#88 思春期の情緒と矛盾
抱き着かれたまま、かれこれ10分以上は経ったと思う。
スマホで時間を確認したかったけど、先ほどツーショットの画像を見せるのに渡したままで見ることが出来ない。
話しかけるのを止めてずっと背中を撫でてたのが良かったのか、桐山は少しは落ち着いた様で、今は泣き声は聞こえない。
でも、泣いていたせいで桐山の体は火照っていて、抱き着かれている俺も更に汗で全身がびっしょりだった。
そろそろ体を離して欲しいけど、また泣き出されたら面倒なので、桐山の方から離れてくれるのを待っていた。
しかし、先ほどから喉が渇いてカラカラで水分補給もしたいし、撫で続けていた手もいい加減ダルくなっていたし、何よりも、その辺を歩いてる人たちがジロジロ見てくるから恥ずかしかった。
仕方ないので、再び声をかけることにした。
「少しは落ち着いたか?」
「・・・うん」
恐る恐る声を掛けると、抱き着いたまま耳元で返事をしてくれた。
「そろそろ離れない?ジロジロ見られて恥ずかしいし」
「やだ・・・」
声はか細くて、子供みたいな口調だ。
普段の桐山なら、落ち着いた口調で滑舌良く「はい」とか「嫌です」って言うもんな。まるで幼児退行したみたいだ。
だからと言って、このままじゃ埒があかない。
「頼むよ。喉乾いたしトイレも行きたい」
「・・・」
生理現象を理由に訴えても、一向に離れてくれる気配がない。
「・・・それに、こんな体勢のままじゃ、お互い顔見てお喋り出来ないでしょ?」
苦し紛れに言ってみたけど、まるで口説いてるみたいで、顔から火が噴き出しそうなくらい恥ずかしくなってきた。
しかし、桐山には有効だったようで、首に抱き着いていた両手を緩めて、体を離してくれた。
けど、その両手は俺の首を掴んだままで、至近距離から見つめ合ってる体勢になってしまった。
あぁ、やっぱり危険だ。
普段でも目が合っただけで生気を吸い取られるような錯覚を覚えるほどの美貌なのに、まだ涙に濡れた表情は、背筋がゾクゾクする程の色気をまとってる。
「・・・何か言って下さい」
「え?」
「顔見てお喋りしたいって仰ったじゃないですか」
幼児退行はおさまった様だけど、先ほど苦し紛れに言った俺の言葉を真に受けている様で、なにか期待してるような雰囲気を醸し出している。
うーん・・・
いったい何を話せば良いのやら
ふと、今、俺が口説いたら、恋愛事を嫌悪している桐山でも、俺の恋人になってくれるんじゃないか、と考えてしまった。
勿論、口説くつもりなんてサラサラない。
でも、そう思わせてしまうほどに、今の桐山からは色気と期待が滲み出ている。
やっぱり、桐山は男を狂わせる悪魔なのかもしれない。
本人はそんな気は全くなくて、男の側が勝手に思い込んで勝手に狂わされて勝手に裏切られたと暴走するのだろうけど。
でも、今の桐山は、まるで俺を狂わせようと意思を持ってるかのようにも見えて来た。
そもそも、今日の恋人設定だって、なんだったんだ。
あれほど異性との恋愛事を嫌っていたのに、どうして俺に対してはあんなこと言い出してベタベタしてたんだ。
考えれば考えるほど、桐山の思考がよく分からなくなってくる。
一番の理解者であるはずの俺ですら混乱してしまうのだから、周りの人間には桐山の本心を理解することなんて、難しいのは当然なんだろうな。
その事を話して、桐山にその自覚を持って貰うべきなんだろうけど、情緒不安定な今の桐山にその事を話すのは躊躇われる。
悩んだ挙句、ちらりと脳裏をよぎったことを口に出した。
「・・・折角可愛い水着買ったんだし、帰ったら試着して見せてくれるか?」
「・・・いいですけど」
「え?マジで?」
「私だけでは恥ずかしいので、石荒さんも試着して見せて下さい」
「まぁ、それくらいお安い御用だけど・・・」
会話してても、内容よりも、瞬きする度に動く長いまつ毛ばかりが気になる。
