#59 憤慨する少女の戸惑いと意地
ケンくんの部屋に踏み込んで布団を捲り、桐山ツバキが出て来た瞬間、確信した。
GWにこの部屋に来ていたのは、桐山ツバキで間違いなかった。
布団を捲った瞬間に拡がった匂いで、GWにココに訪れた時に感じた違和感を思い出した。
そして、相変わらず艶々でサラサラの黒髪ストレートロング。
この女はこの部屋にマーキングしてたんだ。
この部屋が自分のテリトリーとでも言いたいのか、自分の存在をアピールしてたんだ。
今だって、ケンくんがいつも寝ているベッドで寛いで、挑発的な笑みを浮かべている。
さっき帰って来たばかりなのにもうベッドに入って、この短時間で何をしてたのか、これから何をしようとしてたのか、考えると体中の血が沸騰するように怒りが込み上げて来る。
学校では隣同士の席なのに交流する気配すら見せなかった二人。
でも今は、ケンくんは桐山ツバキに対してツッコミ入れたり怒ったりして、桐山ツバキの方も普段とは全く違う態度だし口数も多くて、一朝一夕の仲では無いことを見せつけている。
お互い遠慮が無くて、普段学校で見せていたのはウソの姿だったのは明らかだ。
距離をとって壁があるとか、怖いから近寄らないとか、全部ウソだったんだ。私を騙してたんだ。
ケンくんに騙されてたと思うと、悲しみより怒りが勝る。
それはきっと、この女のこの態度のせいだ。
私のことを挑発するかのようにケンくんに抱きついてイチャつく様を見せつけられては、悲しみに浸ってる場合じゃない。
ダメだ。
思考が全部持っていかれる。
感情が抑えられない。
怒りに任せて体ごと突撃して二人の間に体を捻じ込む。
元バスケ部でポイントガードだった私を舐めるな。
でも、二人を引き離そうとしていると、いつの間にか来ていたおばさんに騒がない様に注意された。
感情は昂ったままだったけど、おばさんの言葉がブレーキになった。
ケンくんと桐山ツバキも同じだったらしく、3人同時に動きを止める。
揉み合ってた体勢のまま恐る恐るおばさんに視線を向けると、感情の読み取れない表情で私たちを見つめ、「3人とも仲良くしなさいね」と一言残して退出した。
おばさんには私たちがどう映ったんだろう。
一人息子とお気に入りの恋人、そして嫉妬に狂い二人の仲を邪魔しようとする幼馴染?
それとも、女二人で息子を取り合う痴情の縺れ?
どちらにしても、イメージが悪くなっちゃったと思う。
ココまで来て、そんなことを気にするのはナンセンスかもしれない。
でも、好きな人の母親に嫌われてしまうのは、取り返しが付かない事の様に思える。
私は直ぐに感情的になってしまう。
桐山ツバキの様な狡猾さや強かさは持ち合わせてない。
一度冷静になろう。
ケンくんがこれだけ否定するのなら、本当に恋人じゃないのかも知れない。
桐山ツバキの言うことを信じて認めてしまえば、それこそこの女の思惑通りになるんじゃないの。
もし本当に恋人じゃなかったら、まだ私にも残ってたチャンスをみすみす放棄してしまうことになるんじゃないかと引っ掛かってるのも事実。
気持ちを落ち着かせようと二人から離れ、イスに座って二人の表情を観察することにした。
ケンくんは、床に正座して困惑した表情を浮かべている。
その姿は、GWに黒髪の女のことを問い詰めていた時と全く同じ。
私が突然押しかけて、怒り散らしてるのだから困惑するのは当然だと思う。
でも、桐山ツバキとの仲を私に隠していたことに後ろめたさや罪悪感を感じているのか?と言うと、そうでも無い様に見える。
隠していたけど、バレても困る程のことじゃないっていうことなのかな?
そもそも、何故隠してたんだろう。
家ではこれほど仲良さげなのに、なんで学校だと一言も会話をしないの?
学校でも仲良くすれば良いのに、ってそれはそれで私は面白くないけど。
桐山ツバキは、ベッドの縁に腰掛けて乱れた髪や服装を直していた。
その表情は先ほどまでの笑みは浮かべていない。
何か企んでる様にも見えて、油断できない。
以前から、桐山ツバキには警戒していた。
普段学校で見せる態度や表情には、嫉妬してしまう程綺麗だったけど、でもそれは何だか作り物の様な美しさだった。
私が話しかけるといつも微笑んでいるのに、私に全然興味が無い様な。
でも今日はそんな表情は微塵も見せないで、挑発するような笑みを浮かべたり、ケンくんには甘える様に潤んだ眼差しを向けたり、狡猾で強かな性分を隠そうともしていない。
これがこの女の本性なんだと嫌でも分る。
でも、冷静になって改めて二人の表情を見てても、付き合ってるかどうかまではやっぱり分からない。
仲が良いのは間違いないけど、本当に恋人同士なのかというと、二人の様子を見てるだけじゃ判断が付かない。
やっぱり確かめるしかないか。
私が再び質問すると、相変わらず二人は違うことを答える。
ケンくんは恋人同士であることを否定して、桐山ツバキは肯定する。
そしてさっきと同じようにふざけた言い合いを始めるパターン。
イライラする。
自分でも何がしたいのか分からなくなってきた。
二人が恋人だったらどうしたいの?
二人が恋人じゃなかったらどうしたいの?
ケンくんを取り戻したいの?
桐山ツバキに負けたくないだけ?
二人が仲良くしてるのが面白く無いから二人の仲を壊したい?
私はナニに対して怒ってるの?
ウソ付かれてたこと?
他の女と仲良くしてること?
私は数える程しか入ったことのないこの部屋にこの女が居座って、ベッドを使ってること?
怒りと勢いでココまで来たけど、自分の気持ちをどう持って行けば良いのか分からなくなっていた。
そんな困惑が私の中で生まれたときに、桐山ツバキが私に向けて言った言葉。
『ただの幼馴染の六栗さんには関係無い』
桐山ツバキは、幼馴染の私はケンくんにとって特別な存在じゃないと言っている。
私自身、最近ずっと感じてたことだ。
でも、それをこの女の口から指摘されるのは、ムカツクし悔しい。
この女は、ケンくんにとって私は特別じゃなく、自分が特別なんだと主張している。
そして、自分にとってもケンくんは特別だとも。
私だってそう思って来た。
ケンくんのためなら何だって出来ると信じていた。
そして、ケンくんは他の誰よりも私を大切にしてくれてるって。
でも、桐山ツバキの態度や行動を見てると、そんな自分の自信など思い上がりで何の意味も持たない物だと突き付けられてる様にも思えてくる。
桐山ツバキとケンくんは、多分恋人じゃないと思う。
でも、そうだったとしても、桐山ツバキはケンくんを自分の物だと信じてるんだ。
幼馴染風情が調子に乗るな、邪魔するなと。
あっち行けシッシッ!と言ってるんだ。
こんなパッと出の女に良い様にされたまま、引き下がれない。
私にだって意地があるし。
そうだ。
コレは女と女の意地を賭けた闘いだ。
容姿で負けてようが、気持ちまでは負けてたまるか。
覚悟しろ、桐山ツバキ。
そして、ケンくん。
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