#89 恋する女はドコか変




 トイレ休憩をすることになって、公衆トイレでバシャバシャと水で顔を洗うと、鏡には瞼を腫らした情けない顔の私が写っていた。


 石荒さんの前で、泣いてしまった。


 石荒さんのことが好きなんだと再認識して、結局堪えることが出来ずに、その気持ちが溢れてしまいました。


 友達としてだけで無く、人として、そして男性として、好き。

 今まで恋心として自覚していたその気持ちは、思ってたよりも強くて、自分でも持て余してしまうほど強烈な想いでした。


 石荒さんが六栗さんのことを好きだと知っていたのに。

 石荒さんの意思を尊重するのに、自分の恋心なんて邪魔だとさえ思ってたのに。

 

 なのに今日は、自制出来なくて衝動的に暴走していた。

 恋は盲目と言いますが、こういうことなのでしょう。


 石荒さんに拒絶されたことで自分が暴走していたことに気付き、そしてその原因が私の中にある石荒さんへの強い気持ちだと理解することが出来た。


 でも、だからと言って、気付いたその場で自分を律して普段通りに振舞えるほど、私は強くはない。

 むしろ、どうしたら良いのか分からなくて、感情だけで体が反応して意思とは関係のない行動ばかりとってしまいました。


 そんな私に石荒さんが言ってくれた言葉。


『俺と桐山のコンビってこうして見ると、面白いよな』

『桐山は図々しくて我儘だから面白いんだよ』

『俺は桐山のそういうところが好きだからつるんでるの。泣いてる桐山なんて見たくないんだよ』


 私にとって、それは心が震えるほど嬉しい言葉。

 石荒さんも私の傍に居たいという意思表示をしてくれたんです。

 でも、そこには恋愛感情が全く込められていなくて、私はその事実も受け止めなければいけない。


 もう一度顔を洗って、首に掛けていた石荒さんのタオルで濡れた顔をゴシゴシと拭う。

 

 日差しが強くなったからと心配して 私に貸してくれたタオル。

 六栗さんだけじゃなくて、私のことも気にかけてくれてたんですよね。

 普段からでも、会話の節々にさりげなく私を心配する言葉を掛けてくれてました。

 石荒さんはそういうことが当たりの様に出来る人なんですよね。

 

 ああ、また石荒さんのことばかり考えてる。


 ダメですね。

 自制しなくてはと気を引き締めたいのに。

 気持ちがコントロール出来なくなっています。



 だからと言って、こんな弱気ではいけませんよね。

 ウソでも良いので、普段通りに振舞わないといけません。

 折角、石荒さんが傍に居たいと仰ってくれたのだから。


 

 トイレから戻ってからのロケハンや移動中は、なんとかいつも通りに振舞えたと思います。

 散々困らせてしまった石荒さんも、ほっとした様な安心した表情で、時折笑顔も見せてくれてました。




 けど、今日はまだすることがあります。

 本音を言えば、逃げ出したいです。


 でも、愛しい人が真剣に選んでくれて、それを着た姿を見たいと言ってくれたんですから、ココで逃げるわけには行きません。


 私だって女なんです。

 ココで逃げたら女が廃ると言う物。


 今日は散々情けない姿を見せてしまいましたからね。

 デートの最後くらいは石荒さんに私の女としての度胸を見せつけてやりましょう!

 いつもなら部屋から出て行って貰ってから着替えますが、今日だけは特別です!

 ええ、女は度胸です!


 覚悟を決めた私は胸のボタンを外して袖から腕を抜くと、着ていたワンピースを静かに床に落とした。





 __________




 一方、六栗ヒナは。

 


 無事に目的のブツをゲットした私は意気揚々とお家に帰ると、家族と顔を会わせないように急いで自分の部屋に駆け込んだ。


 サングラスとマスクを外してニットキャップも外すと、頭の先から爪先まで、汗でびっしょり濡れてる。


 でも、そんなことに構わず、袋から4つの箱を取り出した。

 

 12個入りって書いてある。

 S、M、L、XLの4箱で48個分。



 あああ!!!

 一度にこんなに買ってたら、どんだけヤルつもりなん!って思われるじゃん!

 道理で店員さんがドン引きしてたんだ!


 違うの!

 私まだ未経験なの!

 ケンくんのアレのサイズが分かんなくて仕方無かったの!


 って、こんなトコで今更言い訳してても後の祭りだよね・・・

 もうあのドラッグストアには行けない・・・


 ま、まぁ、コレだけあれば、何度もチャレンジ出来るしね?

 ポジティブに考えなくっちゃだよね?

 それに、予備が多いなら事前に練習だって出来るじゃん。


 そう!練習!

