第9章 軽暑

#49 付かず離れず




 五厘刈りだった俺の頭も中間試験が終わる頃にはだいぶ伸びてきて、五分刈り程度に戻っていた。


 そして5月が終わり6月に入ると衣変えがあり、制服は冬服から夏服へと変わる。

 豊坂高校は地元では伝統校と呼ばれ歴史がある古い県立高校なので、制服は地味だけど、それでも夏服となれば多少は華やかさがある。


 シャツは半袖になり、ネクタイやリボンも着用はしなくて良くなる。

 特に女子生徒は冬服よりも薄着になって胸元はより膨らみが分かるようになり、二の腕や太ももの健康的な生の肌を露出させる。

 例えば、六栗の様な胸が豊満でスカート丈を短くしている女子は、冬服に比べてより一層強調され、その存在感を主張するかのような揺れと太ももは更に刺激的なものとなる。



 そんな幼馴染な六栗とは、付き合い方が少しずつ変化しつつあった。

 ギクシャクしてるとまではいかないが、あまり踏み込んだりしないようにしていた。


 朝は一緒に登校してるけど、美術部に入部したことや桐山の件もあって、一緒に帰ることはほとんど無くなり、二人きりの時間はかなり少なくなっていた。


 付かず離れずといった感じでなんとも中途半端だけど、幼馴染としての関係は控え目程度には維持したかったので、朝の登校時間はなるべく多く会話するようにして、放課後は六栗との付き合いよりも部活や桐山を優先していた。


 俺だけでなく、六栗の方も最近は目立つ行動は控えている様だ。

 やはり告白事件の影響なのか、人前ではしゃいだり騒ぐことは目にしなくなったし、俺に対しても以前ほどグイグイ来たり、ズバズバ言って来ることも無くなった。


 多分、告白事件以降、俺に対しても何か思う所があったのだろう。

 何があったのか、どう思ってるのか気になるが、聞きづらい。

 以前の俺だったら、戸惑いながらも聞いていたと思う。

 でも今は、地雷の様な気がしてならないので聞く事が出来ずに、ただ、そのうち六栗から何かしら話してくれるだろうと待っているだけだった。


 それに、六栗は未だに告白事件の話題を俺の前では出さない。

 更に、その告白事件以降、他の男子生徒何人かにも立て続けに告白されてて、でも全部断ってるらしく、その話も六栗の口から語られたことは無く、俺は大草や芦谷などの友達伝いで噂話として聞いて知る様な状況だった。


 六栗が男子生徒から告白されるのは別に不思議なことだと思っていない。

 だって、可愛いし、オシャレだし、明るくてお喋りしてて楽しいし、胸だって豊満だし。

 俺だって今まで何度も『こんなカノジョ居たら最高なのに!』と思ったし。

 自らそのチャンスを潰して泣くほど後悔したけど・・・


 でも、六栗が俺にはそれらの話題を出そうとしない理由を色々と考えると、胃が痛くなってくる。

 だから、俺からもそれらの話題が出せないままだった。




 そんな付かず離れずな微妙な距離感ながらも、6月の初日の今日、六栗と二人、真新しい夏服で登校だ。


 勿論、六栗の夏服姿もホメるのは忘れない。


 髪型、メイク、シャンプーの香り、そして制服。

 それらの変化は例え小さな物でも見逃さず即時にホメて幼馴染の美意識と承認欲求を満たすのが幼馴染としての俺の数少ない役目だ。

 例え用無しと思われようと、そこは手抜きはしない。



「豊高の夏服、地味なのにオシャレな六栗が着ると可愛いね。ちょっとドキドキする」


「そう?でもインナーとか透けるのがなんかね」


「それに髪も随分伸びたね。入学式の頃は肩にかかるくらいだったのに」


「ふふふ、そうだね。ケンくん、良く見てるね」


「そりゃ、六栗の容姿に関して随時変化を察知するのが俺の任務だからな」


「何その任務・・・ちょっと怖い」


「・・・ごめんなさい。以後気を付けます」


 前はホメろと要求してたのに、今は怖いって思われてんだ・・・

 スカート脱がせちゃったりしたし、思い当たることが多すぎて超凹む。

 ということはやはり、いくら幼馴染と言えど、これからは馴れ馴れしくするのも不味いんだろうな。



 戦意喪失して若干イジケモードのまま登校すると、桐山は既に来ていて、席に座って大人しく読書をしていた。


 桐山は、夏服になってもシャツの上から紺色のカーディガンを着てるし、相変わらずスカートの下は黒いストッキングを履いていた。


 梅雨が間近の季節で6月初日の今日は結構気温が高いのに、意地でも肌を露出させないスタイルなのだろう。母親が五月蠅いらしいしな。

 でもこうやって静かに読書している佇まいは、夏服になっても相変わらずお上品でお淑やかな雰囲気のままだな。

 あくまで見た目と雰囲気だけなんだけど。


 スマホで挨拶代わりのメッセージを送ってみた。


『おはよあつくないの』


『日本語で話して下さい。何仰ってるのか解読不能です』


 おかしいな。

 六栗なら通じるのにな。


『おはよ』

『あつく』

『ないの』


『おはようございます。暑いに決まってるじゃないですか』


『ならぬげばいいのに』


『女性に向かって服を脱げとは、朝からセクハラが酷いですね』


 人が気を遣って心配してるのにセクハラ扱いとは、桐山こそ酷い女だ。


 抗議の気持ちを込めてジィィっと無言で桐山に視線を向けると、チラリと鋭い視線を返して来た。


「ひぃ!?」


 やっぱ怖いよ!

 睨まないで!?


 俺が視線を逸らして怯える様に縮こまって居ると、今度は桐山からメッセージが送られてきた。



『今日は石荒さんの特訓しましょう』


『なにのとつくんするの』


『スマートフォンですよ!いい加減使い方覚えて下さいよ!読みづらくてストレスMAXファイヤーなんです!』


『わかつたよろしくおねがいします』


『早速お昼はお弁当持って美術準備室に集合です』


『わかつた』



 美術準備室の大掃除を完了させて以降、俺と桐山は美術準備室に入り浸ることが多くなった。

 放課後の部活は火曜と木曜だけど、それ以外の日でも二人で美術準備室に篭って、デッサンしたりお喋りしたりして過ごすことは多く、お昼時間も今日みたいに教室で食べずに美術準備室で食べることもちょくちょく増えていた。


 ただ、クラスではまだ二人揃って美術部に入部したことは知られておらず、あくまで『石荒と桐山は仲良くない』ということになってるので、あまり目立たない様に気をつけてもいる。



 いつも教室で一緒にお昼の弁当を食べてる芦谷と大草の二人には俺が文化部に入部したことは話してあって、「今日は部活の人とメシ食べるから」と断ってあった。


 お昼休憩になり、桐山が弁当を持って教室を出たのを確認してから、少し時間を空けて俺も弁当を持って教室を出ようとしたところで、入口付近にグループで陣取って弁当を食べ始めてた六栗に声を掛けられた。



「ケンくん、外で食べるの?」


「いや、美術部で呼び出しあって」


「ふーん・・・部長さんと?」


「部長は来ないと思う」


「そうなんだ。あ、ごめん、呼び止めて」


「いや大丈夫。じゃあな」


「うん」



 六栗はそう言って、笑顔で手を振って見送ってくれた。


 菱池部長が居ないと聞いた途端、機嫌が良くなった?

 どういうことだ?

 菱池部長に個人的な恨みでもあるのか?

 っていうか、六栗と菱池部長は面識あるのか?


 あとで飯食べながらグループチャットで部長に聞いてみるか。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る