#121 有耶無耶のままのが都合が良いことも
廊下に出ると桐山の姿は見当たらず、慌てて玄関へ向かうが、そこにも桐山の姿は無かった。
あいつ、走って逃げやがったのか!?
と一瞬考えたが、桐山の下駄箱を覗くと、いつも履いてるローファーが残ってて、まだ校内に居るらしかった。
トイレにでも行ってるのかな。
案外、トイレ行きたくて急いで教室から出て行ったのかもしれないな。
桐山って食事の時は育ち良さげにお上品に食べるけど、量はマジで俺より喰うし、うんこデカそうだもんな。
なら、まだまだ時間かかりそうだし、ココで待ち伏せするか。
しかし、10分、20分、30分経っても桐山は現れなかった。
あの野郎・・・
俺がココで待ち伏せしてるの分かってて、来ないのか?
ドコに逃げやがったんだ。
探しに行きたいけど、ココを離れた途端に見逃して帰ってしまうんじゃないかと心配で、玄関から離れられずにウダウダしてると、菱池部長からメッセージが送られてきた。
『今日は石荒くんがサボりなの???桐山さんはちゃんと来てるよ?』
あ!
そりゃそうか!
放課後に帰らずに校内に残ってるなら、普通に考えれば部活に出てるよな。
しかも、俺の方から部活くらいは顔出せって言ったんだし。
すっかり、桐山は逃げるって決めつけて、当たり前のことに気付いてなかった。
走っちゃいけない廊下を走って美術準備室に向かい、「桐山ッ!」と声をあげながら扉をガラッ!と勢いよく開けた。
桐山が俺の呼びかけに応じて部活に来てくれたと思うと、今までのモヤモヤは吹き飛んで、素直な気持ちで嬉しくて、思わず名前を呼んでしまった。
準備室の中では、桐山と菱池部長の二人が驚いた表情で俺を見つめていた。
桐山は、作業用のエプロンを身に着け、スケッチブックに何やら描いてる最中の様で、菱池部長は桐山に向かって何かしてる最中の様だった。多分、一昨日の俺の時の様に先輩ぶって、美術部で起きたサークルクラッシャー事件の話でも聞かせてたのだろう。
「桐山ッ!今日はちゃんと来たか!エライぞ!」
「そうだね!部活にちゃんと出て来るのはエライね!」
「お二人とも何興奮してるんです?私のことをバカにしてるんですか?部活に出るくらい当然のことでしょ?」
「いや、お前、火曜日は無断でサボってたじゃん」
「う・・・あれには海より深い事情がありまして・・・」
「そうか、そうだよな!人にはそれぞれ事情があるよな!でも、もう勝手にサボって心配かけるなよな!菱池部長なんて、俺しか相手する人居ないからってずっと邪魔してマジうざかったんだからな!」
「え!?石荒くん、そんなこと思ってたの!?私、先輩としてめちゃくちゃ良い話したつもりだったのに!先輩らしいことが漸く出来たって、去年からのモヤモヤも晴れた気持ちですっごく充実感で満たされてたのに!それ全部うざかったの!?」
「今は菱池部長のことなんでどーでも良いんです。兎に角、夏休みには課題製作とかもあるし、もうサボるなよな」
「え、ええ・・・」
言いたい事は山ほどあるけど、今は何も言わずに、普段通りに過すべきだろう。
俺は別に桐山のことが憎いわけでも嫌いなわけでもない。
小賢しいしムカつくこともあるけど、それだけ普段からお互い取り繕うことなく本音を出し合って来たからだろう。
キスのことだって、その内に桐山の方から何か話してくれるかもしれない。
俺はそれまでのんびり待つだけで良いんだと思う。
「ところで、桐山さんと石荒くんはどうして喧嘩してたの?痴情の縺れ?六栗さんって子も関係あるのかな?桐山さんが焼き餅でも焼いてスネてたのかな?石荒くんって女性の気持ちとか鈍感そうだから、一緒に居ると大変そうだもんね」
「う・・・」
「おいコラ!折角いい感じに仲直り出来つつある雰囲気だったのに、一番投下したらダメな爆弾放り込むなよ!」
「ああ!石荒くんまで部長に向かって!そうゆう口の聞き方はダメなんだよ!もっと先輩を敬って下さい!」
菱池部長はそう怒りながら両手で俺をポカポカ殴り始めたから、俺も両手で菱池部長の顔を掴んでツネったり引っ張ったりして変顔にして応戦した。
二人で低俗な喧嘩を始めると、先ほどまで引きつった顔をしてた桐山が、腹を抱えて爆笑していた。
菱池部長の変顔がツボに入ったらしい。
結局この日は部活にならず、作品の製作作業は諦めてミーティングをすることになった。
議題は、夏休み。
期間中、部活は普段と同じく火木の週2だけど、学校は土日を含めて毎日解放されてて、いつでも登校して作業をするのは自由となる。
それに加えて、俺と桐山は美化委員の花壇のお世話班なので、GWの時の様な毎日と言う訳じゃないけど、当番制で花壇のお世話をする必要もある。
更には、六栗も言ってた、俺の家で一緒に勉強したりウチの母から手芸を習ったりするそうなので、下手したら1学期よりも忙しくなるかもしれない。
そしてもう一つ議題に上がったのが、暑さ対策だった。
美術準備室と美術室は特別棟の4階の一番端で、日当たりや風通りは良い方だ。
