#93 いつも少年は辿り着けない



 昨日は様子がおかしかった桐山だけど、翌日からは元の桐山に戻っていた。

 俺に対して思う所があったようだけど、それが何なのかは分からないままだ。


 あいつも思春期真っ盛りだからな。

 日曜日だって、ご機嫌だったり情緒不安定になったり、でもまたご機嫌に戻ったりとせわしなかったし。

 この歳になって少し遅めの反抗期になってるらしいし、何か俺に不満でもあるんだろう。


 まぁ、桐山が何考えてるのか分からんのはいつものことだ。

 あいつのことだから、聞いて欲しけりゃ自分から言ってくるだろう。



 桐山が落ち着いてくれたのなら、俺が考えるべきことは六栗だ。

 何せ、今度の日曜日には待ちに待ったデートだからな。


 俺が考えるデートの定義とは、『二人で過ごす時間を楽しむお出かけ』だ。


 俺は六栗のことが好きだと自覚している。

 しかし、六栗の恋人になる資格が無いことも弁えている。

 好きな人とお喋りしたり遊んだりしたいと思うのは当然のことだけど、俺に許されるのはあくまで友人としてや幼馴染としてだ。


 だから高校に入ってからは、出しゃばってはいけないと自重してきた。

 六栗にだって俺以外との交友関係はあるし、好きな男子だって居るかもしれない。年上が好みらしいし、既に憧れてる先輩の一人や二人は居てもおかしくない。


 けど、六栗から誘ってくれたデートとなれば、そんなしがらみは全部無視だ。

 憧れの先輩が居ようと、六栗は俺と二人で楽しい時間を過ごしたいと思ってくれたから誘ってくれたんだ。


 ならば、全力で楽しむべきだろう。

 誰にも遠慮する必要などない。


 しかも海水浴だしな。

 六栗の水着もビキニだしな。

 赤いビキニ、超楽しみだ。






 そんな指折り数えて日曜日が待ち遠しい日々だが、やらねばならぬこともある。

 美術部の課題だ。


 先週の日曜日に緑地公園と中央公園で良さげな景色を何カ所か撮影したけど、もう一カ所、豊羽川の河川敷にも行く予定だったのが時間の都合で行けて無かった。


 なので、部活の無い金曜日の放課後、桐山が行ってみたいと言うので行くことになり、歩いて行くには距離があるため、一旦俺んちに帰って自転車で出掛けることになった。


 市内の中央を横断するように流れる豊羽川は、川幅がかなりあって水量も多く流れは緩やかで、地元では象徴的な存在だ。


 広い河川敷には、グランドや遊歩道があって、休日になれば結構な人で賑わってもいる。

 俺たちが行ったこの日も、平日だったけどジョギングや犬の散歩をする人たちがチラホラと居て、土手からは穏やかな景色が臨めた。



「結構いい感じだな」


「そうですね。でも日陰がありませんね」


「そうだなぁ、真夏にここで写生するのはキツイかもなぁ」


「少し歩きませんか」


「おっけ」



 土手のスロープを自転車で下って、駐車場スペースの隅に自転車を停めて鍵もかけてから、二人並んで遊歩道を歩いた。


 途中何度か立ち止まってはスマホで景色を撮影しつつ30分程歩くと、少し疲れたのでベンチに座って休憩することにした。



「少し歩いただけで暑いな。やっぱココはキツイかも」


「凄い汗かいてますね。うふふ」


「逆に桐山は全然汗かいて無いな。汗腺無いんじゃないの?どうやって体温調整してるの?」


「汗はちゃんとかいてますよ。脇とか胸の下とか、あと下着も汗で蒸れてますし」


 脇、胸の下、下着の中・・・


「なんかエロイな・・・」


「男性でも異性の汗に興味あるんですか?」


「うーん・・・ちょっとはあるかな?」


「そうですよね。私だってそうだったんです。だから思わず石荒さんの匂いを嗅いでしまって、そしたら止められなくなってしまったんです」


「あ!日曜の話か!」


「はい。あの時、石荒さんが嫌がってたのにしつこく嗅いでしまって、すみませんでした」



 ココで日曜のことを話題に出してくるとは思って無かったから驚いたけど、これはいい機会かもしれない。

 いつかはちゃんと向き合って、桐山の容姿が俺や周りに与える影響を理解してもらう必要があると考えてたので、この機会に話すことにした。



「いや、別に怒っては無いから。たださ、何て言うか、俺も男だからさ、桐山みたいな綺麗な子にくっ付かれるとドキドキしてダメだなんだよ」


「ダメなんですか?」


「うん。色々な衝動が湧き上がってくるんだよ。桐山は俺のこと『性犯罪者!』とか『ゴミクズ』とかよく言うけど、本当にそうなっちゃいそうになるんだよ」


「あれは冗談なんです!本気でそんなことは思ってません!」


「冗談だって分かってるって。でも、それが冗談じゃなくなっちゃうからダメだって話なの」


「そうなんですか・・・」


「あの時はごめんな。別に怒ってたわけじゃ無くて俺に余裕が無かったんだよ。それくらい桐山のその顔で見つめられると男は正気が保てなくなるんだよ」


「でしたら、私はどうすれば良いんですか?この先ずっと顔を隠して生きろと仰るんですか?」


「違うって。誰もそんなこと言ってないって。距離感に注意してほしいって言いたいの」


「距離感ですか・・・私の距離感が石荒さんにとっては迷惑だったと」


「迷惑って言葉が適切だとは思えないけど、そういうことになるのかな」


「でしたら、もう手を繋いだり腕を組んだり抱き着いたりしては迷惑になってしまうと・・・」


 桐山は、落ち込んだ表情でしょんぼりしている。

 また泣き出すんじゃないかとビビった俺は、必死に妥協案を訴えた。


「距離の話だから!ね!キッチリ『これ以上はダメ!』っていうボーダーラインを引きたいんじゃなくて『この辺で止めてね』っていう曖昧な感じでいいの!ベタベタは困るけど、”ベタ”くらいにしてくれれば我慢出来そうなの!わかる?」


「でしたら、これからも手を繋いだりするのは宜しいんですか?」


「まぁ手くらいなら」


「では早速お願いします」


 そう言って、桐山は立ち上がって左手を差し出して来た。


 流石にこの流れで拒否するのは非人道的過ぎるので手を繋いであげると、桐山はすっかり元気を取り戻して満面の笑みを浮かべた。


 自分も思春期だから人の事言えないけど、思春期ってドコに地雷が潜んでるか分かんないから神経使う。

 デートした次の日もなんかおかしな様子だったしな。



 あー!

 今、わかった!

 そういうことか!


 さっき、俺の汗の匂い嗅いでたらクセになって止められなくなったって白状してたけど、日曜日デートの後にマンションまで送った時に抱き着かれて『ダイスキ』って耳元で囁いたのが、俺の汗の匂いが大好きってことだったんだな。

 それで次の日も、そのことを言いたかったんだな。


 てっきり友情の証かと思ってたけど、自分の性癖を思わず暴露しちゃって恥ずかしかったんだ。

 なのに俺が桐山の性癖のこと聞かれてるなんて分かんなくて逆に聞き返したりしちゃったから、もう良いですって話で落ち着いたってことか。


 漸くここで繋がったわ。

 全ての謎が解けたな。


 桐山と手を繋いで遊歩道を歩いていた俺は、謎が解けた達成感と喜びを噛みしめていた。



「桐山、自分の特殊な性癖を知られるのは恥ずかしいかもしれないけど、こういうのは人それぞれだからな。別に恥ずかしがることは無いと思うぞ」


「はぁ、性癖ですか?」


「うん。俺だって人には言えない性癖の1つや2つくらいあるしな」ふふふ


「え?ニヤつきながらそういうことを言われると、流石の私でもドン引きするんですが」


「そういう態度も冗談なんだよな。性犯罪者とは本気で思って無いって言ってたもんな」


「ええ。でも流石におっぱいが大好きでニヤニヤした顔で六栗さんや私の胸ばかりジロジロ見たり、私が着てたお洋服を洗濯前にこっそり匂い嗅いだりするのには冗談ではなく本気でドン引きしてますよ」


「はぁ?!なんで知ってるの!?ってそんなことしてないし!!!」


「もう私は慣れてるので別に良いですけどね。ただ、六栗さんには軽蔑されない様に気を付けて下さいね」



 うう、六栗に軽蔑されたくない。

 でも、ビキニ姿の六栗を前にしてジロジロ見ないで平静を装える自信はない。


 楽しみにしてたデート、もしかしてすげぇ厳しい試練が待ち受けてるのか?

 そんなの俺の定義するデートじゃないじゃん!もうそれ修行じゃん!





 果たして俺を待ち受けるのは、パラダイスの様な楽しいデートなのか、はたまた軍隊並みの苦行なのか。



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