#80 お出かけ前の朝の一幕




 翌日の日曜日。


 この日は朝の8時前に桐山はやって来た。

 昨日よりも1時間早い。ちょいと早すぎる。


 何が桐山をそこまで駆り立てているのだろうか。


 そんなにもラーメン屋が楽しみなんだろうか。

 でも、ラーメン屋なんてこれまでも何度も行ってるし、特に珍しいことは無いと思うんだが。まさか、水着買うのが楽しみなのか。それとも自転車に乗れるようになったから、今までよりも行動範囲が広がったのが嬉しいのかな。


 あ、母親と何かあって家に居たくなかったとかかも。


 しかし、心配して桐山の様子を窺うと、俺のベッドに寝転がってニコニコと機嫌良さげにスマホで何やらチェックしていた。



「朝早くから来て、何調べてんの?」


「ラーメン屋さんで今日は何をトッピングしようかとか、水着はどんなカラーにしようかとか、課題のロケハンはどこを周ろうかとか、色々調べないといけないことがあるんですよ」



 全部楽しみなんだな。

 どうやら今日のお出かけを、全力で楽しむスタンスらしい。

 家で何かあった訳じゃないっぽいから良いんだけど、なんか心配して損した気分だ。

 っていうか、朝早くから押しかけられる俺の身にもなって欲しいな。



「で、今日は何時に出るつもりなの?あんまり早くても今日は暑くなるっぽいし、疲れるだけだぞ」


「そうですね。ショッピングモールに行きたいので、ここからだと9時半に出れば丁度いいですよね。9時頃には着替えましょうか」


「ん、わかった。それまで俺も誕生日プレゼントの候補でも調べとくわ」


「今日はそれがメインでしたね。どんな候補を考えてるんです?」


「うーん、色々考えてはいるんだけど、普段使いそうな物とかかな。手鏡とかヘアブラシとか」


「鏡をプレゼントするのは、あまり縁起が良くないそうですよ」


「え?そうなの?なんで?」


「割れ物だから、相手との縁を切りたいとかそういう意味があるそうです」


「マジか。流石にそれはダメだな。他に考えないとか。うーん・・・」


「私にプレゼントしてくれたようにアクセサリーとかどうです?」


「アクセサリーかぁ。髪飾りだと桐山と被っちゃうし、指輪とかネックレスだと、恋人にあげるみたいで勘違いしてんじゃないかって思われそうだしなぁ。そういうのってなんか重いじゃん?」


「六栗さんなら喜びそうですけどね・・・あ、ブレスレットとかアンクレットならどうです?」


「腕とか足首に付けるやつ?」


「ええ、指輪とかネックレスよりは重くないと思いますよ」


「なるほど、確かにそうかも。 珍しく桐山がまともなアドバイスくれたな」


「お役に立てたようで何よりです。それよりも、六栗さんだけじゃなくて私の水着もちゃんと考えて下さいね」


「水着は自分で選んだ方が良いんじゃないの?」


「勿論選ぶのは自分ですけど、石荒さんの意見も参考にしたいんです」


「因みに買ったら水着着たとこ俺にも見せてくれるの?」


「一応そのつもりですけど。 と言いますか、石荒さんくらいしか見せる人いませんけどね」


「確かに」


 俺は桐山のこの言葉を聞いて、ポーカーフェイスを装いながら心の中では『おっしゃぁぁ!』と喝采をあげていた。



「またニヤけてますよ。こういう話になるとスケベ心が顔に出てしまうの、治した方がいいですよ」

 

「おおおおぅ!べ、べべべ別にスケベなことなんて考えてないけど!?」


 どうやら、俺のポーカーフェイスは役立たずの様だ。


「もう慣れましたから別に良いですけどね。それよりも、お出かけするのに今日はちゃんとした服にしてくださいよ。いつもみたいなTシャツにハーフパンツとか手抜きはダメですからね」


