#94 お前はオカンかよ




 7月17日の日曜日。

 朝から快晴で、絶好の海水浴日和だ。


 今日は六栗の誕生日であり、デートで県内の海水浴場に行く。


 今日まで、この日の為に前々から準備をしてきた。予習という名目で水着画像を検索して妄想を膨らませたり、六栗へのプレゼントを選んだり水着を購入して、昨日はバリカンで坊主の手入れをして、鼻毛も忘れずにカットして、着てく服も桐山が事前にチョイスしてくれた。


 そして、今日も朝から桐山はウチに来ている。

 俺がデートに行くのに不手際が無いか確認するつもりらしく、俺を送り出したあともそのまま俺の部屋で俺が帰るのを待つそうだ。

 完全にお姉ちゃん目線なんだよな。

 しかもブラコン気味のお姉ちゃんだ。

 正直言ってちょっとウザイが、それ言うとすげぇ怒るし、六栗とのデートのことは真面目に心配して世話焼いてくれてるのが分かるから、文句も言い辛い。


「海水浴なんですから水着とタオルを忘れたら絶対にダメですよ?ハンカチとティッシュも入れましたか?歯はちゃんと磨きましたよね?お財布にお金はちゃんと入れましたか?お迎えに行ったら忘れずに「お誕生日おめでとう!」と伝えてプレゼントは早めに渡して下さいね。プレゼント選びのことを聞かれても私の名前は出したらダメですよ。石荒さんが自分で選んだと言うんですよ。移動中は六栗さんの荷物は石荒さんが持ってあげるんですよ。スマートフォンは電車の中ではマナーモードにしてくださいね。途中でドリンク購入してこまめに水分補給もして下さいね。あとは・・・あ、お腹のお薬も持っていって下さい。石荒さんすぐお腹の調子崩すんですから、デート中にお手洗いに篭って六栗さんを放置するようなことになったら大ごとですからね。それから、くれぐれも六栗さんの前では鼻の下伸ばしてニヤニヤしないように気を付けて下さいよ。いいですか?本当に気を付けて下さいよ?私は慣れてるから今は平気ですけど、最初見た時は私だって―――」

「もういいから!お前はオカンかよ!?」


 今日の桐山はブラコン気味のお姉ちゃんどころかオカン並みにお節介で煩いぞ。ウチの母でもここまで口煩くは言わないのに、自重してた文句が思わず口から出てしまった。


 多分、俺以上に緊張して落ち着かないんだろうな。


「準備は完璧だから少しは落ち着け。 あ、落ち着け餅つけペッタンコ!」


「今どうして言い直しました?まさかその冗談が面白いと思ってるんですか?これだけ私が心配してる時にそんなふざけたことを言うだなんてとても不愉快です。人を不愉快にさせる冗談ってどうなんでしょうか?それは最早冗談とは言わずに嫌がらせと言うべきなんでしょうか」


「だから落ち着けって。言い直してまでギャグ言ったのは謝るから。っていうか、他人のギャグに厳しすぎるぞ」


 そう言って宥めながら、桐山の両肩をポンポンと叩いてベッドに座らせた。


「なんでデートに行く俺が留守番する桐山を宥めてんだよ。普通なら俺の方が緊張して励まして貰うほうじゃね?」


「うう、胃がキリキリと痛くなってきました。私の緊張をほぐす為にハグして下さい」


「えー今日もなの!?」


「一昨日『ベタくらいなら』って石荒さん仰ってたじゃないですか。それで考えたんですけど、私からではなくて石荒さんからの接触なら、ベタベタではなくベタになると思うんです」


「どういう理論なのか全く分からんけど、俺が言い出したのは本当だしな・・・」


 桐山の隣に座り、両手を回す様にして桐山の腕ごと体をギュっと抱きしめた。


 で、そのまま立ち上がって持ち上げて、ぐいぐい力を込めてベアハッグしてやった。


「痛い!痛いですよ!暴力反対です!降ろして下さい!」


「飢えた獣にハグを要求するってのはこういうことなんだよ!これで桐山も一つ勉強になったな」ふふふ


 俺も六栗とのデートを前にして、浮かれている様だ。


 じゃれるのはこれ位にして、出かける為に着替えた。



 今日は全身桐山のコーディネートだ。

 白で無地のTシャツに麻の半袖シャツを羽織り、下はギンガムチェックのスリムなハーフパンツ。

 ただし、坊主頭でこのコーディネートだと生意気そうなガキに見えるので、ツバの小さいタイプの麦わら帽子も被る。

 桐山曰く「麦わら帽子で夏らしい爽やかさを演出」だそうだ。

 因みにハーフパンツは俺が中学の時に母が作った物だが、一度も着ないままクローゼットの肥やしになってたのを昨日桐山が発掘した。



 六栗との待ち合わせは9時で、自転車で家まで迎えに行って一緒に駅へ向かうことになってたので、お誕生日のお祝いも考慮して8時半には家を出ることにした。


 家を出る時、桐山が玄関まで見送りに来てくれたが、「いいですか、今日は六栗さんファーストですよ?イヤらしい顔して不愉快な思いをさせるなんて絶対にダメですからね。とにかく今日だけはニヤニヤ顔は自重して下さいね」と最後の最後までやかましかった。


 確かに桐山のビキニ姿にテンションMAXではしゃいだけど、俺をなんだと思ってんだよ。まるで節操のないスケベ親父じゃないか。まったくもう。



 で、ぶつくさ言いながらも自転車に乗って、六栗の家に向かった。


 家の前で自転車降りて、玄関のインターホンをピンコーンと鳴らすとすぐにおばさんが応対してくれた。


『は~い』


「あ、石荒です。ヒナさん迎えにきました」


『玄関開けるからちょーっと待って頂戴ね』


「あい、すんません」


 おばさんが玄関開けてくれたので、おばさんに挨拶してから玄関に入ると、六栗はまだ準備中でバタバタしてるそうだ。


 背負ってたリュックを降ろして六栗への誕生日プレゼントを取り出して、それを背後に隠す様に持って10分ほど直立不動で待っていると、バタバタ足音をさせながら六栗が出て来た。


「ケンくんごめん!こんなに早く来るって思わんくて!」


 今朝の六栗は、胸元がザックリと大胆に開いた薄い黄色のシャツにジーンズのショートパンツで、ピチピチの太ももが相変わらず眩しくて、肌の露出がいつも以上に激しく如何にも夏!って感じのコーディネートだ。

 そして、髪は前髪を黄色の花をあしらったヘアピンで留めただけで珍しく纏めずに降ろしてて、メイクは学校の時よりも更にバッチリしてるらしく、ピンクのグロスがしっかりと塗られた唇は瑞々しくプルプルしてるし、まつ毛はピンピンでパチクリとした瞳を際立たせてて、普段とはまた違う可憐さには毎日見ている俺でもドキドキしてしまう。


 やっぱり六栗は可愛い。

 桐山の美貌には敵わないかもしれないが、好みという点で言えば、俺は六栗なんだよな。


 しかし、いつもならココで六栗のメイクや髪型に服装を褒め讃えるところなのだが、今日はそれよりも重要な任務がある。



 ハッピーバースデートゥームツグリだ。



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