#81 戸惑いの恋人設定




 前を走る桐山と一定の距離を意識しながら、ペダルを漕いだ。

 まだ朝だから日は高くは無くて、風が気持ちいい。


 昨日、自転車に乗れるようになったばかりの桐山は長い黒髪を風でなびかせ、姿勢良く背筋をピンと伸ばして、フラつくことも無く危なげない運転でスイスイとペダルを漕いでいる。


 そんな桐山の後ろ姿を眺めていると、黒のストッキングに包まれスラリと伸びた美脚と、脚を動かす度にプリプリと動くお尻に視線がいってしまう。


 先ほど出かける直前に母が写真を撮ってくれた時に久しぶりに桐山にくっ付かれて、俺の脳内のエロセンサーが敏感になってしまった様だ。


 こういうのは好意の問題じゃないんだよな。

 寧ろ、好きな子だとエロイ目で見てしまうことに罪悪感を感じてしまうけど、恋愛感情が無い相手だと遠慮せずに、些細なことでエロイ目で見てしまう。


 特に桐山の場合は、いっつも一緒に居て距離近くて良い匂いするし、桐山の方からのスキンシップが多いし、おっぱいに触れちゃったこともあるし、なんと言っても超美人でスタイル超良くて超美脚で、エロイ目で見るなっていう方が無理があるってもんだ。



 と、エロイ目で見ながら桐山を追いかける様に自転車を走らせていると、予定よりも早めに目的地のショッピングモールに到着した。



 駐輪スペースに2台くっつける様に並べて停めて、2台を繋げる様にチェーンのロックを掛けていると、桐山が「汗で坊主頭が濡れてますよ」と言いながら自分のハンカチで俺の額の汗を拭ってくれた。


