#64 優等生は語り、少女は何を思う



「石荒さんと初めてお会いしたのは3月の入学者説明会でした。その場には六栗さんもいらっしゃいましたね。 特に興味を持ったわけではありませんでしたけど、坊主頭のインパクトが強くて印象に残ってました。 それで入学式の日の朝、クラス分けが張り出された掲示板の前でお二人が一緒のクラスになれたことを大喜びしてるのを遠くから眺めてて、あの時の坊主頭の人だって直ぐにわかりました」


「その時からですね、お二人を意識し始めたのは。 それまでの私は人目ばかり気にしてましたから、あんな風に人目も気にせずに幸せ一杯の笑顔で喜ぶ六栗さんが羨ましかったんです」


「石荒さんの方は入学してからしばらくは会話することすら避けられてたので、理由は分かりませんけど嫌われているんだと思ってました。六栗さんとお話しする時はニヤニヤして嬉しそうな表情でしたし、他のクラスメイトと話す時は冗談も言ったりして笑顔にもなるのに、私の前ではいつも無表情でしたから、何を考えているのか分からなくて怖かったですね。 だから「どうしてこの人は私を嫌うんだろう?」と理不尽さを感じつつも気になる存在ではありました。ですがGW直前に大きく関係が変わる出来事がありました」


「その日は放課後に美化委員会がありました。校内の花壇の植え替え作業をしていたんですけど、途中から雨が降りだして作業は中止となって下校することになりました。 でも朝は雨が降ってなかったので傘を持ってきていなかった私は、玄関前で雨が弱まるのを待ってたんです」


「その時に、同じ様に下校する石荒さんが通りかかって、ご自分が持ってた傘を私に使えって強引に置いていったんです」


「置いていった?」


「ええ。 それまで石荒さんのことを『何を考えてるのか分からない怖い人』だと思ってた私は遠慮したんですけど、開いたままの傘を私の足元に置いて、そのまま雨の中を走って帰ってしまったんです」


「あの時は凄く混乱しました。でも色々悩んでいるウチに石荒さんのことばかり考える様になってて、兎に角お礼をしなくてはって考える様になったんです」


「たったそれだけのことなんですけど、私にとっては大事件でした。畏まってお礼をするのも異性にお礼の品を渡すのも初めてのことで、そう決めたは良いですけど、翌日は朝からずっと緊張と動揺で自分が自分で無いようでした」


「それでも何とか放課後にはお礼を伝えようと呼び止めて用意していたお菓子を渡してお礼を伝えたんですけど、石荒さんは突然体調を崩して、お菓子を受け取らずに嘔吐してしまったんです」


 遊園地でデートした時もそうだったけど、ケンくんすぐ体調崩すもんね。

 原因はわかんないけど、何かあったのかな?


「その時一緒に居た須美さんや野場さんが保健室に連れて行こうとしたら、『保健室だけは不味い。六栗にだけは知られたくない』と言って拒否したんです。六栗さんが保健委員だったからだと思うのですが、その時の様子から、ただの幼馴染じゃない、二人の間で過去に何かあったんじゃないかと考える様になりました」


 え?

 体調不良を私に知られたくない?

 その理由は、私にも心当たりが無い・・・



「それなら仕方ないと、せめて自宅まで送って行くことにしたんですけど、その日も雨が降っていたので私は雨に濡れてしまって、石荒さんの自宅に着くと私を心配した石荒さんに、お母様に送って貰う様に頼んでみるから家に上がっていくように言われました」


「お自宅にお邪魔してお母様が着替えを用意してくれて私の制服を乾かしてくれることになりまして、その間この部屋で待つことになって、初めて二人きりになって会話してたんですけど、私の方はずっと緊張と動揺で上手く対応出来なくて、そしたら石荒さんが『でも、それが本性なんじゃない?普段のお澄まししてるのは周りの目を気にして我慢してるんじゃない?本当は怒ったり笑ったりしたいのに、そういうの出せなかったんじゃない?』と仰ったんです」


「それがその通りだったことに気付いて、凄く驚きました。それと同時に、まだ出会って1ヵ月程度でまともに会話したことが無いのにそのことを見抜いた石荒さんが、本質を見抜く力が優れた優秀な人なんだと知りました。更に石荒さんは『俺の前ではそのままで良いんじゃない?』と仰ってくれて、そのことが切っ掛けで積極的に石荒さんと関わる様になりました」


