#115 優等生の暴走に混乱の少年




「食べ終わったんなら降りてよ」


「お弁当を食べただけではまだまだ全然足りません。親密な男女の甘い行為がこの程度のわけがないじゃないですか」


 桐山の魂胆なんて既にお見通しの俺が鋼の童貞力を見せているというのに、諦めがわるいな。

 そんなにもハニートラップで俺をハメたいのか?


「こうしてくっ付いていればイチャイチャって感じしますよね。お昼時間が終わるまでこのままこうしてましょう」


 俺が不信感を込めた視線を向けても、桐山は全く気にすることなく平然と宣った。


「あのなぁ、何も学校ですること無いでしょ?しかも人気ひとけの無いこんな準備室でコソコソしてさぁ。だいたい俺にハニートラップは通用しないぞ?」


「ハニートラップ?何を仰ってるんですか?だいたい、人気のある場所でしてたらもっと問題ですよ?」


「確かに・・・イヤイヤイヤイヤ!そもそもこんなことする必要あるの?昨日のデートだって六栗は楽しそうにしてたんだぞ?俺だって疲れたけど楽しかったぞ?なのに桐山は俺をドコへ向かわせようとしてるんだ?」


「ゴチャゴチャと文句が多いですね。親密な男女の甘い雰囲気が台無しになるじゃないですか。そういうところがデリカシーが足りないです。もっと女心を学んで下さい」


「・・・」


 さっきから言いたい放題やりやい放題で、だんだん腹立ってきたぞ。

 もう無理矢理振り落としてやろうか。


 そう思って無言で立ち上がろうとしたが、それを制するように「こういう時は黙って抱きしめるだけで良いんです」と言い出しやがった。


「なんで俺が桐山を抱きしめにゃならん―――」

「ほら抱きしめて!ギュッと抱きしめて下さい!さぁ早く!」


「ぐぬぬぬ」


 桐山は至近距離から有無を言わさぬ圧を滲ませた表情で俺を見つめていた。


 桐山の迫力に体が勝手に動いてしまい、両手で桐山の体を抱きしめる。


 と見せかけて、ベアハッグの要領でギチギチ締めあげてやろうとしたところで、桐山の方からも両手で俺の首に抱き着いてきて超距離で見つめ合って抱き合う形になり、体が固まったかのように動けなくなった。


 食後なので口臭が気になり口を閉じて鼻で呼吸をしてしまい、時間が止まったかのように静かな準備室の中で、見つめ合ったまま自分の鼻息だけが聞こえる。


 これではまるでキスをしようとしてるみたいじゃないか。

 そう思うと、急速に顔が熱くなってくるのがわかる。

 体中から汗も噴き出してきた。


 しかし、そんな俺とは違い、桐山は圧を感じさせる表情のまま顔色一つ変えず俺を真っすぐ見つめていた。



 そう言えば、緑地公園で桐山が泣いてた時もこんな風に見つめ合ったな。

 あの時の桐山は情緒不安定で幼児退行したみたいな口調になってたけど、今は平気なんだろうか。


 そんなことを逡巡していると、桐山は少し顎を上げる様にして、まるでキスでもするかのように更に顔を近づけて来た。



 まずい!?

 このままでは本当にキスしてしまうぞ!?

 六栗の時は頬へのキスで、ファーストキスになるのかノーカンになるのかまだ結論が出ていないと言うのに、マウストゥマウスなら誤魔化しようが無く完全完璧にキスだぞ!?

 それを桐山はしようというのか!?


