#120 二人を見てきた少女だからこそ





 翌日も教室では桐山は俺との間に壁を作り、目も合わせようとしなかった。


 それでも俺は、お昼休みは美術準備室で弁当を食べながら桐山が来るのを待ったが案の定来なくて、放課後もどうせ直ぐに帰ってしまうだろうと思いつつも、意地になって美術準備室へ足を運び一人で勉強しながら桐山が来るのを待つことにした。


 いつもの様に作業台を机代わりにして、英語コミIの教科書とノートを広げて授業の復習を始めると、直ぐに扉がノックされた。

 桐山や菱池部長ならノックせずに入って来るので、部外者だと直ぐに分かった。


 座ったまま「はーい」と返事をすると、ゆっくり扉が開いて、「お邪魔しまーす・・・」と六栗が遠慮がちに入って来た。



「え?どうしたの?」


「うん、ちょっと来てみた」


 俺が知ってる限り、六栗がココへ来るのは初めてのことだ。


「そうなんだ。 でも、今日は桐山来てないから俺一人だよ」


「うん、知ってる」


「ふむ」



 まさか桐山が俺にキスしたことを自分から六栗に話すとは思えないけど、六栗なりに何か察しているのかもしれない。

 それで、俺と何か話したくて、桐山が居ないのを知っててココに来たということだろうか。


 けど、正直に言うと、桐山だけでなく六栗とも少し気不味い。

 海水浴のデートをして以降も朝は一緒に登校してるし、デートの後にウチに帰って寝落ちしちゃったことは笑って許してくれたけど、六栗とだってキスしてしまったし、裸だって見せ合ってしまったし、その晩には六栗をオカズにしてしまったので、内心では二人きりの時間は未だにドキドキしてしまう。



「美術準備室ってこんな感じなんだ。意外と片付いてて綺麗にしてるんだね」


「うん。俺と桐山が入部するまでは凄く物が多くて雑然としてたんだけどね、部員みんなで大掃除して片付けたの。まぁ部員って言っても、部長と桐山と俺の3人しか居ないんだけどね」


「へぇ~、それで二人ともココに入り浸ってたんだね」


「まぁそうだね」


 六栗は室内をキョロキョロ見渡しながらしょってたリュックを作業台の上に置くと、いつも桐山が座るイスに座って、俺のすぐ横にズズズっと寄せて、パチクリとした眼差しで真っ直ぐに俺を見つめて来た。


 間近で見ると相変わらずドキリとしてしまう可憐さだし、六栗が俺との距離を遠慮なく詰めて来るのもいつものことだけど、海デートの日のことを思い出してしまい、今はどうしても身構えてしまう。



「ど、どうしたの?」


「ケンくんさ、ツバキとナニかあった?」


「え?なんで?」


「今日とか二人とも明らかに距離とって壁作ってておかしかったじゃん。月曜日は普通だったと思うけど、昨日から? あ、月曜日の午後からかな?」


 流石六栗。

 俺と桐山がおかしくなったタイミングは、六栗が言う通り、月曜日のお昼休憩からだ。

 相変わらず鋭い観察眼と洞察力だな。



「まぁ、ちょっと色々あってね」


「ふーん、色々ねぇ。それってヒナのせい?」


「いや、六栗は関係ないはず。でも、俺にもよく分からん」


「ツバキが一方的にケンくんのこと避け始めたの? 何よりもケンくんのこと大切にしてたツバキが?」


「うーん・・・」



 桐山と和解した六栗が、俺と桐山のことで気になってしまうのは理解出来るけど、今はこのことで六栗に話せるようなことは無いから、あまり深く関わって欲しくないのが正直なところだ。


 っていうか、俺にも分からないことだらけだしな。


 なんで桐山は、俺の部屋のクローゼットに隠れていたんだ?

 どうして桐山は、俺と六栗とのデートのことでしつこいくらいに親密な男女のデートのいちゃいちゃだとか言ってたんだ?

 なのに、なぜ俺にキスしてきたんだ?


 そして、六栗に対しても同じことが言える。

 どうして六栗は俺にキスしたり裸見せたりちんこ見たり、部屋に帰ってからも服脱いで下着になってたんだ?

 あの時だって、ベッドで俺とキスしたそうにしてたよな?


 そんな態度を見せていた六栗に桐山のこと聞かれても、状況や思惑が複雑で不可解で、どう答えれば良いかなんて真性チェリーの俺にわかるハズがない。



「ヒナも、ナニがあっても絶対ケンくんの味方だけど、ツバキのことも気になるんだよね。 ツバキってさ、普段は全然素直じゃないくせに、心開いて素直なところ見せてくれると、カワイイんだよね」


「桐山が、カワイイ、だと・・・?」


 アイツには、綺麗とか怖いとか優等生っぽいとかそういう形容詞が似合うのであって、カワイイというのは程遠いと思うのだが。


「うん、ツバキって、めっちゃカワイイ女の子だよ。 裏表あるし腹黒いしプライド高くて負けず嫌いで性格も悪いけど、ホントは寂しがり屋で愛情に飢えてるんだよね。そんなツバキが素直になって不器用に甘える姿は、面白いしカワイイし、ほっとけない感じ?」


