#119 部長もたまには語りたい
いつもニコニコしてて、桐山に睨まれても怖がるフリして笑いに変えてしまう様な不思議な愛嬌のある菱池部長だが、珍しく寂しそうな表情を浮かべて黄昏ている。
美術部で過去に何があったのか語りたいのか、どうやら俺に聞いて欲しい様子だ。
今日の菱池部長はいつも以上にグイグイくるので敢えてスルーするのも手だけど、今後も円満な先輩後輩の関係を続けるのなら、空気読んで聞いておくべきだろう。けど、ちょっと面倒臭いな。
「昔、美術部で何かあったんですか?」
「・・・何があったか、聞きたい?」
「いや、特には。聞いて欲しそうな顔してたから」
「はぁ・・・石荒くんも、そういうところあるよね・・・桐山さんにはすぐ構うくせに、私とか他人に対して全く興味無いって言うか、平気で突き放すよね・・・」
何だか酷い言われ様だな。それに俺が構ってるんじゃなくて、桐山が俺に絡んで来てるっていうのに。
勿体ぶった態度取るからウザくてついつい条件反射で「興味無いですよ」っていう態度で返してしまったけど、今日の菱池部長は一々面倒臭いな。
こういう時は、さっさと話しを進めて貰おう。
「それで、美術部の話は?」
「美術部ね・・・。豊高じゃ美術部なんて全然存在感無くて目立たない部活なんだけど、それでも1年前までは部員がそれなりに居て、部活中は活気もあって賑やかだったんだよ」
「はぁ」
「1つ上の先輩が3人居て、私の学年が私を含めて4人居て、1つ下、今の2年が3人居てね、10人も居たんだよ? 今でこそ準備室で部活してるけど、当時は美術室の方で部活しててね、それが先輩が引退する頃には準備室で部活するようになったの」
「一応、今でも籍だけは残ってる人も居るんですよね?」
「そうだね、一応だけどね」
「それがどうして来なくなっちゃったんです? 桐山みたいにスネてヤサグレてるんですか?」
「そういうのとは違うと思う。 私にもね、桐山さんと石荒くんみたいに一緒に美術部に入部した仲良しの男子が居たの。小中高と一緒だったから幼馴染って言えるのかな」
「ほうほうほう、幼馴染ですか。それは少し興味深い話ですね。因みに俺と桐山は高校からの付き合いで幼馴染では無いですよ。俺の幼馴染は六栗の方です」
「その六栗さんって子とも仲良しなんだよね?誕生日プレゼント贈るくらいだし」
「ええ、多分、仲は悪くないと思います。ただ、怒ると怖いし、めちゃくちゃ気を遣いますけど」
「親しき仲にも礼儀ありだからね、気を遣い合ってる間はまだ健全だと思うよ」
「それで、幼馴染さんの話は?」
「そうそう、その話だったね。 中学の時も同じ美術部だったから、同じ豊坂高校に入学した時に「また美術部に入るんだろ?」って言われて、それが凄く嬉しくて「うん!」って即答してね、二人で一緒に美術部に入部したの」
「なるほど。確かに俺も六栗にそんなこと言われたら、喜んでOKしてるかも」
「私たち以外にも何人も入部希望者が居て、先輩達はみんな優しくて、それにみんな真面目に絵を描いててちゃんと美術部の活動してたの。あの頃は楽しかったなぁ」ふふふ
菱池部長は懐かしむ様に穏やかな表情で語っている。
「その幼馴染の男子とはクラスが違ったけど毎日一緒に登下校しててね、夏休みに入ってからも部活の日は一緒に登校して、部活以外の日とかでも一緒に図書館で宿題したりして、中学の頃よりも一緒に居る時間が多くて、1年の頃はなんとなくお互い好意があるんだろうなって思ってたんだよね」
「付き合ったりはしなかったんですか?」
「うん。私はまだ恋人とか恋愛とか考えてなかったかな。むしろ、自分に恋人が居る姿なんて想像出来なかったね」
「あー、その気持ち、分ります。自分にはまだ早いっていうか、自分なんかと一緒になっても、相手を退屈させちゃうんじゃないかとか、自分じゃ相手には相応しくないとか」
