#86 正解が分からない




 桐山をベンチに座らせて、来る途中にコンビニで購入したスポーツドリンクをショルダーバッグから取り出そうと思い、繋いでいた手を離そうとすると、桐山は縋るような表情で繋いでいる手に力を込めて離してはくれなかった。



「飲み物取り出すだけだって。もう置いて行かないから」


 言い聞かせる様に話しかけるが、首を振るだけで、繋いだ手の力は緩めてくれなかった。



 うーん、困った。

 思ってた以上に情緒不安定だ。


 また強引に手を離したりしたら、今度こそ本当に泣き出しそうだぞ。


 最近は女子との会話ややり取りに慣れたとは言え、目の前で泣かれた経験は無い。

 もしそんな状況になったら、俺にはどうしたら良いのか全く分からんから、右往左往するだけで、情けない姿を晒してしまうだろう。


 いや、俺が情けない姿を晒して恥かく程度はどうでもいい。

 今まで涙など一切見せたことのない桐山の泣く姿なんて、見たくないんだよ。


 なんだかんだ言って俺は、桐山の優等生っぽく凛と澄ましてお嬢様然とした佇まいに異性として憧れてたし、俺には図々しくて他人には見せない様な我儘な振る舞いをしてくれることも、それだけ気を許してくれてるんだと、異性の友達として嬉しかったんだ。


 そんな桐山の泣く姿なんて誰にも見せたくないし、俺も見たくない。


 しかし、桐山と向き合って話をしようと考えたまではいいんだけど、実際のところ、何から話せばいいのかサッパリなんだよな。


 兎に角、俺も落ち着こうと持ってた荷物を降ろして、手を繋いだまま桐山の隣に俺も座った。



 沈黙が続く。


 今まで桐山の対応で余裕なくて気付いていなかったけど、セミの鳴き声が五月蠅いほど鳴り響いていた。木陰の中とは言え暑苦しく、坊主の頭から汗がダラダラ流れて顎や首筋まで垂れてきている。

 チラリと横目で桐山の様子を窺うと、俯いてて、長い黒髪に隠れて表情は見えない。


 桐山が泣きそうになってしまっている理由については、俺なりに察しているつもりだ。

 だからこそ、俺は桐山に何て話せば良いのか分からなくなっている。


 桐山が美人過ぎて、抱き着きたい衝動を抑えるのが大変だから、ベタベタするのは止めて欲しい。

 いつか本当に押し倒して、今度こそ性犯罪者になってしまいそうだ。

 桐山を傷つけてしまったら、本物のゴミクズになってしまう。だから、くっ付かないでくれ。

 男を犯罪者にしかねないほど、罪深い容姿を持ってることを自覚してくれ。


 言いたいことはこんなところなんだけど、こんなの今の桐山に向かって言えるわけない。

 普段から桐山にも母にもデリカシーが足りないって言われてる俺ですら、泣きそうになってる女子にこんな言葉を言ったらダメだって判る。


 今は、自分の言いたいことを主張するよりも、元気づけるべきなんだと思う。

 でも、どんな言葉で慰めれば、ご機嫌な桐山に戻ってくれるの?



 どうにかしないとっていう焦りとプレッシャーが重くのしかかるのを感じるのに、どうすれば良いのか分からないジレンマで、胃がキリキリと痛くなってきた。


 久しぶりにゲーしそうだ。





 ________



 一方、桐山ツバキは。





 ベンチに座ると、石荒さんは繋いでいた手を離そうとした。


 本能的に離してはいけないと、必死に握る。



 好きな人に、見捨てられる。

 いつも傍に居てくれた人が、離れてしまう。


 それがどれほどの恐怖なのか理解したことで、手足が震え、呼吸が苦しくなってきた。




 今日の私は、調子に乗り過ぎてました。


 自分よりも石荒さんの意思を尊重し寄り添うことで、この先もずっと傍に居られる様にしようと決めたはずなのに、押し込めていたはずの好意が滲み出てしまうような振舞いばかりだったと思います。