「ふーん、女同士だとそう感じるんだ」


「ケンくんもそうじゃないの?あれだけ怖がってたのにいつの間にか仲良くしてたのって、ツバキのことがほっとけなかったからじゃないの?」


「どうだろ?面白い女だとは思ったけど」


「何があったかは聞かないでおくけど、仲直りはした方が良いと思うよ?っていうか、私も気を遣うから困るんだよね」


「うーむ・・・」


「ケンくんってヒナが怒った時でも、毎回ケンくんから謝ってくれて仲直りする切っ掛け作ってくれるでしょ? そういうこと出来るの、凄いことだと思うし、ツバキもヒナ以上に意地っぱりっぽいから、ケンくんからじゃないと仲直り出来ないんじゃないかな」


「別にそんな大したことじゃ・・・」


 俺は六栗に対してずっと、好意だけじゃなく罪悪感も抱いて生きてきた。だから、俺は六栗に対しては無条件で何でもできる。


 でも桐山が相手となれば、話は別だ。

 桐山に対しては、俺だって意地張ってしまうのは仕方ないだろう。俺と桐山は、しょせんそういう関係なんだから。



「それにね、このまま夏休みに入ったら、ケンくんちに遊びに行き辛いじゃん。 ツバキと約束してるんだよ?夏休みになったら毎日ケンくんちで一緒に勉強したり、おばさんから手芸習おうって。ケンくんとツバキが仲直りしてくれないと、ヒナも困るんだよね」


「いつの間にそんな約束・・・」



 確かに二人がそういう相談をしてたのは少しだけ聞いた記憶はあるけど、その時の俺は寝たフリしてたから、俺は知らないことになってるハズなので初めて聞いたフリした。


「ケンくんが寝ちゃった時にね、ツバキの方から誘ってくれたの。 それが凄く嬉しかったんだよね。ツバキとケンくんがお互い遠慮しないくらい仲良くて、おばさんにも気に入られてて、最初は私の幼馴染なのに取られたみたいですっごく悔しかったけど、でもそれってそういうのに自分も憧れてたからで、そこにヒナも入れて貰えるんだって思ったら嬉しかったの」


「いや、そんな憧れるようなもんじゃないだろ」


 菱池部長も似たようなこと言ってたけど、俺にはイマイチよく分からん。


 確かに何でも話せる仲だったし、俺は桐山の一番の理解者だという自負はあった。

 けど、そんなのは今だけの話だ。

 この先、高校を卒業して離れれば、疎遠になる程度の関係だ。



「兎に角、もう夏休み始まっちゃうし、早く仲直りしてよね」


「ああ、分かった。善処する」


 六栗に心配されるまでもなく、夏休みに入るまでには何とかしないとって焦燥感はあった。



 結局この日は、桐山に対して何かアクションすることはしないまま、折角美術準備室に来たんだからと六栗と二人で勉強してから二人で帰った。


 久しぶりに一緒に勉強したり一緒に帰った六栗は終始機嫌が良さげで、俺もデート以来の気不味さやドキドキ感はいつの間にか薄れて、いつも通りの六栗との時間を過ごすことが出来ていた。




 六栗は翌朝の登校中でも、桐山と仲直りするように言ってたけど、あくまでそれは俺自身が動くべきで、自分が余計なお節介や直接首を突っ込む気はないというスタンスの様だった。


 多分それが六栗なりの優しさなんだろう。

 桐山は兎に角面倒臭い性格をしてるからな、俺と二人だけの問題に他人が入ってくれば、更に意地になってしまう可能性が高い。

 六栗も桐山のそういう特性を見抜いているんだろう。



 六栗と一緒に教室に入り、既に来ていた桐山に「おはよ」と一言だけ挨拶して自分の席に座ると、スマホを取りだして、直ぐ隣の席に座る桐山に向けてメッセージを送った。



『本当は色々と聞きたいこととか思うところはあるけど、何も聞かないから、部活くらいは顔出せ。菱池部長も心配してるし、俺も桐山の居ない部活は寂しい』



 菱池部長と六栗に色々言われたことで、桐山に対して意地を張るのは止めた。

 けど、だからと言って何をどうやって仲直りすれば良いのか分からなかったから、兎に角部活にだけは来るように訴えたかった。



 直ぐに既読は付いたけど、返事無かった。

 横目でチラリと桐山の顔色を窺っても、完全に猫被ってる時のお澄ましフェイスで優等生然としたままで、俺とは目を合わせなかった。


 その日も相変わらずそんな調子のままで、お昼休憩も美術準備室には来なかったし、メッセージの返信や会話の無いまま放課後になってしまった。



 HRが終わると早々に、桐山は荷物を纏めて教室の出口に向かった。


 六栗はそんな桐山に「ツバキ、ばいばい」と声を掛けたが、桐山は「ごきげんよう」と返事をしつつも足を止めることは無かった。


 桐山が教室から出て行くと、六栗は俺に何か言いたげな視線を向けて来たので、『分かってるって』と意味を込めて右手を挙げて、俺も荷物を纏めて直ぐに桐山の後を追いかけた。





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