第18章 溽暑

#103 息を潜める優等生



 お母様との買い物を済ませたあとは、部屋着代わりに石荒さんのジャージに着替えて、お母様に教わりながらお昼ご飯の料理をお手伝いして、お父様も合わせた3人で昼食も済ませ、そして午後は、お母様に裁縫を教えてもらうことになった。


 とは言いましても、ずぶの素人の私ではいきなりお洋服のような高レベルな物は無理ですので、基礎的なことからということで髪留めのシュシュを教えて頂くことになりました。


 先日、私の誕生日にお母様が縫って下さったワンピースの生地の端切れが残ってましたので、それを使ってミシンで作ってみることに。

 手つきの危なっかしい私に、お母様は「慌てなくても大丈夫だからね?力まずに手は添えているだけで良いからね?」と1つ1つ丁寧に教えて下さり、初めてのミシンでの縫物は自分でも驚くほど綺麗に出来た。


 勿論、ミシンを使用してますので、縫い目が綺麗に出来るのは当たり前のことなんですけど、自分で作ったという達成感や、「上手に出来たじゃない!この調子で他にも挑戦してみましょ!」とのお母様の言葉が嬉しくて、ついつい私もその気になって、「いずれは自分でもお洋服を縫える様になれたりして・・・」と考えてしまいます。


 まだ端切れがありましたので、もう1つ同じ様にシュシュを作り、お揃いにみました。2つお揃いのシュシュが有れば、六栗さんのようなツインテールが私にも出来ますよね。


 早速やってみました。

 でも、なぜか違和感が凄いです。

 作業部屋の姿見で自分のツインテールヘアを見てると、なんだか落ち着きません。


 うーん・・・私にはこのヘアスタイルは似合いません。

 却下ですね。

 2つも必要は無くなりましたので、1つ石荒さんにでもプレゼントしましょうか。

 ああ、坊主頭には必要ありませんでしたね。

 うっかりしてました。

 では、六栗さんにあげましょうか。



 そういえば、そろそろ石荒さんがデートから帰って来る時間に。

 スマートフォンで時間を確認すると、17時を過ぎたところ。

 今日は石荒さんからは一度もメッセージが来てません。

『知らせが無いことが良い知らせ』とは言いますが、なんだか胸騒ぎがしてきました。六栗さんと上手くいってれば良いのですが。


 朝、送り出す前の様に再び落ち着かなくなってきましたので、裁縫の片付けを済ませてお母様にお礼を言うと、石荒さんのお部屋に戻って待つことにしました。



 室内は日中エアコンを付けて無かったですし、西日が入って更に蒸し風呂の様な熱さです。


 クーラーを点けて、空気も入れ替えようと窓を全開に。


 夏のこの時期は夕方でも外はまだ明るい。

 窓から顔を覗かせて、3階から良く見える黄昏時の遠い景色を眺めていると、聞き慣れた声が聞こえてきます。


 地上に視線を向けると、石荒さんと六栗さんが家の前で丁度自転車を降りたところでした。



 ようやく帰ってきました!


 あら、六栗さんも来てますね。

 もしかしたら、このお部屋でデートの続きをするんでしょうか?


 となりますと、私は邪魔者?


 コレはマズイですよ。

 私の誕生日の時の様に『なんでアンタがココに居るのよ!』とか怒り出すかもしれません。


 どうしましょう。

 コレは困りました。


 兎に角急いで部屋を出なくては。



 ですが、慌てて窓を閉めて、バッグを抱えて部屋を出ようとしましたが、お二人が会話しながら階段をあがってくる音が聞こえてきました。


 今部屋を出ると鉢合わせに!?

 部屋から出られなくなってしまいました!

 か、隠れるしか!?


 隠れる場所は無いかと室内を見渡すと、クローゼットが目にとまり、慌ててクローゼットを開いて中に入り、扉を閉じます。


 そして、閉じたと同時に部屋のドアが開く音と、お二人の会話が聞こえてきました。



 何とか間に合った様です。

 石荒さんは服装に無頓着でクローゼットの中も荷物が多くないのが幸いしました。


「あれ?クーラー点けっぱなし?  あ、そういや、アイツ」


「ふぅ~、疲れたねぇ~」


「んあ? ああ、確かに俺も疲れたな」


「少し休もっか。私もベッドで休ませて」


「あいよ。俺は汗かいたし部屋着に着替えちゃうわ」



 んー!?

 着替えるとなると、クローゼットを開けられてしまいますよ!?


 マママママズイです!

 ココで見つかるのはマズ過ぎますよ!


 ツバキ姫と呼ばれて、数多の男性から告白されても全てお断りしてきたこの私が、クローゼットに隠れてこっそりお二人の様子を盗み聞きしてただなんて知られてしまったら、人生が終了してしまいます!


 ああ、どうしましょう・・・

 このままでは見つかってしまいます・・・


 コチラに近づく足音が、死刑執行のカウントダウンに聞こえます。

 もう終わりです。

 桐山ツバキ終了のお知らせです。



「着替えなんていいじゃん。ケンくんもコッチ来て座ってよ」


「むむ。汗臭いから着替えたいんだけど」


「ケンくんは臭くないしヒナが気にしないからいいの!」


「でもなぁ」


「まだ恋人プレイ中なんだよ?ヒナの恋人だったら二人っきりの時間は隣に来ないとダメなの!」


「いや、二人っきりじゃなくても電車の中とかずっと隣にくっ付いてたじゃん」


「ふーん、恋人の言うこと聞けないんだ?ふーん」


「わかったって。そんなに怖い目で見ないでよ、もう」



 な、なんとか危機を脱したようです。

 石荒さんが着替えたがってるのに何故だか六栗さんがストップをかけてるようで、クローゼットをすぐに開けられることは無さそうです。

 私がココに居ることも見つからなくて済みそうですね。


 ですが、六栗さんはしきりに『恋人』と言ってますよね?

 つまり、お二人は晴れて恋人同士になれたということでしょうか?


 もし本当にそうでしたら、お二人はこれまで長い時間思い合って来たわけですし、漸く結ばれたお二人を祝福しないといけませんね。



 でもやっぱり、胸が痛みます。

 私は今、人生で初めての失恋をしたわけですから。


 自分が望んだこととは言え、やっぱり胸に来るものがあります。

 でも、泣かない様にしなくては。


 目に染みるのは、クローゼットの中の暑さで流れた汗が染みただけです。

 私は泣かない。だって、失恋して涙を流すだなんて、私らしくありませんからね。

『図々しくて我儘な桐山ツバキを好きだ』と言ってくれたのだから。



「ちょ!?なんでまた服脱ぎ出すの!?着替える必要ないって六栗が言ってたじゃん!」


「着替えるんじゃないもん。暑いし脱ぎたいだけだし、裸で横になった方が休めるもん」


「はぁ!?ナニ言ってんの!?シャワーの時といい、なんで直ぐに裸になりたがんの!?」


 え?裸?

 い、いったいなにが起きてるんでしょうか・・・?





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