第16章 日盛り

#91 乙女心は伝わらない




 朝、目が醒めると、室内に干されたオレンジ色のビキニが視界に入った。



 ああ、そうだった。

 昨日は桐山と水着の見せ合いっこして盛り上がったんだっけ。


 桐山のビキニ姿、凄かったな。

 アイドルとかグラビアモデルとかでも裸足で逃げ出すレベルだったと思う。マジで。


 って、ココに干したままにして母に見られたら何か言われそうだから、仕舞っとかないとな。


 干されているビキニの縁を摘まむと乾いてたので、ハンガーから外して昨日買い物した時の袋に入れて、クローゼットの中に押し込んでおいた。




 制服に着替えてから1階に降りて朝食を済ませて、歯磨きを終えたタイミングでインターホンが鳴った。


 いつもの時間に六栗か迎えに来てくれたので、急いで通学用のリュックを背負って玄関から出ると、今日も可憐な六栗が「ケンくん!おはよ!」と元気に挨拶してくれた。


「おはよ、六栗」と挨拶を返しつつ学校へ向かって歩き出す。


 この日の話題は、今度の日曜日に出掛ける海でのデートのことだ。



 俺が昨日水着を購入したことを話すと、「ショッピングモールで買ったの?ツバキと一緒に?それでツバキも水着買ったんだ?」と何故か桐山と一緒に買いに行ってたことを知っていた。

 回転寿司の時といい、六栗はエスパーなんだろうか。それとも有能な諜報員でも雇っているのだろうか。


 桐山と一緒に行った本当の目的は、六栗への誕生日プレゼントを選ぶのを手伝って貰う為で、でも六栗にはサプライズで誕生日プレゼントを用意してることは内緒なので、『水着を一緒に買いに行っただけだよ』で通した。

『桐山とデートしてきた』とか言ったら、また変な誤解を与えてモメそうだしな。



 水着以外にも今度のデートのことで、待ち合わせの時間やお昼ご飯や夕方の予定なんかも話した。


 六栗はかなり楽しみにしてるようで、テンション高めだった。

 俺も楽しみだ。


 昨日、つくづく思い知ったけど、可愛い子の水着姿はマジでテンション上がる。

 エロイとかそういう次元じゃなかったな。

 何て言うか、『俺に見せる為に、恥ずかしいの我慢して着てくれた!』っていうのが充足感とか達成感とか、承認欲求が凄く満たされるのを感じた。


 特に、桐山みたいな超絶美少女の高嶺の花で普段は異性と距離取ってる女子が恥ずかしそうに見せてくれた水着姿は、マジで感動ものだった。


 だからこそ、六栗の水着姿も期待してしまう。

 豊坂高校1年で人気ナンバーワン女子と言っても過言ではない美少女で、且つ俺の幼馴染で好きな女の子の水着姿。


 もしかしたら俺、六栗の水着姿見たら泣いちゃうかも。

 感動して泣いちゃうかも。

 桐山のですら感動したんだから、六栗の水着姿なんて想像しただけで震えてくる。

 決してエロイ目では無い。



「ケンくん、聞いてる?」


「あ、ごめん。考え事してたら聞き逃したみたい。なんだった?」


「だから、その・・・ケンくんのあそこって大きい方なの?」


「え?あそこってドコ?」


「ううぅ、もういい!今の忘れて!」


「むむ?よく分からんけど、分かった」


 さっきまでご機嫌だったのに、急に怒り出した。

 まぁ、六栗ならいつものことだよな。

 本気で怒ってるわけじゃなさそうだし、軽く流しておいたほうがいいだろう。



 学校に到着して教室に入ると既に桐山が来ていたので、「おはよ、桐山」と一声挨拶しながら自分の席に座って、通学用のリュックから筆記用具や教科書にノートなどを取り出した。


「・・・おはようございます」


 ん?

