第12章 向暑

#69 少女は優しくなりたい




 夜になっても雨が降ってたから、ケンくんのおばさんの車でツバキを送るついでに私も乗せて貰って、家まで送って貰って帰って来た。


 夕飯の焼肉にお呼ばれした時に、ケンくんちで夕飯とお風呂を済ませることをママに連絡してあったから、家に帰るとパパとママに「ただいま」って顔だけ見せて、すぐに2階の自分の部屋にあがった。


 部屋に入って着替えようとしてから、今日着てたTシャツとショートパンツをケンくんちに忘れてきちゃったことに気が付いた。


 今日は色々あり過ぎて脳ミソのキャパオーバーだったのか、ケンくんのジャージのまま帰って来ちゃった。


 直ぐにスマホでケンくんに『ケンくんのジャージ着たまま帰っちゃった。洗ってから返すね』とメッセ送ると、ケンくんからも『六栗の服も洗面所に置きっぱなしだったぞ。母に聞いたら明日洗濯しとくって言ってるから明後日渡す』と返事が返って来た。


 じゃあ、ケンくんのジャージも明日洗濯することにして、今日はこのまま着てようかな。




 勉強机には午前中に勉強してた時のまま参考書とノートは開いた状態。

 スマホにはサッチーから心配するメッセが何通も来てる。


 はぁ


 自分の部屋で一人になると、疲労感が押し寄せて来た。

 怒りと勢いだけでケンくんちに突撃したけど、ハッキリしたようなハッキリしないような、なんだかよく分からない状況。


 ケンくんとツバキは付き合ってなかった。

 それはハッキリした。


 ツバキはケンくんのことを好いてるようだけど、恋愛感情とは違うらしい。

 そして、何故か私の本音を知りたがった。

 最初は喧嘩腰だったくせに、ケンくんが寝てしまったら妙にお節介なことばかり言うようになってた。

 私はそんなツバキに翻弄されて、一緒にお風呂に入って本音を話しちゃって、最後には私から連絡先を教えて欲しいと言っていた。



 桐山ツバキ

 一言で言えば、とにかく変な子。

 

 今まであの子に抱いていたイメージは完全に覆されたけど、本性は今まで以上に何を考えているのか掴めない謎の多い子というのが今の印象。

 優等生でもお嬢様でも無くて、態度や言動が目まぐるしく変化して、食べる事とセクハラとジョークが大好きな、見た目とは真逆のキャラだった。


 そしてケンくんに対する想いは、例え恋愛感情ではなくても、眩しいくらいに強烈だった。

 何があろうともケンくんを信じてて、ケンくんの為なら何だってするという強い意思を見せつけていた。

 たった1~2カ月の付き合いでそこまで信頼を強固にしてしまうほど、ツバキは強烈な人間だった。


 そんなツバキの振る舞いを見て、私は勝てないと悟った。

 容姿だけじゃなくて、気持ちでも負けを認めざるを得なかった。


 でもそれは敗北感では無くて、発見の様な感覚だった。

『ああ、私もこうすればいいんだ』っていう。


 疑って嫉妬してヘソ曲げるなんてのは、幼稚で愚かでなんのプラスにもならないんだ。

 ただ自分の想いを信じて、貫けばいいんだ。

 私のケンくんへの想いは本物なんだから、誰にも邪魔させない程貫けばいいんだ。



 ツバキの本性を知ったことで、自分自身のことも見つめ直すことが出来た。


 でも、ハッキリしなくて分からないままなのが、ケンくんの気持ち。

 ケンくんは、私のことをどう思ってるんだろう。

 ツバキのこともどう思ってるんだろう。


 帰る前にケンくんの部屋で3人でお喋りしてた時、ケンくんは私に気を遣う様な態度だった。それに比べて、ツバキに対しては全く遠慮がないフレンドリーさだった。


 私に対する態度はいつもそうだったから今まで気付かなかったけど、ああやってツバキへの態度と比較すると、ずっと私には気を遣ってたのがよく分かった。


 私のが付き合い長いし私にだってよく冗談を言ったりするけど、あんな夫婦漫才みたいなの何度も見せつけられると、ケンくんがどれだけツバキに心を許してるのか嫌でも分かった。

 ソウルフルなフレンドとか最初はふざけてんのかって思ったけど、ホントにソウルフルな関係なんだよね。


 そりゃ勝てないよ。

 お風呂で見た裸のツバキ、めっちゃ綺麗だったし。

 背が高くて手脚も長くて、お腹もお尻も二の腕も太ももも全然たるんで無くて引き締まってて、なのに痩せすぎって訳じゃなくて胸も私ほどじゃないけどボリュームあって、モデルみたいにスラッと姿勢も良くて、女の私でも思わず見惚れちゃったもん。

 女の私でもそうなんだから、普通の高校生男子なんてイチコロじゃん。

 容姿もスタイルもずば抜けてて、なのに中身はギャップ凄すぎて、あんな面白キャラに勝てるわけないよ。


 でも、まだケンくんは分かんないよね。

 少なくともケンくんはツバキと付き合ってることを全否定してたし、そのことでツバキに怒ってたもんね。ケンくんの本心を聞いたわけじゃないけど、私にもまだチャンスあると思って良いよね。

 ツバキだって、憧れ続けるのは女の子の権利だって認めてたし、私の青春はまだ終わってないよね。


 兎に角、私は私なりのアプローチを探さないとだね。

 今までと同じやり方じゃダメだってことはよく分かったよ。



 そう決意して気合を入れ直すと、試験勉強の遅れを取り戻すために勉強机に向かった。



 けど直ぐに、ケンくんのジャージを着ていることを意識してしまい、ムラムラがモヤモヤして集中出来なくなって、結局ベッドに潜り込んでケンくんの匂いを全身で堪能しながらムラムラを解消して、そのまま寝落ちしちゃってた。





 ◇





 翌朝になっても雨はやんでなかった。


 クセ毛対策でひっ詰めてダンゴに括って、お気に入りの長靴履いてケンくんちに向かった。

 ママが学校まで車で送るって言ってくれたけど、ケンくんと二人で歩きたかったから今日は断った。


 ケンくんちに着いてインターホンをピンコーンと鳴らすと、直ぐにケンくんが出て来た。



 ケンくんの顔見たら、なんだか安心した。


 私はやっぱケンくんが好きなんだ。

 ツバキと仲良くしてようが関係ない。

 私がケンくんを好きなんだ。


 これからは一人で焦って暴走しないように、もっと落ち着きたいな。

 それと、ケンくんに気を使わせなくても良い様に、優しくなりたいな。



「お?今日の六栗の髪型、なんかお洒落だ」


「うん、雨でクセ毛がボサボサになっちゃうからね、まとめたの。変かな?」


「いや、全然変じゃないぞ。サブカル女子っぽくて今までと違うイメージが新鮮で、俺は可愛いと思うぞ」


「ありがと」うふふ



 雨の中、学校までの短い時間を他愛のないお喋りをしながら歩いた。

 

 昨日サッチーからのメッセでツバキと付き合ってると思い込んで怒り狂ってた時のことを思えば、こんな時間を過ごせるのはめっちゃ幸せなことで、大切にしなくちゃいけないんだと思いながら、ケンくんと学校までの道を歩いた。




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