「そうだね。そこまで卑屈だったわけじゃないけど、近かったと思う。それに一緒にいるだけで満足してたからね、その先なんて高望みしたら関係が壊れちゃうんじゃないかっていう不安もあったね」
「それで結局どうなったんです?」
「2年になって、今年も楽しい部活動にしようって意気込んでね、1こ下の子たちが入部してきたんだけど、石荒くんや桐山さんみたいな未経験者の女の子も居て、最初は私がお世話係みたいに基礎とか教えようとしてたんだけど、その子がなんていうか、あざといというか裏表が激しいというか男子にチヤホヤされたい子っていうか、兎に角、女の私なんてお呼びじゃない感じでね、その子、男子の先輩にばかり甘えて、幼馴染の男子もその子に甘えられるとデレデレしちゃっててね」
なんとなく、話が見えて来た。
「その後輩の子は部活に来ても全然描かないで男子部員とお喋りばかりしてて、当時3年の先輩とか部長とかの女性陣が注意すると最初は大人しくなってたんだけど、陰で先輩たちの悪口を取り巻きの男子部員の子達と喋ってるの見かけてね、私も見てられなくて注意したら、そしたらその取り巻きの一人になってた幼馴染の男子に『女の嫉妬ってみっともないぞ』って言われちゃってね、それでもう後輩のことに構うのは止めたの」
「それはまた酷い話ですね・・・」
「今だからそう思えるんだけど、当時は先輩達も私も人の悪意って物に鈍感だったんだよね。高校入学したての1年の後輩が3年や2年の先輩を蔑ろにしてお姫様みたいに我が物顔で振舞おうだなんて、『まさか』って理解が追い付いてなかったと思う。 当時の部長たちもみんなお人好しの良いひとばかりだったから、そういう子の扱いが分からなくて、みんな目を背ける様になってたね。所詮日陰の文化部だからね、強く言える人なんて居なかったの」
つまり、典型的な『サークルクラッシャー』によって仲良しだった美術部が、バラバラになってしまったということか。
「それでもね、美術部は私にとっては大切な場所だったから、意地でも部活には出続けてたの。部長や先輩たちはどうせもう引退だからって夏休み前には来なくなってて、どんなに居心地が悪くてもずっと一人だけ絵を描き続けてたの。美術室だと彼らが駄弁ってて集中出来ないから準備室に一人で篭ってね。 そしたら彼らにとっては美術部に固執する理由なんて無いから、気付いたら誰も来なくなっちゃってね」
「それで一人ぼっちの美術部だったんですね」
「うん。以前桐山さんに『一人取り残されても美術部にしがみ付いて』って言われたことあったけど、ホントにその通りなんだよね。だから二人が入部してくれて、楽しそうに仲良く喧嘩してる姿を見れた時は、私が1年の頃の美術部に戻ったみたいで、ホントに嬉しかったんだよ」
「仲良く喧嘩してるように見えますか?」
「うん、見えるよ。石荒くんと桐山さんは間違いなく二人だけの信頼関係があって、だから遠慮なく喧嘩だって出来るんだと思う。私と幼馴染はそんな風にはなれなかったから、二人の事が眩しくて仕方なかったよ。 それに、私の大切だった美術部を二人になら任せられるとも思ったの」
「むむ・・・なのに、桐山のバカタレは、部活をサボって逃げやがって」
「だから、そんな桐山さんを繋ぎとめられるのは石荒くんしか居ないんだよ!って話なの!」
「いやぁ、アイツは単純にビビって逃げただけで、繋ぎとめるとかそんな大げさな話じゃないですよ。高慢でプライド高いくせに、本当は小心者で臆病で、俺や菱池部長に甘えてるんです。そろそろアイツの性根を叩き直してやらないとダメなんですよ」
「そもそも、何で二人は喧嘩になったの?何があったの?」
「う・・・な、なななナニもないですよ?」
「分かりやすいくらい動揺してるのは、ワザとなの?本当はナニがあったのか聞いて欲しいんじゃないの?」