 昨日水着見せ合いっこしてたときはあんなに楽しそうだったのに今日は元気ないなと思い、隣の席に座る桐山に視線を向けると、両手に持った文庫本で顔を隠す様にして、何故か恥ずかしそうにモジモジしながら目だけでチラチラと俺の様子を伺っているようだった。


 なんか前にもこんな感じの桐山見た事あるな。


 ああ、そうだ。

 雨の日に傘貸した次の日がこんな感じで、中々傘返してくれなくてモヤモヤした時だ。



「どしたの?体調でも悪いの?」


「い、いえ、だだだいじょうぶでしゅ、です」


 珍しく噛み噛みだ。

 普段は敬語でしっかりとした滑舌なのに、やっぱなんか変だ。


「調子が悪かったら直ぐに言えよ。六栗、保健委員だし保健室に連れてって貰うように言うから」


「はい・・・ご心配かけてしゅみましぇん」




 この日一日ずっとこんな調子で須美や野場も心配するくらいで、美術準備室で一緒に弁当食べててもまともに会話が出来なくて、何かあったのか聞いても全然教えてくれないし、放課後も珍しく美術準備室には寄らずに真っ直ぐ帰ると言うので家まで送ろうとすると、「今日は一人で大丈夫です」と言ってさっさと教室から出て行ってしまった。



 昨日、緑地公園で泣き出しちゃったけど、そのことが影響してるんだろうか。

 あの時は、なんとか宥めて持ち直してくれたと思ったけど、やっぱり引き摺ってるのかな。


 桐山って強そうに見えてても半分は強がりで、メンタルは見た目ほど強くは無いんだよな。

 中学から続いてるっていう連続告白男のことだって、あの時はかなり元気なくしてたし。


 以前なら、桐山が一人で帰ると言えば「久しぶりに解放されて真っ直ぐ家に帰れる!」と喜んだけど、昨日色々とあったせいなのか、桐山のことが気になってしまう。


 本当に一人で大丈夫だろうか。

 まさか、元気ない理由って、告白男がまた何か接触してきたのか?


 うーん、心配だな。

 やっぱ送って行くか。



 荷物もって急いで教室を出て桐山を追いかけると、まだ下駄箱で自分の靴を取り出してたとこだったので、「やっぱ送るわ」と声をかけた。


 背後から声を掛けられた桐山はビクッと驚いた様子で、声を掛けたのが俺だと分ると首を高速で左右にブンブン振りながら「イイデスイイデス!ケッコウデス!」と俺の申し出を拒否した。


「なんでだよ。いつもならグチグチ文句言ってまで俺に送らせるのに、マジでなんかあったのか?告白男にまた付きまとわれてるとかか?」


「なんでもありません。一人で帰れますので大丈夫です」


「ホントに?全然大丈夫そうに見えんぞ?」


「ううう」


「兎に角、マンションまで送るから、帰ろうぜ」


 そう言って、強引に桐山を送って行くことにした。


 道中、ほとんど会話が無くて、結局どうして桐山の態度がおかしくなってるのか聞き出せなかったが、マンションの前まで来たので「じゃあ、また明日」と言って帰ろうとすると、背負ってたリュックを掴まれ、足止めされた。



「ん?どしたの?やっぱ何かあったのか?」


 振り向いて桐山に視線を向けると、上目遣いで恨みがましそうに睨んでいた。


「・・・どうしてそんな風に普通に振舞えるんですか?」


「え?おれ?」


「ええ」


「ごめん。なんで普通だと問題なのかさっぱり分からん。俺にも分かる様に説明してくれ」


「ううう、やっぱり全然伝わってなかったんですね・・・」


「伝わってない?なんのこと?なにかメッセージ送ってくれたのか?桐山からは何も送られてきてないぞ?」


「・・・・はぁ、もう良いです。むしろ、これで良かったのかもしれません」


「だから、なんなの?分かる様に説明してくれって」


「いえ、もう説明は必要ありません。お騒がせしてすみませんでした。それと送って頂いてありがとうございました。また明日」ピシャリ



 桐山は早口で一方的に捲し立てると、背を向けてさっさとエントランスに入って行った。



 なんなんだ、この女。

 相変わらず何がしたいのかよく分からん。

 ホントお騒がせなヤツだな。



 今朝の六栗も自分で質問しておきながら何故か最後怒ってたし、女子の「一々説明しなくても察してよ!」っていうの、マジで厄介。

 怒るなら説明責任を果たしてからにして欲しいわ。






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