「それから直ぐにGWに入って、毎日美化委員の花壇の当番があったんですけど、それが終わると毎日このお家に通いました。お母様は私のことを迷惑がらずに快く受け入れて下さって、石荒さんも今までの態度が嘘の様に砕けた態度で私と一緒に居て下さって、私も石荒さんには何でも話せる様になってました」


「学校や勉強のこと、小学生や中学生時代のことや家族のこと、将来のことなども話したりしました。話しても話しても話題が尽きなくて、もっと沢山お話ししたい、もっと構いたい、もっと構って欲しいと、GWが終わる頃には私にとって石荒さんとの時間は日常の一部になってました」


「石荒さんも六栗さんを怒らせてしまったことで酷く落ち込んでたんですけど、どうしたらいいのか私に相談してくれたりして、お互い悩み事なども話してました。私にとってこんな風に心を開いて怒ったり笑ったりできる友人は初めてで、GWが終わる時には、学校が始まったらこんな風に石荒さんと二人で過ごす時間が無くなってしまうと考えると不安になるくらいでした。それで何とかしようと、祖父に相談してスマートフォンを買って貰ったり、石荒さんと一緒に美術部に入部もしました」


「はぁ!?一緒に美術部!?アンタも入部してたなんて聞いてないし!」


「ええ、私が強引に誘って入部したんですけど、二人で一緒に入部したとなると色々と邪推されると心配しまして、二人で相談して部長に勧誘されて入部したらたまたま相手も入部してたということにして、偶然だったことにしましたから。 その時も石荒さんは六栗さんのことを一番に心配してましたね。六栗さんに変な誤解を与えてしまうのを恐れているようでした」


 確かに入部したこと教えてくれた時、ひしいけって名前の部長に勧誘されたって聞いて色々と勘ぐったし、もし本当のこと聞いてたら、もっと疑って感情的になって色々やらかしてたかもしれない。

 多分、ケンくんは私のそういう性格をわかってたから、穏便に済ませたかったんだ。


 だからと言って、ウソ付かれてたことには変わらないけど。



「石荒さんと交流を持つまでの私は、常に周りの目を気にして模範的な優等生であろうとしてました。でも内心ではずっと不満も抱えてました。周りは私の容姿や上辺だけしか見ようとしない。そして自分たちのイメージを押し付け勝手に期待する。それで私がどんな風に思うのか、どんな不満を抱えているのか誰も見ようともしない、私の内心なんて誰も気にしてくれないって。誰も本当の私を知ろうともしない、自分は孤独だって一人でいじけてたんですね。でも、そんな私の内心を見抜いてくれたのが石荒さんでした。石荒さんのお陰で、今は自分の本性を曝け出せる様になったんです」


「今こうして六栗さんを怒らせようと挑発したり本音を話せるのも、石荒さんの影響です。以前の私なら、こんな風に自分の本心を話したり、他人の事情に踏み込むようなことは絶対にしませんでした。でも今はそうしないといけないと思ってます。そう思える程変われたんです。私にとって石荒さんは人生観を変えてくれた恩人なんです」


「ですから、先ほどは恋人であるかのように振舞いましたけど、お互い恋愛感情はありません。私にとって最も大切な友人で恩人であることは間違いありませんけど、それは執着心や独占欲であって、恋心ではありません。 (今朝までは・・・)」


「これが私から話せる全てです。今話したことは石荒さんにも話したことがない話ばかりです。何でも話せると言っても、流石にこんな話は恥ずかしくて話せませんからね」


 今朝まで?

 最後のだけよく分かんないけど、確かに普通なら他人に話せない様な内容だったと思う。

 特に喧嘩相手の私になんて弱みを見せる様なものだし。


 で、ここまで話したのだから、私にも話せと?



 いや、無理でしょ・・・

 この流れ、どうすんのよ・・・

 ここまで聞いておきながら何も話さないと、人でなしじゃない!?

 容姿だけじゃなくて気持ちでも負けを認める様なものじゃない!?

 でも話せるの???

 フラれて諦めきれずに実は強引に幼馴染ってことにしてずっと付きまとってましたって???

 またフラれるのが怖いクセに独占欲丸出しでずっと恋人でも無いのに振り回してましたって???


「私は話しましたよ?次は六栗さんの番です」



 ムリムリムリムリムリムリムリ




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