キスされて、無かったことにしてくれって言われたなんて、他人に話せるわけない。
「お、俺のことなんかよりも、その幼馴染さんとは今どうなってるんです?!」
「一度だけキチンと話そうとしたけど、私が『部活だけでもちゃんとして欲しい』って言ったら更に意固地にさせちゃったみたいで、直ぐに退部届出して辞めちゃったね。 今じゃたまに朝登校する時にばったり顔合わせたりするけど、何故か舌打ちされるね」はぁ
「そりゃまた酷いですね。六栗が怒った時でも舌打ちはしないですよ。ポカポカ殴られますけど」
「まぁいいんだけどね。私にとっては初恋にもならなかった淡い思い出だし、むしろ、本性知れて良かったとすら思ってるし」
「菱池部長は、あの桐山ですら心を開くくらいの人柄とキャラの特異な人で、俺も桐山も間違いなく菱池部長のことは一目置いてるんですから、そんな菱池部長の魅力に気付いてくれるような良い人がきっと現れますよ」
桐山のボケに遠慮なく突っ込める貴重な人材だしな。
「え?そうかな?エヘヘ、って私のことよりも今は桐山さんだよ!今度の木曜の部活には桐山さんのことは石荒くんがちゃんと連れて来るんだよ!夏休み前の最後の部活だし、これは部長命令です!」
「ェェー・・・目も合わせようとしないヤツをどうやって連れてくれば」
「羽交い絞めにしてココまで引き摺って来たら?」
「間違いなく『セクハラ!性犯罪者!』って騒がれるでしょうね。過去にも、不可抗力だろうとそう言われてビンタされたことだってあるんですよ」
「そう言えば私も言われたことあった。私の時はココで二人で着替えてた時に、ものすっごく綺麗な形のお尻してたから触っちゃったんだけどね、『殺すぞ』って凄い殺気だったよ」エヘヘ
「あー桐山のお尻は確かに綺麗な形してた。アイツ、スタイルはめちゃくちゃいいから、モデルとかグラビアアイドルとかマジで裸足で逃げるレベルなんですよね」
「そうそう!女の私でも、ついついナデナデしちゃったもん。ってなんで普段から肌の露出を極力控えてる桐山さんのスタイルとかお尻を石荒くんは知ってるの?もうそういう関係なの?まさか喧嘩の理由って痴情の縺れなの?」
「違いますよ。あいつが人生で初めてビキニ買うって言うから選ぶの手伝ったんですよ。それで試着して見せてくれたんです」
「なんだ、肉体関係があるわけじゃなかったんだ。てっきり、六栗さんって子との三角関係とか痴情の縺れで喧嘩になってるのかと思ったよ」
恋愛関係が成立しない俺たちに肉体関係なんてあるわけないが、六栗とも桐山ともキスした経験がある以上はあながち間違ってはいないような気もするし、これ以上このことで菱池部長に腹の中を探られるのは宜しくないので、話を切り上げて俺は作業に戻った。
菱池部長はまだまだお喋りしたそうにしてたけど、俺が「部長が話しかけてきて邪魔されて居心地悪かろうが、俺も
結局、桐山のことでは何一つ解決策は見いだせていないけど、過去に孤独で寂しい思いをしてきたから今の菱池部長が居て美術部も存続出来ているんだと思うと、もう少し相手をしてあげた方が良いだろうとは思ったけど、基本的にこの人の距離感は俺とは合わないので、今まで通りで充分だろう。
でも、猫被ってない桐山を知る菱池部長と桐山のこと(主に悪口)で盛り上がるのは、ちょっと楽しかった。
キスの話は兎も角、菱池部長と同じように桐山にとっても美術部は大切な場所のハズなんだから、何とかしないとダメなんだろうな。
それに、アイツとこのまま気不味い空気のまま夏休みに入ってしまうと修復不可能になってしまう気がして、それまでに何とかしなければという焦りも、正直あった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます