#87 少年の逃げ癖コンプレックス
どうすれば良いのか分からないままでも、時間だけは過ぎてしまう。
今、桐山はどうして欲しいんだろうか。
俺の手を離そうとしないということは、俺に傍に居て欲しいんだろう。
そして、俺が手を離そうとすると必死に抵抗するということは、俺がドコかに逃げてしまうと思ってるのだろう。
確かに俺はビビりで逃げてばかりだ。
そう思われてしまうのも仕方ない。
周りから見て、俺ってそういうイメージなんだろうな。
六栗と桐山がケンカしてたときは、一人だけ背を向けて寝落ちして逃げた。
桐山と仲良くなったことだって、六栗が怒るのが怖くて隠そうとした。
桐山に対してだって、入学当初は会話を避けて逃げ続けてた。
傘を貸したお礼に桐山の方から面と向かって話しかけてきた時も、俺は吐き気で逃げた。
そして、何よりも、中2のバレンタイン。
15年の人生で、最も酷い逃亡をしでかした。
桐山や六栗は俺を友達だと思って仲良くしてくれるけど、本当なら俺なんて仲良くして貰えるような立派な人間じゃないんだよな。
豊坂高校1年では1・2を争う人気の二人の美少女が、俺みたいなビビりでヘタレの真性チェリーと仲良くしてくれてること自体が、奇跡の様なものなんだろうな。いつだったか桐山もそんなこと言ってたし。
二人とも俺が直ぐ逃げようとするヘタレだって判ってるだろう。
そりゃ六栗だって、告白男のこととか俺に相談なんて出来る訳ないよな。
全然頼りになんねーもんな、俺。
ビビって逃げるの分かってんだよな。
だから俺は、六栗との幼馴染関係に拘って死守しようとしてんだよ。
六栗とは恋愛関係を結ぶことはもう叶わないという喪失感。
俺みたいなヘタレを幼馴染だと言ってくれたことへの感謝。
そして、六栗みたいな可愛くて良い奴との関係を維持したいという執着心。
こんな思いがあるから、俺は六栗との関係に何度も悩み、そして守ろうとしてきた。
そして、桐山に対しても。
最近よく思うけど、俺と桐山は相性良くて気が合うと思う。
価値観が似てるとか、考えてることが一緒だったり、あと笑いのツボが一緒だったり。
桐山と一緒に居ると、楽しいんだよ。
そして何よりも、全然気を遣わなくて良いから楽なんだよ。
男友達ですらそんな奴、今まで会ったこと無かった。
多分、桐山もそうだろう。
仲良くなったばかりのころ、しきりにそんな話ばかりしてたし。
しかし、そんな友達として相性バッチリの奴が、誰もが羨むような超絶美人だったのが俺にとっての災難だろう。
桐山は俺のこと異性だと意識してないのか、直ぐに頭皮触ったり腕組んでくっ付いたりしてくる。
その度に良い匂いするし、素肌同士が触れるし、柔らかい胸も当たるし、そんなのいくら友達でもドキドキして意識しちゃうじゃん。
そんな状況で、すげぇ綺麗な顔が目の前に迫って来るとテンパるじゃん。
もうそうなったら、押し倒したくなるじゃん。
それって、オスとしての本能だし、堪えるのもマジで大変なんだよ。
だから、さっきは逃げようとした。
そうするしか無かった。
けど、逃げ出したはずなのに、今は桐山をどうにか慰める必要性に迫られている。
桐山をこんな風に落ち込ませたのは俺だし自業自得なんだろうけど、どうすれば良いのかマジわからん。
どんな言葉を掛ければ良いんだ?
こういう時は、世間話からか?
世間話って具体的になに話すんだよ。
天気の話題か?
でも、事の発端は、暑くて俺の汗が凄いからくっ付くなって話だったから、天気の話題はまたぶり返すみたいで危険だよな。
だったら、昼飯に食べた豚骨ラーメンの話題はどうだろうか。
いや、味は特別語ることも無いほど普通だったし、内容が薄すぎて話を膨らませるのは難しいだろう。
うーん・・・あ!そうだ!
