看板を見つけた。看板にはウサギをモチーフにしてキャストが書かれている。雑居ビルの二階にある店で、下から見ると明かりもついている。1階にはラーメン屋の看板があるが、すでに閉店している。法外な料金を取られる可能性もあるが、酔いからそのまま階段を上り、鋼製のドアを開けた。

 中に入ると、白っぽい壁紙の部屋で明かりはついているが誰もいない。カウンター席とテーブル席があり、10人ぐらいは入れそうだった。「すいませーん」と声をかけたけど、厨房の方から人が出てくる様子がない。ビールやシャンパンが注がれたグラス、封が切られたボトル、山盛りのポテトチップスや皿に盛りつけしてあるトンテキもあるのに。

 キャストがトイレや買い物に行ってる可能性もありしばらく待っていたけど、状況がつかめなくて非常に不安になり、10分ぐらいでそのコンカフェから出てきてしまった。

 酔いも醒め、次の店をさがす気力もなくなりタクシーで家に帰った。

 一週間後、さすがに気になり夕方ごろに再びそのコンカフェに行った。前と同様に、看板も出てるし明かりもついていた。店に入ると、夕方の早い時間であったためか、客がおらず、少し茶髪のすらりとした可愛いキャストが一人いるだけだった。ちなみに、後から聞いたら店長だった。

 店長に先週の話をしたところ、ものすごく謝られた。

 店に食べ物や飲み物があったのは、年に1回の商売繁盛を祈る儀式であり、神にお供えをしているとのこと。東北出身のオーナーの意向であり、売り上げが少なく店をたたむ寸前の時から始めているので10年前ぐらいから行っているとのこと。本来ならば、店は休みで、お供えを準備したらドアには「臨時休業」の看板を掛け、鍵を閉めておくとのこと。すべてはオーナーが一人で準備するとのことだが、その日はたまたま鍵を閉め忘れたのだと思う。この儀式を執り行うと、以降1年ばかり繁盛するが、たまにものすごく繁盛することがあるから、ご利益はあると思うとのこと。おかげで、コンセプトはたまに変えブラッシュアップを行っているが、店としてはつぶれることなく今まで続いているとのこと。

 ちなみにこの話を聞くのに、ボトルを一本入れたそうだ。店長の顔が好みのであり、話も盛り上がったのだが、なんとなく気味が悪く二度といっていないとのことである。


なんとも不思議な話である。2月に店で「お供え」をして商売繁盛の祈るのはあまり聞いたとこがない。「商売繁盛」と言えば弁財天や稲荷神社で有名な宇迦之御魂神に奉納するのが一般的である。おそらく、オーナーが独自に考えた儀式と思われるが、2月に執り行うことから「祈年祭」をもとにしているものと考えられる。

「祈年祭」は、春先の耕作を始めるにあたり、五穀豊穣を大地主神に祈る祭りある。明治以前は、農耕を見守る神様、いわゆる田の神のための祭りであったが、明治時代に、国家神道のもとに国家的祭祀となった。その後、第二次大戦後にGHQの神道指令に、国家神道が廃止されたことから、現在では、通常の祭祀として行われている。その年の豊作を神に願うことから、お供えとして、米や酒、魚や塩等をささげている。ただ昔は、生贄として牛の肉や白猪等もささげていた。たしかに、神様とはいえ肉食をしないなんてことはない。東北のとある山村では、お供え物の量や種類により豊作の度合いが違ったと言い伝えられている。干ばつや冷害が続いたときは、より多くの見返りを求めて人身御供も行われていたそうだ。

 

 ちなみにこのコンカフェ、たしかに数年に一度、階段下まで列ができるぐらい、もの凄く繁盛している時がある。ブラッシュアップしているが、サービス、キャストが大きく変わったわけでもないのに。

 たぶん、オーナーがたまたま鍵を閉め忘れ、たまたま普段とは違う「お供え」があったからかもしれない。

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