「暑いしその方のが楽なんだけど」


「今日だけじゃなくて、六栗さんとお出かけする時もちゃんとしないとダメですからね」


「六栗はそんなの気にしないと思うけど」


「気にしてないんじゃなくて、諦めてるんじゃないんですか?女の子と二人きりのデートなんですよ?相手を失望させてしまう様な服装は男性としてダメです」


「でも俺、オシャレとか分かんないし」


「なら今日は私にコーディネートさせて下さい。私が選びますからね」


 そう言って桐山はベッドから立ち上がり、クローゼットを開けて物色し始めた。


「コーディネートも何も、オシャレな服自体無いと思うんだけど」


「別にオシャレじゃなくても良いんですよ。要は清潔感とか爽やかさとか感じられれば良いんです。石荒さんの問題点は、考えるのが面倒だからと明らかに手抜きしてるのがみえみえで、清潔感とか無縁なところなんです」


「なるほど・・・そんな風に見られてたのか」



 で、桐山がチョイスした服を着せ替え人形の様にアレやコレやと着替えさせられた。

 因みに、桐山の目の前で脱いで着替えるのは恥ずかしかったけど、朝早くから押しかけて来て口煩い桐山に反抗するつもりで目の前でパンツ一丁になって着替えてたが、桐山は俺の裸を見ても全く動じることは無かった。

 昨日の妹設定と違って、今日は姉設定なんだろうか。



 結局、最終的に桐山がチョイスしたのは、カーキ色のカジュアルパンツと襟に白いラインの入った紺色のポロシャツだった。


 ポロシャツはウチの母が桐山の為に作ったワンピースとどことなく似た色合いで、この日、出かけるのに桐山が着替えたのもそのワンピースだった。


 桐山のコーディネートは、下は黒のストッキング履いてて一見いつも通りの露出控えめの様で、でも上は何も羽織らずに二の腕は露出させたままで、ハーフアップとかいう髪型を俺がプレゼントしたシルバーのバレッタで留めていた。


「そのワンピース、よっぽど気に入ってんだね」


「ええ、色合いもデザインも気に入ってますし、スカートが短いのが少し気になりますけど、今日みたいに暑い日には涼しそうで丁度良いですからね」


 

 着替え終えると、ショルダーバッグにスマホとサイフにタオル等を入れて、最後に日差し対策でキャップも被って出かける準備を終えた。

 桐山も自分のトートバッグに必要な物を入れて準備を終えたが、帽子などは持ってなくて、この日は日差しが強いからと俺のキャップを貸そうとしたら、「帽子被るのにバレッタ外さなくてはいけなくなるので、今日は帽子は無くて大丈夫です」と言って、日差し対策よりもオシャレを重視していた。


 


 なんだか今日は、朝早くから押しかけて来たり、俺の服装にまで拘ったり、自分もオシャレ重視だったりと、桐山からはいつもとは違う意気込みのような物を感じる。

  

 もしかして、コレって桐山の中ではデートという認識なんだろうか。

 六栗の誕生日に予定してるデートの話とかもしてたし、桐山も今日はデートだと言いたいんだろうか。


 結局、俺だけ帽子を被ってるのも悪い気がしたので、俺もキャップを被るのを止めた。


 一緒に部屋を出て階段を降りて、リビングの父と母に一言声を掛けてから玄関に向かうと、「車に気を付けるのよ。あと、汗を沢山かくでしょうからちゃんと水分も補給するのよ」と言って、母も玄関まで見送りに来てくれた。


 

 桐山がスニーカーを履いてから振り向いて、母に向かって「行ってきます」とお辞儀をすると、母が「折角二人ともオシャレしてるのだから、写真撮りましょ」と言って、スマホを向けて来た。


「俺はいいよ。桐山だけ撮ってあげて」と断ると、桐山は俺に身を寄せる様に強引に腕を絡ませて、「ほら、往生際が悪いですよ。シャキっとして下さい」と言って、お澄ましスマイルを作った。




 後で母からスマホに送られてきた画像を見て初めて気が付いたけど、桐山とこうしてツーショットを撮るのは初めてだった。



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