第21章 蝉時雨

#118 思春期の意地っ張り


 暫く休載してすみませんでした。

 少し魔力が充電出来ましたので、1章分連載再開します。

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 6限目が終わり、HRの時間になってしまった。


 今日は月曜日で、いつもなら部活は無くても放課後は桐山と二人で美術準備室に篭って、勉強しながらお喋りして過ごしていたけど、今日はどうしようか悩んでいた。


 ぶっちゃけ、桐山と二人きりになるのが非常に気不味い。

 本音を言えば、今日は美術準備室には行かずにこのまま帰りたい。


 けど、それをしてしまうと、更に気不味くなってしまいそうだ。

 俺が主導で更に拗らせてしまうのは避けたい。

 やっぱり、行くだけ行った方がいいか。

 寧ろ、今まで何でも腹割ってきた桐山とだから、この件も腹割って話してお互いスッキリさせておいた方が良いだろう。



 HRが終わると、桐山はいつもの様に荷物を纏めてそそくさと教室を出て行った。


 俺も大草や芦谷と少し話してから少し時間をズラして教室を出て、美術準備室に向かった。



 特別棟の最上階の片隅にある美術準備室の扉の前に立つと、昼休みの時には感じなかった緊張感が半端無い。


 桐山は、何を考えて俺にキスしたんだろう。

 しかも、何故、忘れる様に言って来たんだろう。

 俺と同じように桐山だって、異性とのキスは大事のはずだ。

 後悔してると言うことだろうか。


 極度の緊張感の中、準備室の横引きの扉に手を掛けたまま固まってしまい、色々と考え込んでしまっていた。

 気付けば、そのまま2~3分は固まっていただろうか。


 イカンイカン

 考えすぎてて余計にプレッシャーが強くなっている。

 こういう時は、サクッと入って、何とも無い様なフリで聞けばいいはずだ。

 その方が桐山も気安く話してくれるだろう。


 と、覚悟を決めて扉を開けると、誰も居なかった。

 荷物も無い。

 どうやら、先に教室を出たはずの桐山は、まだ来ていない様だ。


 ふぅ

 超緊張してたのに、肩透かしか。


 それにしても、桐山が遅れるのは珍しいな。

 確か、前に遅れて来た時は、告白男に付き纏われてたんだっけ。

 ってことは、今回もか?


 あいつのことだから、よっぽど大丈夫だとは思うけど、少し心配だな。

 スマホで確認するか。


 スマホを取りだしてメッセージアプリを起動すると、5限直前に桐山から送られてきた、『忘れて下さい』のメッセージが目に入った。



 う・・・

 やっぱり気不味い。


 キスされて、忘れてくれって言われて、何て送ればいいんだ?

 最近ようやくスマホに慣れてきたとは言え、こんなにデリケートな話題での返信はハードルが高すぎるな。

 まだ、直接顔を会わせて桐山の顔色とか態度を見ながらの方が何か言えそうだ。


 やっぱり大人しく待つのが一番ベターだろう。


 仕方無いので、数Iの教科書とノートを広げて、今日の授業の復習を始めた。






 その後、一時間経っても桐山は現れなかった。


 あいつ、まさか今日は帰ったのか?

 俺だって本音じゃ逃げたかったのをちゃんと話してスッキリしようと勇気を振り絞ってココへ来たのに、逃げやがったのか?


 スマホでメッセージアプリを開いて『逃げやがったなこの野郎!』と打ち込むが、やっぱり怖いので、『いまドコですか?』と打ち直して緊張しながら送信すると、『自宅です』と即レスだった。




 なんで元凶の桐山が逃げてんだよ!!!

 俺が帰りたい時は無理矢理居残り付き合わされて散々だったのに、何で何も言わずにさっさと帰ってんだよ!

 また変なのに絡まれてんじゃないかって心配して損したわ!

 俺だって逃げたかったのに自分だけ逃げやがってズルイだろうが!

 っていうか、何が『自宅です』だよ!なんで当たり前の様に返信出来るんだよ!少しは申し訳ないという反省の色を滲ませろよ!




 マジでなんて女だ・・・

 小馬鹿にしたり揶揄ったりベタベタしたり泣いたり怒ったり、キ、キキキスしたり、なんなんだよ!

 毎度毎度なんでこう振り回してくるんだよ!


