#46 思い悩む少年が見出したひと筋
放課後になり、通学用にしているリュックに教科書やノートを詰め込むと、六栗の席に向かい「一緒に帰れなくてスマン」と一言謝ってから廊下に出て、美術準備室に向かった。
溜め息を吐きながらトボトボ歩く。
正直言って、今日は気が重くて部活休んで家に帰りたかった。
でも、そうなると、六栗と二人で一緒に帰ることになる。
今日に限って言えば、それのほうがもっと気が重い。
今、六栗との付き合い方に悩んでいる俺には、六栗と二人きりで楽しく会話する自信が無い。
多分、今朝の様に会話が少なく重い空気になってしまうだけだろう。
なので、消去法で部活に出ることにした。
昨日、桐山の中学時代から何度も告白してくる男の話を聞いてて、その行動が自分にも当てはまるんじゃないかと思えて来た。
六栗に取って俺は不要の存在で、なのに幼馴染として振舞うのはしつこいその男のそれと同じじゃないかと。
六栗の事は好きだけど、今更付き合いたいとは考えていない。
ただ、幼馴染としての関係を守り、仲良くしていたかっただけだった。
それが俺の罪滅ぼしだとも考えていた。
でも、六栗も同じ気持ちだとは限らない。
高校でも多くの友達が出来て男女問わず人気者の六栗に、俺の存在は既に不要だ。邪魔をしてる可能性すらある。
俺は六栗との関係をもっと慎重に考えるべきでは無いかと、昨日から頭を悩ませていた。
そんなんだから、朝の登校では六栗と二人きりになれても気を遣ってしまい、上手く話しかけることが出来なかった。
六栗もそんな俺に気を遣ったのか、ハタマタ美術部の菱池部長が男じゃなかったのが残念だったのか、俺と同じように口数が少なくて、結局会話らしい会話が無いまま学校まで歩いた。
それで学校に来てみたら、六栗が昨日の放課後にどこぞの男子生徒に告白されて、そのことで大きな騒ぎになっていたという噂で持ち切りだった。
その話を聞いて、昨日の放課後、教師二人に連行されながら愛を叫んでいた男子生徒を思い出した。
あれが六栗相手に告白していた男子生徒で間違いないと思う。
騒ぎになるくらいだから、ただの告白では無かったと思うし、あの男子生徒の様子から相当ヤバイ奴だと言うのも分かる。
噂話を聞いてから六栗の様子を窺うと、次から次へと色々な人に話しかけられてて、愛想笑いでそれに応えている。
多分、笑顔を浮かべつつ、内心では面倒臭いとウンザリしてるのでは無いだろうか。
あの表情からは、そんな六栗の心情が読み取れる。
でも、六栗の腹の中の別の気持ちも想像がついた。
六栗はこの件を俺には一言も話さなかった。
それは、俺に聞かせたくない、もしくは、聞かせる必要がない、そう判断したからだろう。
俺にだって、六栗には話せない話や話したくない事は沢山ある。
桐山のことなんてその最たるものだ。
でも、こうして噂話として他人の口から簡単に聞かされる様な話なのに、敢えて俺には話さなかった理由を想像すると、胃が痛くなる。
やはり、六栗にとって俺は、不要な存在なんだろう。
騒ぎになっても俺には頼るつもりは無く、だから俺には話す必要性を感じていないんだろう。
現に、先ほど教室を出る前に挨拶程度に話しかけても、これだけホットな話題になってるのに六栗からはこの件には一切触れてこなかった。
だから俺からも触れない様にして、いつも通りの挨拶だけ済ませて教室を出た。
そんな現実を目の当たりにすると、胃がキリキリする。
桐山も何か気になるのか俺に色々確認してきたけど、この話題を出されるのは辛いだけだった。
誰かがこの話題を口にする度に、『お前は六栗から必要とされていない』と突き付けられてるような気持ちに陥った。
◇
メンタルが絶不調のまま美術準備室に行くと、入口のドアには鍵が掛かっていた。
スリガラスで中の様子はハッキリとは見えないけど、照明が点いているので中に人は居るようだ。
ノックすると中から「今着替えていますので少しお待ちください」と桐山が応答して、続いて「助けてぇ~桐山さんが怖いよぉ~」と菱池部長の声も聞こえた。
菱池部長に何したんだ、桐山。
って、そうだった。
今日は大掃除するから着替える必要があった。
なら二人が着替え終わるのを待ってる間に俺もさっさと着替えてしまおうか。
そう思い至り、準備室では無く美術室の方へ入り、机の陰に隠れる様にして制服を脱いで、体操服に着替えた。
3人とも着替えが終わり、大掃除を始めた。
掃除のメインは、不用品の廃却。
壊れたり古くて使えなくなった道具や過去に卒業して行った先輩方の作品などが大量に残されたままになってて、狭い準備室の中で場所をとってるし、埃や臭いの元にもなっている。
なので、桐山の提案で今日の部活でそれらを処分することになった。
因みに、先日入部の際に菱池部長が美術部のグループチャットを用意してくれて俺と桐山もそこに登録してて、昨日の夜、そのグループチャットで桐山から大掃除のことが提案された。
その後も主に桐山と菱池部長の二人で密談が交わされ、桐山の指示で菱池部長から顧問と美術教師には既に許可を貰っている。
入部してまだ数日だと言うのに、既に美術部の実権は桐山が掌握していた。流石元生徒会副会長だ。
桐山と菱池部長が棚やロッカーなどの中身を確認しながら次々に取り出していくので、俺はそれらを廊下に出したり、明らかに不要な物は焼却場へ運んだ。
男子が俺一人なので、役割分担ではどうしても力仕事を任されてしまう。
まぁ、色々頭の痛い悩みを抱えて気分が滅入っていたので、こうして体を動かす仕事をしてるほうが気も紛れる。
不用品のほとんどは、過去に豊高の生徒たちが製作したと思われる絵や彫像。
油絵もあれば水彩画もある。彫像の方はほとんどが粘土細工だ。
そういえば、俺は美術部で何をやろう。
桐山は水彩画を強要しようとしてたけど、本音は別に水彩画でもいい。
でも同じことすると、どうしても比較してしまうし、桐山のことだから優劣付けて対抗心を燃やしてきそうで面倒だ。
一番楽そうなのは、デッサンかな?
道具もスケッチブックと鉛筆あれば出来るし。
何度か焼却場に運び込むと休憩がてらにその場でしゃがんで、廃棄した大量のスケッチブックから1冊を手に取ってペラペラと捲ってみた。
中にはデッサンだけでなく水彩画もいくつか描かれてて、かなりの力作ばかりだった。
美術選択の授業を受けてるだけの生徒ではココまでの絵は描けないだろう。
学校に置きっぱなしにしてた様だし、これの持ち主は美術部部員だったのかな。
うーむ、高校生でもココまで描けるようになるのか、と感心すると同時に、俺もちょっと頑張ってみようかと思い始めた。
桐山に強引に連れてこられて強制的に入部した美術部だけど、六栗との関係を見直すのには丁度良いかもしれない。
俺が部活に積極的になれば自然と六栗と二人で過ごす時間は減る。
もしそれが何も用事が無いのにそうなってたら、避けてる様に思われ角が立つけど、部活に入ったからという大義名分があれば角も立たない。
取り合えず、中間試験が終わったら桐山誘って、画材屋で部活用に新しいスケッチブックを買ってこようかな。
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