 ケンくんだって初めてだろうし、使い方わかんないよね!

 だったら私が練習しといて、本番でスムーズに付けてあげれば良いんだし!


 っていうか、どうやって使うんだろ。

 ネットで調べれば、何かあるかな。


 スマホで『コンドーム 付け方』のワードで検索すると、いくつも動画がヒットした。


 

 ふむふむふむ、なるほどなるほど。


 3つほど動画を見終えると、腕組みして考え始めた。


 ココはやっぱ、実際に中身確認しておかないとだね。

 折角数に余裕あるんだし。


 別に好奇心とかじゃないよ?

 本番前に知っておく必要があるから、確認するだけなんだよ?

 コンドームくらいどーってことないし!


 ドキドキしながら一番興味がそそられていたXLのサイズの箱を開封して、1つ取り出した。


 正方形の薄い包みで、中身の形が凹凸に浮き出てる。

 よくマンガとかで見るのとおんなじだ。


 なるほどなるほど

 縁がギザギザになってて開封しやすくなってるけど、動画では中身を傷つけないように端から開封するように言ってたっけ。



 よし、まずは中身を確認。

 

 チロリン🎵


 パッケージの端を両手の指で摘まんで開封しようとしたその時、スマホからメッセージの着信音が鳴って、ビクッって心臓止まるかと思った。

 

 もうなんなの

 いま忙しいのに


 手に持ってたコンドームのパッケージを未開封のまま一旦置いて、スマホを確認すると、痛メンからの定例痛メッセだった。


 マジうざい。

 こんだけスルーしてるんだから、いい加減諦めて欲しい。

 アンタなんてコンドームよりもどうでもいいわ!って返信してやろうかしら。


 いや、それはそれで喰いつきそうだし更にうざくなるよね。

 やっぱスルーしとこ。



 スマホを置いて再びコンドームのパッケージを手に取り、開封しようと両手の指で端を摘まむ。



 チロリン🎵



 もう!

 しつこいな!

 無視無視



 チロリン🎵



 あーもう!


 手に持ってたコンドームのパッケージを未開封のまま一旦置いてスマホを確認すると、今度はサッチーだった。



『石荒くんに何か聞いてみた? 考えたんだけど、二人で水着買いに来てたってことは、やっぱ二人で海かプールに行くんじゃないのかな?』

『ヒナちゃんも海行くんでしょ?早めに勝負かけた方が良くない?』



 わかってる。

 わかってるからこそ、今こうしてコンドームの確認と練習をしようとしてるの。


 でも、流石にコンドームの話はサッチーでも言えないよね。



『大丈夫だよ。今度の海デートで勝負するから。完全勝利の報告待ってて』


『おお!ようやく勝負する覚悟決まったんだね!マジ応援してるから頑張ってね!』


『いぇす・あい・どぅー』


 コレでよし。

 今度こそコンドーム!


 スマホを置いて再びコンドームのパッケージを手に取り、開封しようと両手の指で端を摘まむ。

 今度は躊躇うことなく開封すると、黒いゴム製の薄い物が姿を現した。


 取り出そうと摘まむと、ヌメヌメしてる。

 滑りやすい様になってるのかな。


 慎重に取り出すと、コンドームだ。

 うん、コンドームだ、これは。

 なんか、コレだけでエロイ。


 

 さて、中身を確認出来たから、次は実際に練習。


 でも、何で練習しようかな。


 制汗スプレーでどうかな。

 黒いコンドームを重ねる様にしてサイズを確かめる。


 うーん、ちょっと細い様な気がする。


 じゃあ化粧水のビンならどうかな。

 重ねる様にして確かめる。


 お、これならいけそうじゃん。


 よし!練習開始!



 あれ?どっちが表でどっちが裏なの?

 ま、まぁ、失敗しても予備なら沢山あるし、まずは一度付けてみよ。 



 ふぅ~


 ヌルヌルに四苦八苦しながらなんとか最後まで伸ばして装着完了させた。

 時間にして、3分以上はかかってしまった。


 やっぱ練習は大事だね。

 多めに買った私、ぐっじょぶ!


 っていうか、XLデカッ!?

 マジでこんなにデカイの!?

 ケンくんがXLだったらマジでヤバくない!?

 私、こんなの入るの!?

 こんなの入れたら死んじゃうんじゃない???




 その後、XLの衝撃による動揺を鎮めるかのように5個程使って練習を繰り返した。


 もう大丈夫。

 10秒もあれば付けられる。

 もはや職人レベル。

 コンドーム職人六栗ヒナ、ここに誕生。

 


 これで本番の時に、慌てることなくスムーズかつスマートにケンくんのアレにコンドームを被せられるね。


 ふふふ

 



 

 

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