#56 団欒と童貞の衝動



 桐山の準備が終わるころには雨足は更に強くなり、まだお昼前だというのに空は薄暗くなり始めていた。

 それでも、桐山念願の回転寿司初体験と言うことで、この雨の中でも出かけることになった。


 父も桐山に良いところを見せたかったのか張り切り出して、普段は俺でもあまり乗ることの無い父の愛車(黒のレクサスRX)で出かけることになったのだが、目立つ国産高級車でチェーン店の回転寿司屋に行くのはちょっと恥ずかしかった。

 我ながら貧乏性だとは思うけど、こういう性分なのだから仕方ないと思う。


 桐山はそんな俺とは対照的で鼻歌でも歌い出しそうな程ご機嫌で、しきりに後部座席で並んで座る俺の腕を掴んだり膝に手を載せたりと楽し気にお喋りしていた。


 お店に到着して駐車すると、折角お洒落している桐山が濡れないようにと先に俺が降りて傘をさしてお店までエスコートしようとすると、桐山は傘に入ると同時に自然な動作で俺の腕に自分の腕を絡ませて体を密着してきた。


 六栗も遊園地に行った時にこうやって腕を組んで来てたけど、桐山からこうやって腕を組んでくるのは初めてのことで、少し動揺したけどよく考えたら普段からスキンシップ多いし(主に頭皮)、先ほどまでの車中でもそうだったので、クールぶって何でもない風に装ってエスコートした。


 店内に入ると、母が事前に予約してたので入口のタッチパネルで手続きを済ませて、直ぐにテーブル席に移動した。


 席に着くまで桐山はずっと俺と腕を組んだままで、誰も俺たちに注目なんてしてないだろうけど、店員や他のお客さんの視線が気になって恥ずかしかった。

 それでも、クールぶったまま何でもない風に装いつづけた。


 テーブル席で父母と向かい合う様に俺桐山で座ると、レーン側に座った桐山は先ほどまでのご機嫌な様子から一変して、何か思案するような表情になった。



「どした?何か気になるの?」


「ココのお店、回転寿司ではないんじゃないでしょうか?」


「どこからどう見ても回転寿司屋だけど?」


「でもお寿司が回ってませんよ?以前テレビで拝見した時は、お皿に乗ったお寿司が連なる様に回っていたのですが」


「ああ、前はココのお店もそうだったよ。コロナの感染対策とかドコぞの高校生とかが悪戯して問題になったりして、今じゃどこのお店もレーンで回すの廃止して全部タッチパネルで注文するシステムに変わったのよ。だから、回転寿司っていう名前だけが名残りで残ってるの」


「そうだったんですか・・・お寿司、もう回ってないんですか」


 俺が説明すると、桐山は落胆した表情を見せた。

 そう言えば部活の時に『お寿司がどの様に回転しているかを確認しに行く』とか言ってたけど、本当に確認するのが目的だったんだな。


「でも、メニューとかのレパートリーは変わらないし、注文するとレーン使って提供されるから面白いと思うよ?」


「他のお店のが良かった?回るお寿司屋さん、探せば今でもあるかもしれないわよ?」


 母がお茶の準備をしながら桐山に尋ねると、桐山は「いえいえ!大丈夫です!ココが良いです!」と慌てて答えた。


 そんな桐山も、俺が「どれにする?お寿司だけじゃなくてサイドメニューも一杯あるよ?」とタッチパネルを操作しながらメニューを見せると、目を輝かせて隣に座る俺に身を寄せる様にして「甘エビの握りと漬けマグロの握りと炙りサーモン!あとローストビーフの握りも食べたいです!」と注文のリクエストをしていた。


 昨日ウチで勉強の合間にスマホで事前リサーチして色々悩んでた様だから、最初に何食べるか決めてたらしい。


 注文した物が次々に自動でレーンから運ばれてくると、「え!え!?なんデス!?凄い勢いですヨ!?どういう仕組みなんデスカ!?」と慌て出して、その様子が面白かったから「3秒以内にお皿取らないとキャンセル扱いになるからな?来たと同時に取らないと食品ロスの常習犯としてお店のブラックリストに載るから直ぐに取れよ?3秒以内だからな?」とウソを教えようとしたら、桐山は「は、はい・・・頑張ります」と騙されそうになったけど、「こら!変な事を教えるんじゃない!」と父に叱られた。



 桐山はその後も興奮気味に次々と注文してはペロリと平らげ、ラーメンやフライドポテトにシャーベットなどのサイドメニューにも手を広げ、最終的には一人で30皿以上食べていた。

 因みに、父と母と俺の3人合わせて漸く30皿ほどだった。


 桐山が満足してくれて、みんなお腹も膨れたので母が会計を済ませようとすると、桐山が「いけません!自分が食べた分は払いますから!」と言い出した。

 どうやら自分で払うつもりだったから遠慮せずに思う存分食べてたらしい。


 でも母から「何言ってるのよ。今日はツバキちゃんのお祝いで来てるんだから、お金は出さなくていいからね」と言われ、「すみません・・・ご馳走さまでした」と恐縮していた。


 更に車に乗り込むと母が「帰りにケーキ屋さんに寄ってバースデーケーキも買って帰りましょ」と言うと、「これ以上は本当にダメですよ!これ以上甘える訳にはいきませんから!本当にダメです!」と桐山が必死に止めたので、流石に母も「そう?そこまで言うならケーキは今度遊びに来た時にしましょうか」と諦めた。


 まぁ、俺もお腹一杯でケーキは食えそうに無かったから良いんだけど、これまでの俺の誕生日と比べると、やはり格差を感じるのは何故なんだろう。



 家に帰るまで「今日はご馳走様でした。本当にありがとうございました」と何度もお礼を言って恐縮気味だった桐山も、家に帰って俺の部屋で二人きりになると漸く落ち着いた様で、「今日はテンションMAXファイヤーで凄く楽しかったです。連れて行ってくださってありがとうございました」と言いつつ、俺のベッドに腰を降ろしてリラックスし始めていた。


「流石に食べ過ぎたんじゃない?休憩するならベッドで寝てていいよ」


「そうですね。少しお休みさせて頂きます」


「うん。遠慮せずにどうぞ。俺は勉強してるわ」



 そう言って勉強机に向かって勉強を始めようとすると、桐山は座ってたベッドから腰を浮かせて履いていた黒タイツを脱ぎ始めた。


 今まで二人きりで過ごすことは多かったけど、俺の目の前でタイツを脱いだりしたことは無かったから驚いた。

 けど、桐山は俺の視線を気にすることなく脱いだタイツを丸めて自分のトートバッグにしまうと、そのまま横になって寝てしまった。



 俺のベッドで横になって寝ている桐山の生脚にどうしても視線が行ってしまう。

 なんなら、ワンピースの丈の短いスカートの中も見えそうだ。


 俺が見ていることなど全く気にして無いかの様に、目を瞑って本当に寝ようとしている。

 真性チェリーの俺には、桐山の無防備な寝ている姿は刺激が強すぎる。

 もっと近くで見てみたい。

 でも、桐山に気付かれたら今度こそ間違いなく性犯罪者扱いされてしまうだろう。


 ああでも気になる!

 見たい!

 っていうか、触ってみたい!

 だって、童貞なんだもん!



 と、童貞の熱くたぎる衝動を必死に抑えていると、誰かが階段を駆け上がって来る足音が聞こえ、突然入口のドアがドンドンと叩かれた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る