第11章 風待月

#62 地獄絵図から一変




 目が醒めると部屋の中は薄暗く、床で寝ていて体には掛け布団が掛けられていた。


 頭がぼーっとしてて、どうしてこんなところで寝ているのか、直ぐに思い出せない。

 外は風が強いのか、雨が窓に打ち付ける音が聞こえる。


 体を起こして室内を見渡すと俺以外は誰も居らず、そう言えば六栗と桐山が口論してて、俺だけ離脱して寝転んでたら眠くなったんだっけと思い出した。


 はぁ、と溜め息を吐いて再び横になると、階段を上がってくる足音が聞こえた。

 扉が開くと室内の照明が点けられ、首だけで振りむくとと桐山だった。


 桐山は俺が起きていることに気付くと、俺の傍に腰を降ろして、俺の坊主頭を撫でながら語り掛けて来た。



「石荒さん、目が醒めましたか?」


「ん。いつの間にか寝てた・・・すまん」


「昨日も遅くまで試験勉強してたんですか?」


 そういえば、また脚が痺れて、今度は桐山に抱き着いて押し倒しちゃったことも思い出した。また性犯罪者だって怒られるな・・・

 

「抱き着いて押し倒したの、すまん。脚が痺れててわざとじゃなかったんだよ」


「わざとじゃないことくらい分かってますよ。石荒さんがそういう人じゃないことは、私が一番知ってますから」


「そっか。でも、すまん」


「さっきから謝ってばかりですね、うふふ。下でお夕飯の用意が出来ましたので、降りて一緒に頂きましょう」


「うん・・・って今何時?桐山、帰らないと不味くないか?」


「今日は大丈夫ですよ。お母様がウチの母に連絡してくれて、夕飯を頂いてから送って頂くことになってますから」


「そっか」


 まだ頭がぼーっとしつつそんな会話をしていると、再び階段を上がって来る足音が聞こえ、今度は六栗が部屋に入って来た。



「ちょい!なんでイチャついてんのよ!コソコソしてたから怪しいと思って来たら案の定だし!」


「別にイチャついてなんていませんよ。石荒さんがお疲れのご様子だったから、労わってただけです」


「うっさい!アンタの言うことは信用せんし!ホラ!ケンくん起きて!下でご飯食べるよ!」



 相変わらず仲が悪い二人だけど、感情的にはなってない様に見える。

 二人とも着替えた様で、桐山は今朝迎えに行った時の服にエプロンを付けてて、六栗はブカブカの俺のジャージに同じくエプロンを付けてた。

 そして、妖怪みたいに爆発していた六栗の髪型は、いつものツインテールに結んでいた。俺が寝てる間にシャワーでも浴びてから着替えたのかも。



 起き上がって勉強机の上で充電器に挿しっぱなしのスマホを確認すると、17時を過ぎていた。

 二人とも下から上がって来たから、この時間まで下で一緒に居たと言うことか。



 二人が言い争ってた時からの状況は全く分からないけど、六栗もだいぶ落ち着いてる様だし、とりあえず言われた通り1階へ降りると、食卓のテーブルにホットプレートがセッティングされてて、今夜は焼肉らしくて、お肉や野菜などの準備と5人分の取り皿やお茶碗などが準備されてるので、六栗と桐山も食べていくのだろう。


 俺がいつもの自分の席に座り、同じくいつもウチで昼飯食べる時と同じように隣のイスに桐山が座ると、六栗が文句を言い出した。



「なんでアンタがそこに座ってんのよ。アンタはこっちでしょ」


「何を仰ってるんですか?私はいつもココですよ?六栗さんはお客さんなんですから、ソチラへどうぞ」


「はぁ?なんで自分は客じゃないみたいに言ってんのよ!」


「だって私、お姉さんですから。そうですよね、お母様?」



 やっぱりこの二人、仲が悪いな。

 女同士がモメてるの、超面倒臭せぇ。

 なのに、父は鼻の下伸ばしてニヤニヤと笑顔で二人のやり取りを眺めてて、母は二人に向かって「二人ともお客さんじゃないわよ。ほら、お手伝いして下さいね」と注意してる。

 桐山だけじゃなくて六栗のことも受け入れている様子だ。


 二人が「は~い」と返事をして席を立って母の手伝いを始めたので、その隙に1つだけ半端になってる席に移った。俺がコッチに座れば二人もモメる必要は無くなるだろ。


 母のお手伝いをしている二人の様子をぼーっと眺めていると、二人は仲良くなった訳では無いけど、どうやら母の言うことには素直に聞く様で、なんだかんだと協力してお手伝いしてる様にも見える。


 ホットプレートの温度が上がったのを確認すると桐山がトングを持ってお肉や野菜を焼き始め、六栗がそれぞれのご飯をよそおって配り、父にはビールもお酌してる。


 母が座ると六栗と桐山もエプロンを外して並んで座り、桐山が「お肉もう焼けてますよ。お野菜は何が食べたいですか?玉ねぎとピーマンは私がカットしたんですよ」と言っては、俺の取り皿に焼けた物を取ってくれた。


 桐山が料理の手伝いをしたり食事中にこんな風に甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれたことなんて、今まで一度もなかった。

 そもそも、素の桐山には女子らしいあざとさとか皆無だ。

 どちらかというと食べる専門、そして他人をコキ使う側の人間で俺や菱池部長がその被害者だった。


 これはどうやら六栗が居るから何んらかのアピールでもしてるのだろう。

 女子同士の対抗心みたいなものか。

 なんにせよ、今日は桐山の誕生日だしな、好きなようにさせておこう。


 次々と取り皿に置かれる物を無言でモグモグ食べ続けていると、今度は六栗が「ケンくん、ご飯も食べないとダメだよ?お代わりするなら言ってね」と言い出した。


 中3の時に六栗んちで受験勉強してた頃、お昼をご馳走になってるとこんな風によく言われたっけ。懐かしいな。


 でも、食事中は二人とも言い争いをしてないので、ちょっと安心した。

 父と母が居る前じゃ、流石に喧嘩はしないか。二人ともそこまで子供じゃないよな。


 俺が寝ている間に何があったかは不明だけど、もしかしたら母が二人に何か言ってくれたのかな。先ほどから二人とも母の言うことには素直に聞いて、言われた通りにしているし、特に桐山はウチの母のこと慕ってるしな。


 父と母、そして六栗と桐山はなんだかんだと楽しそうにお喋りしながら食事をしている。

 六栗が押しかけて来た時は地獄絵図だったのに、なんだか不思議な気分だ。

 そして、俺んちの食卓なのに何故か感じる疎外感。



 あれから何があって今こうなってるのか聞いてみたいけど、地雷な気もするから怖くて聞けない。



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