#82 少年は役目を理解し全うする




 桐山に引き摺られる様に次に連れていかれたお店は、女性物の水着の特設コーナーだった。


 一歩踏み入れた店内は女性客ばかりで男性客は少なくて、しかも高校生くらいの客は俺だけで、こういうお店に入るのが初めての俺は直ぐに店の外に出ようとしたが、やっぱり桐山は見逃してはくれず、俺の腕をガッチリホールドしたままズンズンと店内を進んで行った。



 桐山が最初に足を止めたのは、ラッシュガードや競泳水着などが並んでいるスポーツ用水着のコーナーだった。


 俺の腕をガッチリ掴んでいるせいで商品を手に取って見れない桐山は、「逃げないでちゃんと傍に居て下さいね。私だって水着を選ぶのは恥ずかしいんですからね。絶対に逃げないで下さいよ。逃げたら末代まで呪いますからね。良いですか、分かりましたか?」と凄んできたので、「うん、分かった」と神妙に了承した。



 桐山の背後に立って様子を見ていると、先ほどから布面積多めのラッシュガードばかり手に取って見ている。


 これでは約束と違うじゃないかと思い、「ビキニをリクエストしたはずなんだけど」と小声で意見すると、手に持ってたいくつかの商品を無言で戻してから俺の腕を掴んで、今度はカラフルなビキニが並ぶコーナーに向かってズンズンと歩き出した。



 桐山は、専用ハンガーにセットされた沢山のビキニの前に立つと、「さぁ選んで下さい。愛しい恋人の私にどんなビキニを着せたいんですか。好きなのを選んで下さい」といつもよりも2オクターブ程低い声で脅すように言って来た。


 桐山、超不機嫌だ。

 しかしコレは、本当に怒ってるわけでは無く、恥ずかしいのを不機嫌なふりして誤魔化そうとしてるのだろう。

 だって、本当に怒るくらいなら、店内に入って最初に俺が逃げようとした時に無理に捕まえとく必要は無かったはずだから。


 要は、桐山にとってビキニを買うことはやぶさかでは無いけど、自分で選ぶのは恥ずかしいのだろう。そこで不機嫌を装いながらも俺に選ばせる体で、漸くビキニコーナーに近付くことが出来たといったところだろうな。


 つまり、ここからの俺の役目は、桐山が許容出来るギリギリのラインを見極めつつ、桐山の美貌とスタイルを最大限活かせるビキニをセレクトすることだろう。


 俺の好みだけに偏ってセクシーさで選んでも桐山は納得しないだろうし、だからと言って折角のこのチャンスを当たり障りのない様な大人し目のを選んでしまうのは勿体ない。


 重要なのは、桐山が許容出来るセクシーで可愛いラインだ。



 自分の役目を理解した俺は、先ほどまで感じていた羞恥心をかなぐり捨てて、次から次へと商品を手に取っては桐山の体に当てて確認しつつ、じっくり時間をかけて3つの候補をセレクトした。

 多分、この時の俺は、店内のどの客よりも真剣かつ必死に女性水着を選んでいただろう。



 1つ目のビキニは水色一色で、胸元と腰の周りにヒラヒラが付いたセクシーさよりも可愛いらしさ重視のデザインだ。


 2つ目のビキニは黄色やオレンジの柄で、形自体はシンプルなデザインだ。


 3つ目のビキニは黒色で、レースの様なヒダヒダが何重にも付いたアダルティなデザインだ。


 この3つの水着は、長身でスタイル抜群の桐山が着た姿を想像した時、セクシー且つ可愛いイメージが思い浮かんだものばかりだった。


 俺は自分の欲望だけに走らず、桐山も気に入ってくれそうなのを大真面目に選んだ。

 そのことが桐山にも伝わったのか、俺がセレクトした3つのビキニを見ても否定的なことは言わず、「うーん」と唸る様に悩み始めた。


 あとは桐山が自分で選ぶべきだろう。

 サイズを合わせる必要もあるだろうしな。

 なので、ココからは俺が居ても邪魔になると思い、「サイズとか見た方が良いだろうし、俺は店の外で待ってるから、あとはゆっくり考えて選んでくれ」と伝えて、ひと仕事終えた満足感に浸りながら、店の外へ出た。



 店内が見える位置にあったベンチに腰掛けて、母からスマホに送られてきた出発前に写したツーショットの画像を眺めながら待っていると、20分程してショッピングモールのロゴ入りの袋を両手で胸に抱く様にして桐山が戻って来た。



「お待たせしてすみません」


「いや大丈夫。だいぶ悩んでたみたいだけど、疲れたんじゃない?」


「ええ、少し疲れました。でもちゃんと買えたので良かったです」


「そっか。少し休憩しようか。座ったら?」


「はい」


 俺が座る様にすすめると、桐山はいつもよりも近い距離で腰を降ろし、更にズズズっと俺に密着するように座る位置をズラしてきた。


 どうやらココでも恋人設定が続いている様だ。



「もっと露出の多いのを選ぶと思ったんですけど、石荒さんが選んでくれた3つはどれも可愛くて、私も凄く悩んでしまいました」


「俺の人生でベストスリーに入るくらい真剣に悩んで選んだからな」


「そうですね、本当に真剣な表情で選んでましたね。 でも、他のお客さんから物凄く注目を浴びていましたよ。坊主頭の高校生が女性物の水着を真剣に選ぶ様子は異様な光景だったんでしょうね。店員さんからも『素敵な彼氏さんですね』って言われてしまいました」うふふ


「はぁ!?マジで!?俺、周りからそんなに見られてたの!?」


「ええ、それはもう、他のお客さんたちドン引きしてましたね」


「おうふぅ・・・なんてこった・・・」


「でも、それに気付かない程真剣に選んでくれたってことですよね。そういうところは石荒さんらしくて良いと思いますよ」


「いや、今更慰められても俺の精神的ダメージは・・・」



 少し休憩しても俺のダメージが回復しなかったが、今日は他にも周る予定があって忙しいので、次に男物の水着コーナーに移動して俺の水着を選ぶことになった。



 しかし、桐山リクエストのブーメラン型が並ぶコーナーに来て桐山に選ばせようとすると、マネキンのモッコリ具合に衝撃を受けた様子で、「やっぱりブーメラン型のリクエストは無しで。普通のを選びましょう」と言って、ハーフパンツタイプの水着を選んでくれた。


 俺は特に好みも希望も無かったので、桐山が選んでくれたのをそのまま購入することにして、ついでにビーチサンダルも買おうと同じ店内のサンダルのコーナーに移動した。


 けど、ビーチサンダルを試しに履くと鼻緒の部分が指の間に当たって痛かったので、履き心地が楽ちんなクロックサンダルを買うことにしたら、桐山もクロックサンダルが欲しくなった様で、俺と同じデザインの色違いの物を購入した。


 これで今日予定していた買い物は全て終了した。

 短い時間とは言え色々あったせいか、女の子と一緒の買い物は疲れた。






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