#96 優等生の折り合いと強がり




 5月以降、毎週末過ごしているこのお部屋で、今日は一人ぼっち。


 石荒さんは夕方まで帰ってきませんのでそれまですることが無く、勉強机を借りて一人で勉強してようとテキストとノートを開きましたが、気持ちが落ち着かなくてソワソワしてしまい、集中出来ないからと結局勉強も中断してしまいました。



 今頃お二人は電車に乗って移動中でしょうか。


 今日、石荒さんと六栗さんは二人でデートに出掛けています。

 なんだか、自分のこと以上に心配で、落ち着きません。



 六栗さんの誕生日で、六栗さんに喜んで貰うために、石荒さんは誕生日プレゼントを用意して、今日のデートでサプライズを計画していました。

 石荒さんから事前に私にもその相談がありましたので、プレゼント選びのお手伝いをして、数日前から一緒にデートの準備もして来ました。



 好きな男性が、相思相愛の相手とのデートに出掛けた。

 私はその為の準備のお手伝いをした。


 本当なら、お手伝いなんてするべきではないでしょう。

 でも、私にとってそれは必要なことだったと考えています。



 私は石荒さんのことを男性として好きですが、だからと言って、今すぐお付き合いしたいとは思っていません。


 傍に居たいだけなんです。この先も長く、大人になっても。

 お喋りしたりふざけ合ったり、時には手を繋いだりハグをしたりして、たまには甘えさせて頂いて、それで充分なんです。それで満足しなくてはいけないんです。


 先日、衝動的に告白してしまいましたが、本当は私が石荒さんを好いてることは石荒さん本人には知られない方のが都合が良いと考えてます。

 ですから、結果的に私の好意が伝わらなかったのは、助かりました。


 石荒さんは私とのことを『面白いコンビ』だと話してくれました。

 コレが私にとって、理想形だと思います。


 そう思える様になったからこそ、六栗さんとのデートをサポートすることが出来ました。


 石荒さんは六栗さんのことを好き。

 六栗さんも石荒さんのことを好き。


 過去の出来事に縛られたままのお二人が、それでも大切にしてきた想い。

 他人には変えることは出来るものでは無くて、私にも変えることは出来ません。

 だから、石荒さんの傍に居たいのなら、私も二人のその想いを受け入れる必要があります。


 二人が結ばれたのなら、恋人の居る石荒さんのコンビの相方としての立場。

 そして石荒さんの恋人としての六栗さん。

 これを私が受け入れれば、この先も一緒に居ることが出来ます。


 だからこそ、私はお二人の恋を応援します。

 どんなに胸が痛もうとも。


 そうすればきっと、私の初恋なんて、いつか淡い思い出となってくれるでしょう。




 そもそも、これまで数多くの男性からの告白を冷淡にバッサリ切り捨てて来た私が、恋をするだなんて。


 私に拒絶されて泣いた男性は沢山いました。

 沢山泣かせてきたのに、自分も恋に苦しんで泣くだなんて、滑稽じゃないですか。


 私は恋愛が嫌いなんです。

 恋に悩んで泣いてしまうだなんて、私らしくなかったですよね。


 我儘で図々しい桐山ツバキを好きだと言ってくれたんですから。



 それに、相手はあの石荒さんなんですよ?

 過去に六栗さんの告白を断り、私の告白も全く認識できていなかった超絶鈍感な坊主頭。


 だいたいなんなんですか。

 この私が抱き着いて耳もとでハッキリと伝えたんですよ?

 なのにケロっとしてるんですよ?

 暖簾のれんに腕押しなんですよ?


 そんな人とどうやったら結ばれることが出来るんですか?

 言葉で通じないのなら、押し倒して無理矢理キスしてセックスでもしないと伝わらないのではないでしょうか?


 これまで、石荒さんと結ばれて家族になる妄想を散々繰り返してきましたが、今では石荒さんと結ばれる将来なんて全くイメージ出来なくなりましたからね。




 石荒さんの部屋で一人で考え事をしていると、沸々と腹が立ってきました。


 ベッドに上がって枕に向かって座ると、怒りに任せて右手の拳を枕に叩きつける。


 ボスッ!


 次に左手の拳も叩きつける。


 ボスッ!



「鈍感!」ボスッ!


「朴念仁!」ボスッ!


「坊主頭!」ボスッ!


 石荒さんの悪口を掛け声にすると、どんどん調子が上がってきました。


「むっつりスケベ!」ボスッ!


「恰好付けマン!」ボスッ!


「スマホ音痴!」ボスッ!


「女たらし!」ボスッ!


「学年三位!」ボスッ!





「でも、大好き・・・」ギュッ


 叩き続けた枕を抱きしめると、石荒さんの匂いがします。


「はぁ・・・大好き」


 抱きしめたまま寝転がると、マクラの匂いに興奮してしまい、右に左にゴロゴロ転がる。


「大好き大好き大好き大好き大好き大好き、ううう、大好き!」ゴロゴロ、ゴロゴロ


 すると、突然ドアをコンコンとノックする音が!?


 枕の匂いを嗅ぐのに夢中で、階段を上がってくる足音に気が付きませんでした!

 私、今、結構大きな声で「大好き」と連呼していましたが・・・


 抱きしめていた枕を部屋の隅に投げ捨て、慌てて乱れた髪を手櫛で整えて、聞こえてないことを祈りながら「どうぞ」と返事をすると、ドアが開いてお母様が顔を覗かせました。


「スーパーにお買い物に行くんだけど、ツバキちゃんヒマだったら手伝ってくれないかな?」


「は、はい!お供します!」



 ふぅ~

 どうやら聞こえて無かったようですね。

 危なかったです。


 買い物に出かける為に着替えようと立ち上がると、お母様から更に一言。



「あと、あまり大きな声で騒がない方がいいわよ。廊下まで丸聞こえだからね」ふふふ


「!?」


 な、なんてことでしょうか・・・一生の不覚・・・



「ど、どうか、後生ですから、このことは石荒さんにはご内密に・・・」


「分かってるわよ、うふふ。 でもあの子、鈍感だから口で言っても通じないでしょうね。ツバキちゃんもヒナちゃんも大変よね」


「え、えぇ、そうですね」


 その鈍感な坊主頭、アナタの息子さんですよ?



 ◇



 スーパーからの帰りに洋菓子のお店に寄って、ケーキを4つ購入しました。


 お父様とお母様はモンブランで、石荒さんと私はガトーショコラ。

 石荒さんはチョコが好きなので、お揃いにしました。



 石荒さんが帰宅したら、紅茶でも入れて二人で食べましょうか。


 石荒さんが帰るのが、待ち遠しいです。





 第16章、完。

 次回、第17章 夏浪、スタート。




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