#70 優等生も複雑な心境
自宅に帰ると、父は留守で母は自分の寝室でロッキングチェアに座ってクラッシックを聴きながら読書をしていた。
母に「ただいま帰りました」と声を掛けると、顔だけ上げて「遅かったですね。期末試験が近いのだから、中間試験の様な事が無い様にしっかり勉強しなさい」と早速小言を言われた。
「はい」とだけ返事をして、直ぐに自室へ入った。
部屋着に着替える為にシャツを脱ごうとしたら、頭に着けていたバレッタに引っ掛けてしまった。
普段は髪飾りは付けていないので慣れてない為、うっかり外すのを忘れたまま服を脱ごうとして引っ掛けてしまった。
一旦脱ぎ掛けの服を戻してから、慎重に頭からバレッタを取り外して、服を脱ぎなおした。
下着姿のままベッドに腰掛け、手に持ったバレッタをしばらく見つめていた。
石荒さんが私の為にわざわざ選んで買って来てくれた誕生日プレゼント。
アンティーク調の銀細工で、派手では無く、でも細かい細工がしっかりとした作りで、私はヒト目で気に入ったデザインの髪飾り。
結局、母は一度も誕生日のことには触れなかった。
気持ちが沈みそうになりますが、これを渡してくれた時の石荒さんの様子を思い出すと、自然とほほが緩んでしまう。
今日は私の16歳の誕生日で、色々なことがありました。
石荒さんがお母様の車で迎えに来て、朝一番に「誕生日おめでと」とお祝いしてくれて、お母様からは「ツバキちゃんがお姉ちゃん」と言って貰えて、石荒さんのお部屋でお母様が作ってくれたワンピースに着替えると、石荒さんは凄く可愛いと褒めてくれて、石荒さんもシルバーのバレッタをプレゼントしてくれた。
お昼には私のリクエストで回転寿司にお父様が連れて行って下さって、皆さんと一緒に楽しい食事が出来た。
けど、石荒さんのお家に戻ると直ぐに六栗さんが押しかけてきて、喧嘩になってしまった。
クラスメイトや友達と喧嘩したのは初めてのことだったし、私も最初はムキになってしまったけど、本気で怒っている六栗さんを見ていて色々思いなおして、自分の欲求よりも石荒さんの意思を尊重すべきだと気付くことが出来た。
そこからは二人の本心を聞き出そうとしましたが、石荒さんは途中で寝てしまったので六栗さんと腹を割って話すことに。
でも私の話を聞いた六栗さんは、自分のことは頑なに話そうとしませんでした。
その様子からも、過去に余程のことがあったのだろうと推察出来ましたが、だからと言ってここで引き下がっては今までと何も変わらないと思い、お母様に相談した上で六栗さんと一緒にお風呂に入って、お互い裸同士になって向き合うことにしましました。
これが良かったのか、お風呂では六栗さんが本音を話してくれた。
でも、それは私が想像してた以上に複雑でややこしい事情でした。
何より驚いたのは、石荒さんは過去に六栗さんの告白を断っていたこと。
石荒さんにも何か事情があったのかもしれませんが、今の石荒さんの様子からは想像が付きません。でも、そんな事情があるからこそ、石荒さんはずっと六栗さんに罪悪感を感じて思いやってたのかもしれません。
そして、六栗さんとも和解出来て友達になれました。
苦手意識をずっと持ってましたが、本音を話してくれてからの六栗さんは、とても可愛らしい女の子でした。
ああいう素直になれない女の子を、ツンデレって言うんですよね。
あと残る問題は、石荒さんです。
六栗さんのことを好きなのにお付き合いする気の無い石荒さんの本音を引き出して、本当に今のままで良いのか、考え直すべきだと思うのです。
余計なお節介だと言われてしまいそうですけど、誰かがお節介でもしなければ、あの二人はこの先もずっと今のままです。
それどころか、時間が経てば経つほど、更に拗れて距離が開いてしまうかもしれません。
一時は二人の間に割り込んででも石荒さんを独占しようと思いましたが、今は考えを改めまして、石荒さんの気持ちに寄り添うことを念頭に置く様に心がけるべきだと考えています。
そして、そんな私自身も少しばかり厄介なことになりつつあります。
これまでと変わらないお付き合いが続くのが理想ですが、今日の六栗さんの様に、あれほど他人の怒りを買ってしまうのはやっぱり問題だったとも思います。
友達付き合いって難しいんですね。
自分だけが親近感や独占欲を抱いていても、相手や周りにとっては迷惑なこともあるんですよね。
何よりも厄介なのが、私自身が石荒さんに男性としての好意を感じ始めていること。
今まで異性からの好意を迷惑だと散々切り捨てて来た私自身が、恋心を抱いてしまったのですからね。このような気持ち、絶対に知られるわけにはいきません。
今日一日で、本当に色々ありました。
私自身の気持ちにも色々変化がありました。
恋心が芽生えたことを自覚したり、石荒さんへのアプローチを思い直し、六栗さんへの苦手意識が改善され、でも結局は石荒さんの傍に居続けることを望んでいます。
こんなにも波乱な誕生日は初めてです。
この先、大人になってもきっと忘れられない一日だったと思います。
◇
翌朝、起きて顔を洗い、髪に櫛を通して整えてからバレッタを身に着けた。
私が髪飾りを付けていることに、誰か気付いてくれるかな。
流石に石荒さんは気付いてくれますよね。
こんな風に服装やアクセサリーのことで周りにアピールしたいと思うとは、自分でも意外です。
バレッタの重みは、昨日一日付けていた為か違和感を感じなくなっていた。
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