やっぱりダメだ。
このまま見つめ合い続けてたら、自分でも何をしでかすかわかったもんじゃない。
今日はダメでも、近いうちにキチンと話しておくべきだろうな。
「そろそろ、行こうか。ココに来てまだ何も見て無いし」
「・・・はい」
漸く桐山は首から手を離して視線も外してくれた。
一先ず、落ち着いてる様だ。
しかし俺、自分で言うのもなんだけど、結構頑張ったよな。
桐山に抱き着かれても、至近距離で見つめられても、押し倒したり口説いたりしなかったし、重圧にもゲーしないで耐えたもんな。
思うに、ここまで自制出来るほどの理性が保てる男じゃないと、桐山の男友達にはなれないんだと思う。
まぁ、桐山のビキニ姿を楽しみにしてる俺が言うのも、矛盾してるんだが。
思春期なんてそんなもんだよな。
自分でも矛盾してることばかり言ってるって思うもん。
スポーツドリンクをゴクゴクと飲んでいると、桐山に渡してたスマホを返してくれたので、それをショルダーバッグにしまい、立ち上がった。
「そこのトイレに寄ってから、少し周るか」
「はい。私もお手洗いに行きたいです」
「あいよ。行こうぜ」
トイレから戻ると、緑地公園内を散策して、ところどころで良さげな景色をスマホで撮影し、30分程周ってから次の目的地の中央公園にも行き、同じように何カ所かの景色を撮影してから帰宅した。
その間、桐山はすっかり落ち着いた様子で手を繋いだり腕を組んだりはもうしなくて、普段の態度に戻っていた。
それにしても、滅茶苦茶疲れた。
恋人設定とか今の俺にはまだハードル高すぎる。
それに、泣いてる女子を宥めるなんて初めてのことだったし、神経使い過ぎてクタクタだ。
やっぱり俺は、桐山とは恋人設定なんかよりも、普段のような気楽な距離感で、目の保養にするくらいが丁度良いんだよな。
家に帰って俺の部屋に上がると、持ってた荷物を放り投げる様に床に置いて、「疲れたぁ」とベッドに倒れ込んだ。
しかし桐山は、俺が置いた荷物をゴソゴソとして「水着に着替えますので、コチラを見ないで下さいね」と言い出した。
「え!?いきなり!?休憩くらいしたら?」
「ええ、休憩なら水着に着替えてからでも出来ますので」
その表情と口調から、先ほど緑地公園でわんわん泣いていたのがまるで無かったことのように見えてしまう。
慌てて背を向ける様にして着替え中の桐山を見ないようにしたけど、部屋に一緒に居ながら桐山が着替えるなんて初めてのことで、一気にドキドキがMAXに跳ね上がった。
お互い無言で、服を脱いでるのか布が擦れる音や袋をガサガサする音だけが聞こえる。
ゴクリ
唾液が溢れる様に止まらず、無意識に生唾を飲み込んでしまう。
今、俺のすぐ傍で、桐山が裸になっている。
いくらなんでも大胆過ぎる。
普段は肌の露出を極力控えているくらいなのに、何がどうしてそんな大胆な行動に出てしまうのだろうか。
でも、この間の六栗と喧嘩してた時も、桐山は「全て曝け出せる」とか言って俺達の前で服脱ごうとしてたよな。
なんだかんだ言っても、素の桐山は大胆と言うか、肝が据わってると言うか、突拍子もない女なんだよな。
途中でクローゼットを開ける音がして、更にゴソゴソしている様で結構時間が掛かっていたが、ようやく「お待たせしました。着替え終わりましたのでもう良いですよ」と言葉をかけてきた。
誰もが羨む美貌と超絶スタイルの現役JKのビキニ姿がついに・・・
今日は色々あって大変だったけど、最後にご褒美くらいあってもいいよな。
寧ろ、このために頑張っていたと言っても過言ではない。
じっくりと網膜に焼き付けようじゃないか。
ゴクリ
先ほどから止まらない唾液を再び飲み込み、恐る恐る桐山の方へ振り向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます