#92 優等生は真相に辿り着いたが
色々とあった日曜日。
最後の最後で抑えられませんでした。
生まれて初めて異性に、告白してしまった。
そんなつもりは無かったんです。
親しき仲にも礼儀は必要だと思い、また明日から今まで通りの友達としてのお付き合いを続ける為に、今日の振る舞いをキチンと謝罪して締めくくるつもりだったんです。
なのに、石荒さんは私の心を刺激するんです。
ほんの些細な言葉1つで、抑えていた恋心を暴走させられてしまうんです。
今まで一度だって石荒さんに向かって『好き』だなんて言ったことなかったのに、思い切り抱き着いて『ダイスキ』と伝えてしまったのだから、きっと石荒さんだって困惑してるでしょう。
六栗さんのことが好きなのに、友達だと思ってた私に好意を寄せられたら困るに決まってます。
自分でも愚かなことをしてしまったと後悔しかありません。
ただでさえ、我儘な振る舞いで困らせた挙句、散々泣いて迷惑掛けてしまった後なのに、最後の最後で大失態です。
泣いた後、あれだけ反省して普段通りに振舞おうと律してたのに。
折角、石荒さんのお部屋でいつも通りに楽しく過ごせるまで立ち直れたのに。
なのに、どうして最後に全てを台無しにするようなことをしてしまうんでしょうか。
自分自身が情けなくて嫌になります。
何が『周りの人間は誰も私のことを何もわかってくれない』ですか。
一番分ってないのは私自身じゃないですか。
まともに感情のコントロールも出来ずに、ただ自分勝手な想いを押し付けて困らせてるだけの、迷惑な存在。
胸がムカムカするような焦燥感が次から次へと沸き上がり、勉強しようと机に向かってても全く集中出来ません。
勉強は諦めてベッドで横になって、スマートフォンで今日撮影した写真を1枚1枚じっくり眺めた。
朝、出掛ける前にお母様が撮影してくれた写真から始まって、緑地公園や中央公園の景色が続いて、後半は石荒さんの水着姿ばかり。
最初はカメラに視線を向けてくれなくて横顔ばかりが続いて、途中からはいつものニヤニヤとした笑顔を向けてくれるようになりました。
私も水着だったのでとても恥ずかしかったですが、こんなに沢山の石荒さんの写真を撮影することが出来たのだから、頑張った甲斐がありました。
スマートフォンに石荒さんの写真を収めたのはこれが初めてのこと。
本当だったら、今夜はこの画像を眺めながら穏やかな気持ちで過ごすはずだったのに、明日からのことを考えると気が滅入ってしまいます。
明日から、どうすれば良いんでしょうか。
明日の朝、教室でどんな顔をして挨拶すれば良いんでしょうか。
本当に愚かなことをしてしまいました。
◇
翌朝、教室に入ると、まだ石荒さんは登校していませんでした。
席に座ると落ち着かなくて、気を紛らわせようと文庫本を取り出して読書を始める。
でも、全く文字が頭の中に入ってきません。
石荒さんのことだから、「迷惑だ」とか「見損なった」などとは仰らないと思いますが、気不味くはなるでしょう。
謝罪して「昨日のことは無かったことにして欲しい」と伝えるしか無いでしょうね。
今更取り消すなんて、みっともないと思いますけど、それしか私には思いつきません。
「おはよ、桐山」
来ました!
ううう、恥ずかしくて顔が見れません。
緊張と委縮と動揺が胸の中でゴチャゴチャとして、きっと今の私は酷い顔をしてます。
こんな顔、見せられません。
でも無視するわけにはいきませんので、文庫本で顔を隠しながらなんとか「おはようございます」と返事をします。
「どしたの?体調でも悪いの?」
「い、いえ、だだだいじょうぶでしゅ、です」
真面に会話すら出来ない。
また、自分が自分で無いようです。
でも、あれ?
石荒さんの態度が、普通?
昨夜、告白したばかりだと言うのに、平気な顔をしています。
どうしてこんな風に振舞えるのでしょうか。
私の告白は、気にも留める程のことじゃないと言うことでしょうか。
流石にそれは無いと思いたいです。
そして、お昼の休憩。
いつもの様に美術準備室で二人きりになっても、至って普通です。
動揺しているのは私ばかりで、石荒さんはそんな私を心配する余裕すら見せます。
やっぱり、石荒さんには私の告白は響いてないようです。
そう考えてしまうと、愚かなことをしてしまったと後悔してたはずなのに、『私の告白なんてどうでも良いんだ』と悲しくなってきました。
その事が少なからずショックで、午後の授業は全く集中出来ず、放課後も一人になりたくて、いつも家まで送って貰ってるのも断って、一人で教室を出ました。
でも、石荒さんはやっぱり石荒さんでした。
そんな私を心配して追いかけてきて、強引に「家まで送る」と言って付いてきました。
石荒さんのその優しさが堪らなく嬉しいはずなのに、私の告白は気にも留めてないという現実が私の気持ちが浮かれない様に押さえつけます。
どうしてこんな風に気遣いが出来て優しいのに、告白にはこんなにも残酷な態度が取れるのでしょうか。
そもそも、石荒さんは六栗さんのことが好きなはずなのに、どうして私の傍にばかり居てくれるんでしょうか。どうして私のことをコンビだと認めてくれるんでしょうか。
勿論、私の方から付きまとう様にしてるので仕方なくなんでしょうけど、でも、拒絶することだって出来るはずなんです。
だいたい、私や六栗さんがこれだけ好意を寄せてるのに、どうしてこんなに平然としていられるんでしょうか。
石荒さん、実は女性に興味ないんでしょうか。
いえ、それは流石に無いですよね。
昨日だってあれだけ私の水着姿に喜んでらっしゃったので、女性や性的なことに興味があるのは間違いありません。
では、どうして私ばかりが頭を悩ませて、石荒さんはケロっとしてるんでしょうか。
私が愚かな告白をしてしまったのだから自業自得なんですけど、それにしても少しくらい悩んでくれたって良いじゃないですか。
自分でもこんなのは自分勝手だと思いますけど、石荒さんに対して腹立たしくなってきました。
こんな気持ちのままでは、また一晩中気持ちが落ち着かなくなって精神衛生上良く無いので、別れ際に確かめることにしました。
すると石荒さんは、告白された認識が全くない様子。
抱き着いて告白したのに、そのことがまるで記憶に無い様な反応。
どうして覚えてないのかは全く分かりませんが、1つだけ心当たりがありました。
この坊主頭は、中学2年のバレンタインに六栗さんからの告白を断ったという大馬鹿者でした。
どういったやり取りが交わされて告白を断ったのか詳細までは知りませんが、私のときと同じだったのではないでしょうか。
そのことに考えが至った途端、全身の力が抜けました。
私が大好きなこの人は、女性からの好意にどこまでも鈍感な人だったんです。
六栗さんは、告白を断られて腹が立ったと仰ってましたけど、今の私も同じ気持ちです。
やっぱり、私は恋愛を好きになれそうにありません。
自分の言葉や行動がコントロール出来なくなって、すぐ感情的になってしまいますし、石荒さんの態度や言葉で一喜一憂した挙句、私からの好意にここまで鈍感だなんて、身が持ちません。
初恋は報われないと言いますが、本当なんですね。
だけど、好きになってしまったのだから、仕方がないのでしょう。
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