#106 少女は少しだけ理解した



 ツバキがお盆を持って戻って来ると、部屋中に紅茶の香りが充満した。


 ツバキが床に置いた四角いお盆には、ティーポットや砂糖入れにティーカップとケーキのお皿が3人分乗ってて、ツバキがティーポットを軽く揺すりながらティーカップに紅茶を注ぎ始めた。


 見てるだけなのは気が引けたから、私もケーキのお皿にフォークを乗せて、ツバキの前に1つ置いて、自分のとこにも1つ置いた。

 ケンくんも起こそうかと考えたけど、もう少しツバキから話を聞きたかったから、寝てるのをもう一度確認して、ケンくんの分のケーキはお盆に乗せたままにした。



「今日お昼にお母様とスーパーに買い物に行ったんです。その帰りにケーキ屋さんによって買って来たガトーショコラなんですけど、私と石荒さんの2つ分しか買わなかったんですよ。でも六栗さんもいらっしゃったから、追加でもう1つをお母様が急いで買ってきてくださったそうです。お母様って普段は厳しい様に見えて、本当はとても気遣いが出来てお優しいんですよね」


「え?そうなの?私が来たせいで気を遣わせちゃったの?」


「六栗さんの為と言うよりも、私たちがケーキの取り合いでもしてモメないようにってことだと思いますよ」


「なるほど。確かにそう聞くと、おばさんらしいって気がする」


「ですよね、うふふ。私、お母様のことが大好きなんです。お母様の娘になりたいくらいに」


 今でも石荒家に馴染み過ぎてるくらいなのに、娘になりたいってどんだけなん。



 ツバキはそれぞれのティーカップに注ぎ終えると、その1つを「どうぞ」と言って私の前に置いた。


「あ、今気づいたんですが」


 ツバキは自分のティーカップに角砂糖を1つ入れて、スプーンで混ぜながら何かを思い出した様に話し始めた。


「ん?」


 私も自分のティーカップに角砂糖を2つ入れて、スプーンで混ぜながら短く返事をした。


「このタイミングでお母様がケーキを取りに来るように私を呼んだと言うことは、もし私がクローゼットに隠れたままでも、六栗さんの作戦はココでお母様に露見してたってことですよね」


「あ・・・確かにそうじゃん」


「お母様に呼ばれた時に私の返事が無かったり直ぐに降りてこなければ、お母様はきっと3階まで上がってきて、部屋の様子を見るでしょうね」


「おうふ・・・そうなってたら、めっちゃヤバかったってことじゃん」


「つまり、私は意図せずに、六栗さんのピンチを救ってたってことじゃないですか?」


「いや、それは結果論であって」


「私、六栗さんの恩人ですよね?」


 妙に鋭い眼差しで訴える様に、ジッと見つめてくる。


「だからそれは」


「恩人ですよね?」


 同性でも、これだけの美形に真っ直ぐ迫られると圧がハンパ無い。


「うん・・・ツバキのお陰で助かりました」

 負けを認めるみたいで、くやちい。


「これでお相子あいこですよね? いい所で邪魔してしまって申し訳なかったですが、エッチなことをしようとしてたのがお母様にバレるのを防いだってことで、お相子です」うふふ


「はぁ、やっぱツバキってイイ性格してるわ」


「それで、今日のデートのこと私にも聞かせて下さいよ。石荒さんに聞こうと思ってたんですけど、超絶鈍感男の石荒さん主観の話では、事実と異なることばかりになりそうなので、折角だから六栗さんから聞かせて頂いた方が良いと思うんですよね」


「え?普通にイヤなんだけど」


「いいじゃないですか。私とガールズトーク?しましょうよ。今までこういうお話し出来る同性の友達って居なかったんで憧れてたんですよね」


「ツバキだってクラスに友達居るじゃん。須美さんとか野場っちとか」


「確かにお二人とは仲良くさせて頂いてますけど、恋愛事の話題はすぐ面白がってからかわれてしまうから避けているんですよ」


「っていうか、教室だと猫被ってるから出来ないだけじゃん」


「そうとも言います」キリッ


「ぶっ、ナニそれ」



 相変わらず目まぐるしく変わるツバキの表情と態度に翻弄されてしまうけど、ツバキが私の邪魔したのが本意じゃなかったことが分かったからなのか、前に喧嘩した時みたいな敵愾心は収まってて、ケンくんがなんでツバキと仲良くしてるのか、少しだけ分かった気がした。







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