母が送ってくれた写真!
今朝、家出る前に玄関で写したツーショット!
話しの切っ掛けに丁度いいネタじゃん!
これなら色々語れる自信あるわ!
俺は桐山と繋いでない方の手でショルダーバッグからスマホを何とか取り出すと、片手で操作して母から送られた画像を開いた。
「桐山、コレ見たか?桐山の方にも送られてると思うけど」
俺が声を掛けると、俯いていた桐山はビクッとして顔を上げたので、スマホの画面を見せる様に差し出した。
「こうして見ると、俺と桐山の差が激し過ぎて笑えるな」
「差、ですか?」
お、桐山も興味持ってくれたのか、喰いついてくれた。
桐山は俺が差し出したスマホを受け取って、画面に表示されてる俺達のツーショットを凝視している。
「うん。桐山の澄ました顔がお上品なお嬢様って感じなのに、隣の俺、めっちゃヤル気無さげじゃん?」
「・・・」
「なんか、俺と桐山のコンビってこうして見ると、面白いよな。俺たちのツーショット撮ったの初めてだけど、コレ見て今更、面白いなって気付いたわ」
「私と石荒さんのコンビ・・・」
「あ、コンビって言われるのイヤだった?セクハラ案件?それとも身の程知らず案件?」
「いえ、そんなこと・・・ううう」
桐山は弱弱しい声でそう呟くと、スマホを大事そうに胸に抱いてシクシクと泣き始めた。
おおおおぅ!
結局泣かせちゃってるじゃん!
「あああごめん!泣かないで!俺が悪かった!コンビじゃないよな!馴れ馴れしかったよな!もう言わないから!」
俺が焦って宥めかかると、桐山は繋いでた掌に力を込め、ブンブンと首を左右に何度も振った。
「おうふ!なら傷つけちゃったのか!?なんで傷ついたのか分かんないけど、兎に角ごめん!」
また首をブンブン振ってる。
桐山は怒ってはいないようだ。
それに悲しい訳でも無さそうだ。
じゃあ、なんで泣いてるの?
嬉し涙なの?
それとも感動の涙?
マジわからん。
桐山の表情を観察しようと注意深く見つめると、鼻から少しだけ鼻水が垂れていた。
桐山が泣く姿は初めてだったけど、鼻水垂らす表情も初めて見た。
誰もが羨むような美貌でも、鼻水垂らしてると、間抜けに見えるんだな。
って、まずは泣き止ませねば。
「俺と桐山ってまだ短い付き合いだけど、いっつも一緒で気が合うし、喋ってて楽しいし良いコンビだと思ってたんだけど、桐山は楽しく無かった?」
「だのじいでず・・・」
「そっか、それ聞いて安心した。身の程知らずとか言われたら、俺が泣いちゃいそう」ふふふ
なんとか重い空気を換えようと、いつもの調子で格好付けて話し続けた。
「もう言いまぜん・・・失礼な事ばかり言ってごめんなざい」
「なんで桐山が謝ってんだよ。謝らないとダメなのは俺の方だろ。桐山は図々しくて我儘だから面白いんだよ」
「うう・・・」
「俺は桐山のそういうところが好きだからつるんでるの。泣いてる桐山なんて見たくないんだよ。だから――」
俺が格好付けて語っていると、桐山は握ってた手を離したと思った瞬間、両手で俺の首に抱き着いてきてわんわん泣き出した。
エェ・・・
泣き止まそうとしてんのに、もっと泣き出しちゃったよ・・・
さっきから、話せば話すほど泣いちゃうこの状況、マジでどうしたらいいの?
話すのは逆効果だと悟った俺は、抱き付いてる桐山の背中を、子供をあやすように優しく撫で続けるしか出来なかった。
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