 気持ちは焦るが、体が動いてくれない。

 首を少し動かせば避けられるのに、首に抱き着かれてるから動きが封じられてしまっている。


 つ、ついに・・・


 とほぼ観念した瞬間、鼻の頭に桐山の鼻がぶつかった。


「痛ってぇぇ!!!」


 日焼けしてヒリヒリしてた鼻の頭に桐山の鼻が触れたせいで激痛が走り、体の硬直が解けて、抱きしめていた桐山の体を思いっきり押し退けた。



「なにしてんだよ!めちゃくちゃ痛いんだぞ!?」


「・・・・すみません」


 俺に押されて体勢を崩した桐山は、俺と目を合わせないようにそっぽを向きながら一言謝ると、背を向ける様に立ち上がって美術準備室を飛び出して行った。



 一人残された俺は、腰が抜けたように立ち上がれなかった。


 鼻同士がぶつかった瞬間、一瞬だけど唇同士も触れ合った。

 昨日の六栗に続いて、桐山ともキスしてしまった。



 もう訳がわからん。

 桐山は恋愛を嫌悪して異性とも距離を置く様にしてたのに、どうして男の俺とキスなんてしたんだ。

 桐山が何考えてるのか分からんのはいつものことだけど、今日のキスは次元が違うレベルで理解に苦しむ。



 訳が分からなくても、1つの疑念が頭に浮かんだ。

 まさか、桐山って俺のことを・・・好きなのか?


 いや、桐山に限ってソレは無いだろう。

 だって、数多の異性からの告白を全て断って来たっていつも言ってるくらいだし、日頃から恋愛に対して嫌悪して悪態ついてたし、俺が六栗のこと好きなのだって知ってるし、そんな桐山が俺を好きだなんてことありえないだろ。


 じゃあ、なんで俺にキスしたんだ?

 イタリア人でも無いのに挨拶代わりか?

 いつものお姉ちゃんぶってる延長か?

 でも、いくらイタリア人でも姉弟で唇同士でキスなんてしないよな?

 

 ダメだ。

 分からな過ぎて胃が痛くなってきた。

 ゲーしそうだ。



 

 5限目の予鈴が鳴ったので、這う様にして無理矢理立ち上がって教室に戻るために荷物を回収しようとしたら、俺の弁当箱だけじゃなく桐山の弁当箱と水筒も残されたままだった。

 自分の荷物を放置して出て行ってしまうくらい、桐山も動揺してたってことか。



 俺も教室に戻らないといけないが、戻って桐山と顔を会わせることを思うと、すげぇ気が重い。けど、そんなこと言ってられないから、自分と桐山の荷物を両手に持って教室に向かった。


 教室に着いて入口からこっそり中を覗くと、桐山は既に自分の席に座ってて、普段通りに背筋を伸ばした綺麗な姿勢で一人大人しく真っすぐ前を向いていた。



 教室に戻って来たはいいけど、どうすりゃ良いんだ。

 気不味いし、意識して普通の態度で振舞える自信がない。


 教室に入らずに廊下でぐだぐだしてると、入口に近い席の六栗が俺に気付いて声を掛けてきた。


「ケンくん、どうしたの?授業始まるよ?」


「ああ、うん・・・」


「体調でも悪いの?保健室に連れて行こうか?」


 六栗が声を掛けて来たことで、他のクラスメイトたち数人も俺に視線を向けて来たが、桐山は相変わらず真っすぐ前を向いたままだった。

 クラスメイトたちの注目を集めてしまい、このまま廊下でぐだぐだしてる訳にもいかず、六栗に「何でもないよ。大丈夫」と返事をしてから教室に入って自分の席に向かった。


 席に座る前に「忘れ物」と一言だけ言って、桐山の机に桐山の弁当箱と水筒を置いて、直ぐに自分の席に座ると、桐山は返事もせずに自分のカバンに弁当箱と水筒を仕舞うとスマホをいじり始めたので、俺も通学用リュックに弁当箱をしまった。


 そのまま机から教科書と筆記用具を取り出して授業の準備をしていると、チャイムが鳴るのと同時に胸ポケットに入れてたスマホにメッセージが着信した。

 教科担任が来たので授業開始の挨拶をした後に机に隠すようにしてスマホを確認すると、メッセージは桐山からだった。


『お弁当箱と水筒、ありがとうございました。 それと、先ほどはすみませんでした。どうかしてました。忘れて下さい』


 チラリと隣の席の桐山に視線を向けると、お澄ましした表情で真面目に授業を聞いていて、俺が見ていることは気付いてないかの様に見えるが、その様子が逆に俺を意識してるからこそ意識していない風に装ってる様にも見えた。



 結局桐山が何を考えてるのかは分からないままだ。

 けど、1つだけ言わせて貰うと


 キスされたのに忘れられるわけねーだろ!



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