「お、おぉ? ありがと」


 やはり今日の桐山はいつもと少し違うようだ。

 こんな風に甲斐甲斐しくしてくれることなんて、滅多にない。


「ゆっくり走ってたつもりだったんですけど、疲れました?」


「いや、全然平気。ただの汗かきなだけだし。桐山の方こそ慣れない自転車で結構な距離走ったけど疲れてない?」


「疲れてませんよ。私だって一応は元運動部ですから体力には自信ありますよ」うふふ


 チェーンのロックを終えて、至近距離から桐山の表情を見ると、全く汗をかいていない。

 相変わらず白くてきめ細やかな綺麗な肌してて、まるで毛穴なんて無い生物の様だ。


「そっか。でも今日は午後もウロウロするんだから、あんまり無理するなよ」


「そうですね。この様子だと午後はもっと暑くなりそうなので、休憩を挟みながらのが良さそうですね」


「そうだな。んじゃ行くか。ドコのお店から行く予定なの?」


「えーっとですね、アクセサリーのお店から見ましょうか」


「おっけ」




 日曜日だからなのか、ショッピングモールの屋外の駐車場は既に多くの車で混雑してて、店内も多くの客で賑わっていた。


 桐山が、入口にある店内の見取り図の前で立ち止まってお店の場所を確認していたので、周るお店のチョイスは全て桐山に任せることにした。



「まずは2階に行きましょうか」


「あいよ」


 移動中、何となく人目が気になって、桐山の後ろに付いて行くように歩き、エスカレーターでも桐山の横では無く後ろに立った。


 けど、目的のアクセサリーショップに入ると、桐山はさも当たり前の様に俺の腕に手を絡ませて、体を密着させて商品の物色を始めた。

 俺も桐山も半袖だから、素肌同士が触れ合うと、ドキッとしてしまう。


 回転寿司に行った時もそうだったけど、桐山はこういうのは人目が気にならないんだろうか。

 アクセサリーショップで腕組んでる男女なんて、ドコからどう見ても恋人同士じゃないか。


 お蔭で変なプレッシャーを感じてしまい、店内はクーラー効いてて涼しいはずなのに、また体中から汗が噴き出て来た。

 しかし、そんな動揺している俺とは対照的に、桐山はいつも通りに落ち着いた様子だった。


「予算は決めてるんです?」


「と、特には決めてないけど・・・高くもなく安くも無い程度が良いのかな。桐山にあげたのと同じくらいなら」


「そうですね・・・因みに、私のこのバレッタはいくらしました?」


「え?言わないとダメ?あんまり言いたくないんだけど」


「ネットで調べようとしたんですけど、全然見つからなかったんですよね。もしかして、これってヴィンテージ物なんですか?それともワンオフなんでしょうか?」


「そこまでは分かんないや」


「そうですか・・・どちらにしても結構しますよね」


「そうでも無いって。バレッタのことはイイじゃん。ブレスレットとアンクレット見るんでしょ?ちゃんと考えてよ」


「考えてますよ。でも予算が分からないことには選べないじゃないですか」


「うーん・・・予算は5千から1万の間で」


「え?そうですか・・・思ってたよりも奮発するんですね。ってことは、私のもそれくらいしたってことですか」


「ノーコメント」



 腕組んだままこんなやり取りをしていると、女性の店員さんが微笑ましい笑顔で俺達を見ているのに気が付いて、滅茶苦茶恥ずかしくなって腕を解こうとしたが、桐山は腕にギュっと力を込めて離してはくれなかった。


 恥ずかしくて「もう勘弁してくれぇ」って逃げ出したくなってる俺とは対照的に、謎のスイッチが入った桐山は真剣な目つきで物色しはじめ、予算にあったブレスレットを3つ候補に選んでくれた。


 どれも見た目では安っぽさは無くてデザインも可愛くてオシャレで良さげな感じで、流石は桐山セレクトだったけど、逆に3つも候補があると選ぶのに悩んでしまう。


 うーんうーんと悩んでいると、先ほどから微笑ましい笑顔を浮かべてる店員さんが「実際に付けて頂いても良いですよ。彼女さん、どうですか?」と言い出した。


「いえ、彼女じゃありません」と言いかけると、桐山が俺の言葉を遮るように「本当ですかぁ~付けてみますぅ~」と普段は絶対に使わない様な声音と口調で、定員さんの提案に喰いついた。


「え?どうしちゃったの?」と聞くと、「(少し黙ってて下さい)」と耳打ちしてから組んでた腕を離して、店員さんに「お願いしますぅ」と言って腕に商品を付けて貰い始めた。



 桐山の変貌ぶりに唖然としつつも順番に桐山の腕に付けられていくブレスレットを見せられ、1つ目の商品を選ぶと会計をして貰うことになった。


 まだ混乱したままだった俺の代わりに、桐山が「プレゼント用に包んでください」と言ってくれて、包んでくれた箱を入れたお店のロゴ入りの紙袋も桐山が受け取ってくれた。


 因みに、3つの候補から最終的にプレゼントに選んだ基準は値段で、桐山にプレゼントしたバレッタとほぼ同額だったからだ。




 店員さんに見送られながら店の外に出ると、俺が何かを言う前に「石荒さん、ああいう時は否定したらダメですよ」と桐山のお説教が始まった。


「いや、でも、菱池部長に同じこと言われた時は桐山も速攻で否定してたじゃん」


「だから、今日はデートなんですよ?たとえ恋人同士じゃなくても、いきなり否定なんてしたら雰囲気が悪くなるじゃないですか。そういうところがデリカシーが足りないっていつも言ってるんです」


「むむ・・・なんか納得出来ん」


「では、こうしましょう。今日は、初めてデートする恋人という設定でいきます。私のことを愛しい恋人だと思って下さい」


「え?マジで言ってんの?」


「はい、大真面目で言ってます。私も石荒さんのことを愛しい恋人だと思って接しますので、石荒さんも抜かりない様になり切って下さいね」


「そんな無茶な・・・」


「そんな弱気なことでどうするんですか。来週は六栗さんと誕生日デートなんですよ?今日のデートで私を楽しませることが出来れば、六栗さんとのデートだってきっと上手くいくはずです」


「うーん、言ってることは分かるんだけど、でも俺と桐山が恋人っていう設定がなぁ」


「もう!本当に往生際が悪いですね!男らしくないですよ!」


 桐山は強めの口調でそう言いつつも、再び俺の腕に手を絡ませて、引っ張る様に歩き出した。



 っていうか、桐山にとって今日のお出かけはやっぱりデートだったんだな。

 その認識の違いがあるから、俺は混乱してしまうんだろうな。




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