 今更ですが、今日の自分の振る舞いを振り返れば、反省と後悔の念ばかり。


 石荒さんだって私と同じ高校1年生で、怒ることだって泣くことだってありますし、我慢出来ないほど嫌なことだってあるんです。


 なのに、石荒さんなら受け入れてくれると思い込み、調子に乗って好き放題やりたい放題してしまいました。



 一度怒らせ呆れられてしまえば、謝罪したところで人の感情は簡単には元に戻せません。私だって、一度嫌いになった人の事は、二度と好きになることはありませんから。


 そんな当たり前のことに今更気付いても、どうすれば良いのか分からず、情けなく縋ることしか出来ませんでした。


 日頃、どんなに優等生であろうと振舞ってても、これが私の本質だったんです。

 自分本位で自意識過剰で、そして臆病。

 自分は期待されることが嫌だったはずなのに、石荒さんに対しては一方的に期待して、甘えていた。


 石荒さんが私との付き合いの中で、一定の距離を保つように線引きしているのは分っていました。

 なのに今日の私は、そのラインを土足でズカズカと踏み越えていた。

 寧ろ、私にはその権利があると勘違いしてたようにも思えます。



 好きな異性との友人関係。

 それは、愛しく思う気持ちを、友情という聞こえの良い言葉でカモフラージュしただけの歪な関係。

 お互いの認識に大きな齟齬があるから、とても不安定で維持することが難しい関係。石荒さんは、それを守ろうとしてたんだと思います。


 なのに、今その関係が私のせいで崩れようとしています。


 今更、私に出来る事はあるんでしょうか。

 私は、どうするべきなんでしょうか。








 ___________



 一方、六栗ヒナは。




 近所だと色々まずそうだから、自転車に乗って家から離れたドラッグストアに向かうことにした。


 天気よくて日差しが強いのに、ニットキャップにマスクしてサングラスもしてるからマジで洒落になんない。

 ニットキャップの中はムレムレだし、マスクのせいで息苦しいし、サングラスは自分の吐息で曇っちゃうし。


 ゼェハァゼェハァと自転車を漕ぎながら、でも頭の中ではロストバージンまでの段取りを妄想してて、暑さにへこたれるようなことは無かった。



 海では積極的にスキンシップして、ケンくんには私を女として意識して貰おう。

 沢山手を繋いだり抱き着いたりして、偶然装って何度もおっぱい押し付けて、ケンくんのむっつりスケベ心に火をつけるの。


 ココまでがファーストステップ。

 料理で言うところの、食材の下ごしらえと一緒だね。


 それで、海から帰って来てからが料理本番。

 そのまま解散せずに、どちらかのお家でゆっくり休むことを提案して二人だけの時間を作る。


 どっちの部屋でも良いけど、私としてはケンくんちのが良いかな。

 ケンくんの部屋は3階だから、1階のリビングに親居ても声とか音とか聞こえにくいと思うし。

 でもそうなると、海に行く時から避妊具は忘れずに持って行くようにしないとだね。



 そして、部屋で二人きりになってからがメインディッシュ。


 ストレートに「エッチしよ!」っていうのは多分ダメ。

 ケンくんの性格からして、ビビって尻込みしちゃうと思う。

 もしくはドン引きしちゃうだろうね。


 むっつりにはそれ相応の作戦が必要だと思う。

 いやむしろ、中3の時に比べれば、今のケンくんなんてチョロいかも?


 大事なのは、雰囲気だよね!

 私もすぐムラムラしちゃうほうだけど、ケンくんも一緒にムラムラさせちゃえば、自然とお互い抱き合って裸になってイチャイチャしちゃうよね。ムフフ。

 だから私の役目は、ケンくんにドン引きされないギリギリのラインを見極めつつ、積極的に触れ合って気持ちを昂らせて、如何にケンくんをその気にさせるかだよね。


 ココが料理人の腕の見せどころ!


 未経験なのに腕の見せどころとか、自分で言っててウケる。





 マスクとサングラスの下でニヤニヤが止められないまま、ドラッグストアに到着。


 忍者のように気配を消しながら店内に侵入すると、カゴを持ってキョロキョロと店内を見渡す。


 一番の目的であるコンドームの確保は、『ついでに買ってく』というカモフラージュをする為に一番最後にして、まずは他の物を色々と物色することにした。


 日焼け止め、化粧水、薬用のリップ、ヘアオイルと次々とカゴに入れていく。

 脱毛関連のコーナーでは、本来の目的を忘れそうになるほど悩んでしまったけど、結局無難にカミソリとシェイビングクリームを購入。



 そして、遂にラスボスのコンドームのコーナーへ!


 幾つもの箱が陳列する棚には、カラフルな物もあればシックな色の物もあって、思ってた以上に種類が多い。


 うーん、何がどう違うんだろう。


 どの箱にも薄さが表示されてるから、薄さって重要なんだろうね。


 って、サイズだと・・・!?

 サイズってアレのサイズのことだよね???


 え!?どうしよ???

 ケンくんのサイズっていくつなの???

 Sなの?Mなの?Lなの?XLってどれくらいの大きさなの!?


 待って待って!

 どのサイズ買えばいいの?

 サイズ合ってないとどうなるの?

 キツイと痛いのかな?

 大きいと直ぐ取れちゃうのかな?


 ぜんぜんわからん・・・


 どうしよ・・・



 えーい!

 女は度胸じゃけん!

 全部買ったれい!



 S、M、L、そしてXLと1箱づつカゴに放り込み、そそくさとレジに向かう。


 レジでは、ママと同じくらいの年齢の店員さんに不審な目で見られつつも無事に会計を済ませ、私はひと仕事終えた満足感に浸りながら、お店を後にした。









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