#73 勉強の合間の一幕
放課後、月曜日の今日は部活は無かったが美術準備室に行くと、案の定桐山が居た。
作業用のテーブルの上に教科書とノートを広げ、授業の復習をしているらしく、期末試験に備えて勉強モードなんだろう。
「数学?」
「ええ。石荒さんが来るの待ってたんですよ。今日の授業でここの数式が解らなくて聞きたかったんです」
「ああ、ちょっと待ってて。俺もノート見るわ」
椅子を桐山の隣に持って来て座ると、通学用のリュックから数学の教科書とノートを取り出した。
なんだかんだ言って、こうやって勉強のことで頼られるのは悪い気はしない。
特に桐山の様に理解力の高いヤツはコチラの説明を直ぐに理解してくれるので、ストレスを感じさせずに教える側にもイイ感じに満足度も与えてくれるから、教え甲斐がある。
小一時間程二人であーだこーだと言いながら数学の復習をしていると、桐山が「少し休憩にしましょうか」と言うので、シャーペンを置いて座ったまま背伸びをした。
桐山は立ち上がると、電子ポットを持って廊下に出て行った。
ふぅ
にしても、今まで全然気にしなかったけど、今日は桐山が近くに居ると、昨日抱き着いてしまった時の事を思い出してしまうな。特に桐山の匂いを嗅ぐと、顕著だ。
こういうのなんて言うんだっけ。
パブロフの犬?プルースト効果?発情期?
特に下半身が反応してしまう。
窓開けて換気したいとこだけど、外は雨がザーザー降りだしな。
気を紛らわせようと俺も席を立ち、戸棚から不揃いの湯呑を2つと買い置きしてある紅茶のティーバッグを2つ取り出して、1つづつ湯呑に入れた。
電子ポットは菱池部長が私物を持ち込んでた物で、湯呑は過去の卒業生が自作した物らしい。
電子ポットに水を入れて戻って来た桐山は、珍しくカーティガンを腕まくりしていた。
中学時代までの桐山のことは本人の話からしか聞いたこと無いが、知り合ってからでもこんな風に制服を腕まくりしている姿は初めて見た気がする。
ウチの母に作って貰ったスカートやワンピースといい、昨日俺の前でタイツを脱いだりと少しづつ肌を露出することに抵抗が無くなってきているのかもしれないな。
電子ポットのお湯が沸くと、桐山が湯呑にお湯を注いで1つを俺の前に置いて、もう1つを自分の席に置くと座り、砂糖もミルクも入れてない紅茶の湯呑に口を付けながら雑談を始めた。
「そう言えば、あれから六栗さんから何か言われたりしましたか?」
「特に何も。あれだけ怒ってたのがウソみたいに普段通りだったぞ」
「私もスマートフォンの連絡先を聞かれた時は驚きましたけど、落ち着いてくれたようですね」
「ああ、連絡先のことは俺も意外だったな。 それで、早速何かやり取りしたの?」
「今の所は無いですね」
「ふーん・・・」
「・・・私から何か送るべきでしょうか?」
「俺にも分からん」
俺も桐山もスマホを持つようになってまだ数か月で、スマホを使った友達との距離の取り方や詰め方はよく分かってない。
何せ、俺のメッセージのやり取りのほとんどは六栗と桐山だし、桐山は俺とやり取りする為にスマホを買って貰った様な物で、高校生らしいスマホによるコミュニケーションは苦手とまでは言わないけど、不慣れであると言える。
例えば、自分から連絡先を聞いたり、用事も無いのに独り言の様なメッセージを送ったり、そういうのにはまだ抵抗感がある。
「用事も無いのに送る必要はありませんよね。コミュ力高い六栗さんのことですから、そのうちに六栗さんの方から何か送ってくれるでしょう」
桐山は、自分からはアクションを起こさない結論に至ったようだ。
受け身思考というか、こういうところは俺とよく似ている。
基本的に自分から動こうと言う意欲が乏しいというか、相手や周りが動いてくれるのに合わせる方が楽というか。
桐山と遊ぶ様になってから俺は自覚するようになったけど、多分、幼少期の教育方針が影響してるのでは無いかと考えている。
俺も桐山も小さい頃は親が厳しかった。
自分がやりたいことや欲しい物があっても、まず叶うことは無かった。
親が決めたルールや身嗜みを強制されていた。
その結果、自分の我儘を口にすることは無かった。
桐山は今でこそ幼少期の反動で積極性も生まれて意欲的に行動しているようだけど、根っこの部分は受け身体質だと思う。
誕生日のお祝いの話を出して来た時なんて、いい例だろう。
「そういえば、もう1つ忘れてはいけないことがありました」
「ん?」
「年若い女性に抱き着いて胸部に顔を埋めてましたね?」
「え!?ここにきてセクハラ糾弾!? それは謝ったじゃん!許してくれたんじゃないの???」
「ええ、怒ってはいませんよ。でも今後の事を考えますと、これは有益なアドバンテージになるかと思いまして、有耶無耶にはしてはいけないと思ったんです」
「・・・・」
自分が悪かった自覚あるし、この件についてはぶり返して欲しくないのが本音だが、桐山が何を企んでいるのか分からないのが怖い。
そもそも、誰に対してのアドバンテージだ?俺か?六栗か?
桐山は何を競おうとしてるんだ?
それとも弱みってことか?
「つまり私と石荒さんは抱き合う程の親密な関係だと言っても過言ではないですよね?」
「そいえばあの時コアラみたいに抱き着いたりもしてたな・・・っていうか、桐山は異性とのそういうスキンシップは嫌いなのかと思ってたけど、違うの?」
「勿論相手にもよりますよ。石荒さんは頭皮で慣れてますからね、抵抗感は全くないですよ」
「頭皮で慣れてるって言われると、色気も味気もないな」
って、親密な関係を強調するってことは、俺からも抱き着いてオッケーだと言いたいのか・・・?
「あ、勘違いしないで下さいね。いくら親密とは言えスキンシップが許されてるのは女性側からだけですので。男性にはこれらの権利は一切認めてません」キリッ
「やっぱそうだよな・・・そんなことだろうと思った」
ちょっと期待してしまったじゃないか・・・
「あらあら、あからさまにがっかりして、そんなにも私の胸が気に入ったのですか?」
「・・・」
こういう時、何と答えても嬉々として罵倒してくるのが桐山だ。
イエスと答えれば、セクハラだの飢えた獣だの。
そして、ノーと答えれば、心の友だと思ってたのにお世辞でもウンと言えないのかだの、数多くの異性の告白を断って来た私に対して無礼だの。
「やっぱり今日の石荒さんはノリが悪いですね」
「警戒してるからな。俺だって、いつまでもイジられてばかりじゃないし」
「折角頑張って六栗さんの警戒心を解いたのに、今度は石荒さんですか。面倒ですね」はぁ
相変わらず何がしたいのか、よく分からんヤツだ。
「期末試験が終わるころには梅雨も明けてるでしょうから、また美味しいラーメンでも食べに行きましょうか」
「食べ物で警戒心解こうって魂胆か?」
「いえ、普通に美味しい物を食べに行きたいだけですよ。行きますよね?」
「まぁ、行くけど」
「ふふふ。あ、そろそろ勉強再開しましょうか」
「あいよ」
相変わらず食べるの大好きなんだな。
まぁ、桐山と一緒に食べに行くの、俺も楽しいから好きだけど。
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