#99 少年の負けヒロイン根性
「あー!めっちゃ恥ずかったぁ!」
混乱と動揺でパンクしている俺を他所に、六栗が突然わざとらしく声をあげながら顔を上げて、顔が火照って暑いのか、両手でパタパタと
「やっぱ、帽子貸して」
そう言って、俺の返事を待たずに帽子を拾って自分で被り、振り向いて「似合う?」と聞いてきたが、俺の顔を見た途端、表情を曇らせた。
「キスはやりすぎだったよね・・・ただの幼馴染なのにね。ごめん」
今、俺はどんな顔をしてるんだろう。
ニヤニヤしては無いんだろうけど、嫌な顔してるつもりも無い。
混乱と困惑、そして驚き。
それらをミックスした様な表情なんだと思う。
六栗とは長い付き合いだから、きっと六栗にもひと目見てそれが分かったのだろう。だから、こんな風に謝っているんだ。
直ぐに否定しなくてはいけないと思った。
だって俺は、二度と六栗を悲しませてはいけないのだから。
「驚いただけだから」
「ん?」
「嫌じゃないから」
「キスが?」
「うん」
「ヒナ、またケンくんのこと困らせたんじゃないの?」
「困ってないよ。驚いたけど・・・そ、それにホッペのキスなんて、イタリア人なら挨拶みたいなもんでしょ?イタリア人じゃないけど」
「そうかもしれないけど」
「六栗の幼馴染で良かったって思ってるし。だって幼馴染じゃなきゃ俺、こんな風にデートになんて誘って貰えなかったでしょ?」
「うう・・・」
「違うの?」
「ち、違わないよ!ケンくんとは幼馴染なんだし!誰よりも長い付き合いだから!」
「俺は中3の時、六栗に幼馴染って言って貰えたのがめちゃくちゃ嬉しかった。だから、六栗を悲しませるようなことはもう二度としないし、六栗が困ってる時は助けたいし、六栗が喜んでくれるならなんだってする。だから、六栗は自分のしたいようにして欲しい。俺が幼馴染として全力で応援するから」
恰好付けて言ったけど、これが俺の本心だ。
けど、かなり恥ずかしい。六栗とは毎日顔を会わせて色んなことを話して来たけど、こんな風に本心を話したことないから。
そして今、自分で話してて色々と思い出して、気付いた。
あの頃、幼馴染の定義を知ろうと沢山読んだ小説にも描かれてたけど、幼馴染っていうのは負けヒロインとも呼ばれる。
もし俺達が物語の登場人物なら、間違いなく主人公は六栗だ。みんなの人気者だしな。
そして俺は、六栗のメインヒロインになれるチャンスを自ら潰した男だ。
それでも俺は、幼馴染という役を与えられたことを喜んでいる。
だったら、負けヒロインの役目だってキッチリ果たすべきだ。
使命とも言っていいだろう。
俺が抱いている六栗への好意なんて最初から、物語を盛り上げるためのスパイス程度の価値しかないんだ。
「ケンくんは、ヒナがしたいこと、分るの?」
「ごめん、さっぱり分からん。でも、六栗が恋人プレイを楽しみたいなら、俺に出来ることは頑張りたい」
六栗が恋人プレイを所望するなら、それに応えるのが俺の役目。
だからと言って、キスは行きすぎだと思うけど、頑張れる範囲で応えようじゃないか。
「そっか。なんかケンくん、ツバキみたいなこと言うんだね」
「桐山?アイツ、なんか言ってたっけ?」
「ツバキ、ケンくんの為なら何だってするって言ってた。正直言うと、あんなこと言えるツバキが眩しくて、羨ましかったもん。そしたら今度はケンくんも同じようなこと言うし、なんかヒナだけ子供みたいで、ちょっと寂しいかも」
「何を言ってるんだ六栗。俺の方こそ六栗のことが羨ましいぞ。尊敬してるって言ってもいい。いつも全力で一生懸命で、俺や桐山にはない情熱を持ってる六栗は、みんなの憧れだから」
「ケンくん・・・」