けど、梅雨が明けて以降は日中はマジで暑い。他の教室に比べればマシな方だし、美術室の方はエアコンがあるから最悪そっちで作業をすれば良いのだけど、なんだかんだでみんな準備室の方で作業するのが好きな様で、何とかしたいねって話が出ている。
しかし、エアコンの設置などドコのダレに要望を出せば良いのか分からず、菱池部長も「え?私も知らないよ?」と全くの役立たずだったので、とりあえず生徒会へ行ってみることにした。
ココで、元南中生徒会副会長だった桐山が本領を発揮した。
最初ストレートにエアコン設置の要望を申し入れると、「各部活に部費を支給してるのだから、その中でやりくりしろ」と突っぱねられた。でも、今期美術部に支給された部費では、エアコン設置なんて到底無理な額しか貰って無かった。
そしたら桐山のスイッチが入ってしまい、直近の各部の部費支給リストを見せろと要求して、生徒会が拒否ろうとすると、「見せられないのは不正でもあるからですか?」とか「本当は仕事してないから見せられないんでしょうか?」と、いつものお澄ましした微笑みを浮かべながらネチネチとイビリ出して、渋々提示されたリストの中身チェックすると、片っ端から不備を指摘して、その結果、ある程度の予算が浮いていることが判明した。
その功績は、これらを指摘して見つけ出した桐山及び美術部にあり、黙ってて欲しかったらその浮いた予算で美術準備室にエアコン設置しろと脅して、その場で承諾させて、その内容の覚書をその場で作成して生徒会長にサインまでさせていた。
桐山って、本気出すとこんな感じなんだな。
初めて優等生らしい働きしてるの見たから、素直に関心した。
因みに、桐山が交渉している間、俺と菱池部長は空気だった。
美術準備室にエアコン設置が正式決定して夏休みの予定もほぼ決まり、この日の部活を終えると、久しぶりに桐山を自宅のマンションまで送って行った。
けど二人きりになると、桐山はどうしても口数が少なくなっていた。
俺が生徒会との交渉のことを褒めても、「あの程度なら誰だって出来ます」と謙遜して会話が続かない。
他にも「折角新しい水着買ったんだから桐山もプールとか行こうぜ」と誘えば、「私よりも六栗さんをまた誘ってあげてください」と言って、やはり会話が続かない。
そんな会話を数回繰り返すと、流石に「あまり会話したくないんだろうな」と空気を読んで、大人しく黙って桐山の自宅マンションまで歩いた。
マンションに到着して、いつもの様に「じゃあな、おやすみ」と言って帰ろうとすると、右手を両手で掴まれ、足止めされた。
「ん?どうした?何か用事あった?」
桐山は妙に潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「いえ、その・・・今朝のメッセージ、嬉しかったです・・・」
「ん? ・・・ああ、部活来いよってのか。ああでも言わないと桐山もう来てくれないと思ったから。でもちゃんと部活に来てくれて嬉しかったよ。菱池部長も楽しそうだったしな」
「その割には、菱池部長に意地悪してましたね」
「だってあの人、桐山居ないとマジでウザかったんだもん。後輩の俺が真面目に絵を描いてんのに、横でずっと喋ってんだよ?」
「今日も石荒さんが来るまで、私にもそんな感じでした」うふふ
妙な雰囲気に流されない様に、ごく普通の態度で会話を続けると、桐山の表情も柔らかくなった。
「ああ見えて苦労人だし良い人なんだけどね、ちょっとお調子者で暑苦しいところあるよな」
「そこが部長の長所でもあり、短所でもありますね」
「そうだな・・・。 そういえば、明日は終業式だし放課後どこかに何か食べに行くか?」
「ええそうですね。どうせなら六栗さんも誘って3人でどうですか?」
「了解。桐山の方から六栗に声掛けてあげて。六栗も桐山のこと心配してたし、桐山から誘った方がきっと六栗も喜ぶから、二人で相談して行きたい店決めといて」
「分かりました。明日の放課後、楽しみにしてますね」
「ああ。じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
そう言って帰ろうとしたけど、桐山は俺の右手を掴んでいる手を離してくれなかった。
手から伝わる桐山の体温が、否が応でもキスされた時のことを思い出させ、心臓が早鳴りする。
でも、俺と桐山にこんな空気は必要ないはず。
俺はこの空気を誤魔化す様に、空いてる方の左手で桐山の脇腹を不意打ちで掴みモミモミして、桐山が反射的に両手を離した隙に、「じゃあな!また明日な!」と言って、走って帰った。
桐山からの返事は無くて、どんな表情をしてたか見れなかった。
でも、正直に言うと、こんな時の桐山の表情を俺は見たく無かった。
だって俺、誰もが認める美貌の桐山と、キスしたんだよ?
いつも通りのフリで今日は何とかやり過ごしたけど、これ以上桐山の雰囲気に飲まれたらまたドキドキが止まらなくなって心がザワつくことを、俺はよく知ってるから。
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