 って、俺の前では素の自分出せって言ったからか・・・今更そんな自分に後悔。


 もうこうなったら、徹底抗戦だ。

 桐山が頭下げてちゃんと説明してくるまで、俺からはノーアクションだ。

 あいつは他人の前では孤高の優等生を気取ってるけど、俺の前では基本的にかまってちゃんだ。

 俺に構って欲しいから、いつも俺に付き纏ってる訳だからな。

 だったら、完全スルーだ。

 泣いて『ごめんなさい』って言うまで許さないぞ。

 って、本当に泣かれるとマジで面倒だから、泣いちゃいそうな顔で『ごめんなさい』言うまでだな。




 ◇




 翌日の教室でも、桐山との会話は無かった。

 まるで入学したばかりの四月に戻った様だ。

 いや、あの頃よりももっと酷いかもしれない。


 あの頃は、俺も桐山も会話は無かったが、お互い気になってて、チラチラ様子を覗っていたと思う。

 けど今は、完全にお互いがそっぽを向いてる。


 昨日、桐山が何も言わずに勝手に帰ってしまい、美術準備室で一人待ちぼうけを喰らった俺は、意地でも『自分からは歩み寄らないぞ』というスタンスで、そして桐山も、メールで書いてた様に『キスなんて無かった』ことにする気なのか、まるで俺の存在自体を歯牙にかけてないかのような態度だ。



 そしてこの日は火曜日で、部活がある。

 完全に意地になってた俺は自分から逃げたと思われたく無くて部活に出たが、案の定桐山はサボりやがった。


「あれ?桐山さん来ないの?体調でも悪いのかな?」


「さぁ?」


「さぁ?って石荒くん、何か聞いてないの?」


「ええ、特には」


「ええ、特にはって、いつもあんなに仲良しなのにそんなことあるの?まさか喧嘩でもしてるの?」


「別に仲良しじゃないですよ。あいつに付き纏われてただけだし」


 六栗以外で一番仲が良い友達は?と問われれば、間違いなく桐山だったし、桐山のことを一番理解してやれるのは俺だという自負もあったけど、今だけはそれが面白くなくて、ついつい菱池部長に対しても意地はって否定してしまう。


「うーん・・・」


「別に桐山居なくても部活は出来るんだし、サボってるヤツなんてほっとけば良いじゃないですか」


「う・・・その考え方が今までの美術部の惨状を物語ってるような・・・」



 菱池部長は桐山のことが気になるのか、スマホで何やら連絡を取ろうとしてるが、俺は作業着代わりのエプロンを身に着けて一人でデッサンの続きを始めた。



「うう、桐山さんに既読スルーされた。普段はほっといて欲しい時でもあんなに私のことネチネチ虐めるのに」


「あいつはそういう女なんです。自分勝手で我儘でネチネチ陰湿で、そのくせ外面だけは良くて優等生ぶって、でも本当は泣き虫で構ってちゃんで意地っぱりでクソメンドクサイ女で」


 菱池部長なんて目じゃないくらい俺の方が振り回されてるからな、桐山の悪口ならいくらでも出てくるぜ。


「でも、そんな桐山さんのことが好きなんでしょ?」


「はぁ?俺が桐山をですか?有り得ないですよ。俺には他に好きな子居るし」


「別に恋愛的な意味だけじゃないよ。友達としてでも」


「そりゃあ友達としてなら。 あいつ、超美人のクセして頭イカレててぶっ飛んでること言い出したりして一緒に居ると面白いし」 


「なのに、今日は桐山さんに対して凄く冷たいよね?」



 今日の菱池部長は、やけに俺と桐山のことにグイグイ喰い込んで来るな。

 直ぐに睨んで脅してくる桐山が今日は居ないから、俺だけだと色々と言いやすいのかな。


 でも俺は、耳を傾けながらも作業を続けた。



「先週の部活は二人とも仲良さそうだったのに、部活が無かったこの数日の間に何かあったのかな? 確か、幼馴染さんの誕生日だったよね?」


「別に何も・・・」


「やっぱり何かあったんだ」



 俺はデッサンを続けているのに、菱池部長はスマホで桐山の反応が来ないのを気にしてる様子で、いつまで経っても作業を始めようとしなかった。



「こういうのって、時間が経てば経つほど拗れて修復が難しくなるんだよ?」


「俺はちゃんと部活に出てるんだから、そういうのは桐山に言って下さいよ」


「だからだよ。こういう時でも逃げずに部活に出れるような人が動いてあげないと」


「・・・」


「あのね、石荒くん。些細なすれ違いでも放置してたら、どうにもならなくなることだってあるんだよ?」


 それくらい、俺だって分かってる。


「二人が入部するまで美術部は私一人ぼっちだったけど、前はもっと人数が居ていつも賑やかだったんだよ? でも、色々あって手をこまねいていたら一人ぼっちになってたの。そうなって気付いた時にはもう手遅れで、誰も戻ってきてくれなかったんだよ」


 作業の手を止めて菱池部長へ視線を向けると、寂しそうなシリアスな表情で窓の外へ視線を向けていた。


 開けはなたれた窓の外からは何重にもセミの鳴き声が重なり、四階の美術準備室の俺達にまで何かを訴えている様だった。






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