「それにもう1つ言わせてもらうけど、桐山は何考えているか分からん女だからね?ここんとこおかしな行動目立つし、あいつを俺たちの基準で当て嵌めようとするのはナンセンスだ」
「何考えてるのか分かんないってのは、同意かも」ふふふ
普段とは違う海でデートというこの状況のせいか、それとも六栗にホッペにキスして貰って調子に乗ってるのか、ついつい色々喋ってしまった。
けど、こういう自分の本音って普段じゃなかなか言えないし、良い機会だったかもしれない。
「ケンくん、ギュっとして」
「こう?」
離してた両手をもう一度お腹に回した。
「もっと強くギュっとして」
「お、おう」
六栗の背中に恐る恐る自分のお腹を密着させて、両手の力を込めた。
するとどうしても、六栗の露出したうなじに顔もくっ付くくらいに近付く。
六栗のうなじ、凄く良い匂いがする。
汗とかじゃなくてシャンプーの匂いなのかな。
これはダメだ。
猛烈にムラムラする。
今日はエロイ目で見ちゃダメなのに。
ううう、煩悩を滅却しなくては。
こういう時は素数を数えるのか?それとも円周率か?
3.141592653589792、あ、間違えた。
もう一度最初からだ。
3.141592653589793238462643・・・
「ヒナもケンくんのこと尊敬してるし、めっちゃ憧れてる。遊園地に行った時に観覧車で言ったでしょ?だから、ケンくんの為なら何だって出来るし、って言うか・・・ケンくんラブは今までもこれからもずっと変わらないし」
383279502884・・・
「・・・聞いてる?」
197169399375・・・
「ねぇケンくん?なんか言ってよ、何も言ってくれないとめっちゃ恥ずいじゃん」
その時、六栗は何か言いながら首だけ後ろに振り向こうとしたら、六栗が被っていた帽子がヒラリと落ちた。
俺は脳内で円周率を唱えるのに夢中だったため、振り向いた六栗の右頬に俺の唇が当たってしまった。
「うお!!??ごめん!」
「・・・ケンくんにキスされちゃった・・・」
「ごめん!キスするつもりじゃなかったんだ!こんだけ密着してるし事故なんだよ!」
「謝らないで。ヒナだけじゃなくてケンくんからもして貰えて嬉しいし。それにホッペのキスはイタリア人なら挨拶程度なんでしょ?イタリア人じゃないけど」
「とにかくごめん・・・必要なら足舐めるし、それでもダメなら切腹も・・・許してくれ」
「だから怒ってないって。嬉しいって言ってるでしょ?っていうか、ケンくんって謝る時すぐ足舐めようとするよね?もしかして変態なの?」
「いや、俺は至って健全な普通の男子高校生だ。六栗のうなじにムラムラなんてしてないからな」
「ヒナはケンくんにギュっとされて、ムラムラしてるよ?」
な、なんだって!?
「もしかして六栗、変態だったのか・・・?」
「変態じゃないし!男の子にギュっとされたら女の子は誰だってムラムラするの!」
「そうか・・・なら存分にムラムラしててくれ。俺は円周率で我慢する」
「いや円周率とか意味わかんないし」
あくまで恋人プレイであって俺達は本当の恋人じゃないし、ムラムラしたところで何かがある訳じゃない。
でも普通の友達とじゃこんな際どいやり取りなんて出来ないし、やっぱり幼馴染だからこそだろう。
っていうか、普通の女子は男子にギュっとされるとムラムラするのか。
ってことは、桐山もか?
最近アイツに抱き着かれることが多いんだが、俺だけじゃなく桐山もムラムラしてたのか?・・・って、アイツは普通の女子じゃなかったな。
なら大丈夫か。
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