第8章 立夏
#44 再発する失恋コンプレックス
翌日の朝。
自宅の玄関を出ると真っすぐケンくんちへ向かう。
既に日は高く、朝日が眩しい。
ツツジの甘い香りが風に乗って漂う、5月の爽やかな朝。
今の私の心境とは真逆の朝。
ケンくんちに着くと、インターホンをピンコーンと鳴らす。
直ぐに玄関扉が開いて、出て来たケンくんと向き合う。
「ケンくん、おはよ」
「ああ、おはよ、六栗」
「・・・」
「・・・行くか」
「・・・うん」
「・・・」
ケンくんと二人きりになれるのは登校の短い時間しかない。
だから、美術部の部長のことを聞くつもりでケンくんのお家まで迎えに来たけど、いざ面と向かうと、怖くなって聞けなかった。
だって、「おはよ」の挨拶の後にいきなり「美術部の部長ってどんな人なの?」とか「部長って美人なの?」とか「部長って黒髪のストレートロングなの?」とか「GWに部屋に来てた女って部長なの?」とか「部長とどういう関係なの?」とか「部長のこと好きなの?」とか「部長と付き合うの?」とか聞いたら変じゃん!
「え?なにお前、そんなに気にしてまた嫉妬でもしてるの?」とか言われそうじゃん!
「恋人でもないくせに毎度毎度嫉妬ばかりしてんな」とか坊主頭で言われたらムカツクじゃん!
「嫉妬ばっかしてないで大人になったら?六栗も少しは部長見習えよ」とか言われても私部長知らんし!
それこそ「俺、部長のこと好きになったんだよね」とか照れ臭そうな坊主に言われたら絶対立ち直れなくなるし・・・
やっぱビビる。怖い。
中2のバレンタインで1度経験してるからね。
昨日はあんなに気になって知りたかったのに、今は真実を知るのが怖い。
ケンくんにとって、私の存在価値を知るのが怖い。
完全にネガティブ思考になってるのが自分でも分る。
それにケンくんもなんか様子が可笑しい。
いつもは沢山喋ってくれるのに、今日は口数少ないし表情もシリアスな修行僧フェイス。もしかして、また体調悪くてゲーしたりUN〇漏らしたりしそうなのかな。
そんなケンくんに嫉妬心まる出しで他の女のことなんて聞けない。
だから別の話題をって思って、昨日の放課後の非常識な男子に廊下で告白を叫ばれたトラブルの話をしようとしたけど、思い直してこの話もしなかった。
だって、私の告白を断ってるケンくんに向かって、「私も告白されたけど、断った」って、なんか対抗心燃やしてるとか嫌味とかに聞こえない?
ケンくんだけじゃないんだからね!私だって告白されるし今更後悔したって知らないんだからね!って、受け取られない?
そんなつもり無いんだよ?
昨日は本当に怖くて大変だったし、今日の帰りも怖いから出来れば一緒に帰って欲しいだけなんだよ?
でも、ネガティブ思考の今、どんな風に説明すれば良いのか分かんなくなって、上手く話せる自信なくて、結局何も話せないまま学校に到着。
お互い無言のまま下駄箱で上履きに履き替えて、教室に向かう廊下でも会話が無いままで、でもせめて今日の放課後の都合だけでも聞いておこうと思って、教室に入る直前に「今日は一緒に帰れる?」って聞いたら、「美術部で大掃除するから、スマン」って言って、教室に入って行っちゃった。
やっぱ今日もかぁって落ち込んで、遅れて私も教室に入るとサッチーや他の友達が直ぐに声を掛けて来た。
昨日のことが色々と噂になってたり沢山心配掛けちゃったから、その話題で持ち切りで、他の子とかも色々話しかけてくれてて、でも噂になってるくらいならケンくんの耳に入るかな?って気になって、チラリとケンくんへ視線を向けると、机に突っ伏して誰とも会話をして無かった。
非常識男については、既に出回ってる噂話では1年8組らしくて昨日は保護者呼び出しで学校側から親子でお説教されたらしい。それで今後も同様のことがあれば処罰するって厳しく指導されたらしく、しばらくは5組に近付くことは禁止されたそうだ。
非常識男のことはまだ怖いけど、周りの子も先生たちも私の味方になってくれそうだから、ひとまず安心出来そうだけど、そうなるとやっぱ気になるのは、ケンくんが入部した美術部と3年の部長のこと。
今日も部活あるって言ってたし、こっそり覗きに行こうかな。
ヒト目だけでも良いから、部長がどんな人なのか確認したい。
ケンくんが憧れるような綺麗な人なのか、黒髪のストレートロングなのか。
でも私が覗きに来てるのケンくんに見つかったら、また変に誤解されそうだし、行くなら見つからないように気を付けないと。
この日、学年じゅうで非常識男に私が告白叫ばれた話で持ち切りで、タダでさえネガティブで落ち込んでるのに、色々な人が一々心配したり質問してきたりするからウンザリしてて、授業にも身が入らないし、気も休まらないし、ケンくんのこともずっと気になるし、いつも以上に疲れた。
それでもようやく授業が終わって放課後、ケンくんが教室を出て行くのを待って、後を付けようと私も廊下に出たところで、昨日助けてくれて家まで送ってくれた深溝くんが5組まで来てて、話しかけて来た。
「六栗さん!今日も僕が送って行こうか?」
「いえ、送って貰わなくても大丈夫」
「でも、一人で帰ると何があるか分からないでしょ?みんな心配してるんだし、僕が送って行くよ」
「大丈夫。家近いし、宛はあるんで」
「宛って?誰か他に送ってくれる人、居るの?」
「うん」
「でも、昨日はそんな人居なかったよね?横落さんは方向全然違うし」
「・・・」
昨日助けて貰ってるし無下にあしらうのは失礼だと思って、立ち止まってお断りしてたら思いの外しつこくて、結局ケンくんを見失ってしまった。
っていうか、マジでしつこいな。
昨日は良い人だと思ったけど、なんか押しつけがましい。
親切の押し売りっていうのかな。
ケンくんを尾行するつもりだったのに、いきなり邪魔されて失敗してしまった苛立ちのせいで、深溝くんがウザく思えてきた。
廊下での深溝くんとのやり取りが教室の中にまで聞こえたのか、サッチーが出て来てくれて、直ぐに深溝くんを諫めてくれた。
「昨日も言ったけど、ヒナちゃんが困ってるからそういうのは遠慮してくれる?」
「そうか、ちょっとしつこかったかな。ごめんね?本当に心配だっただけで悪気は無かったんだよ」
「ううん。昨日は助けてくれてありがと。でも大丈夫だから」
苛立ちを隠すように愛想笑いでそう言って、深溝くんの反応を待たずに背を向けて教室の中へ入った。
サッチーは深溝くんと少し言葉を交わした後に教室に戻って来て、なぜか私に謝って来た。
「昨日ヒナちゃんから必要無いって聞いて直ぐに深溝くんにも伝えたんだけどね、私がもっと強く断っとくべきだったね。ごめん」
「ううん。サッチーなんにも悪くないよ。多分、深溝くんの性格の問題でしょ。心配性なのか粘着質なのか。 昨日助けて貰ってこんなこと言うのはアレだけど、今日はちょっとイラっとした。用事あったのに邪魔されちゃったし、マジでありがた迷惑」
「用事って石荒くん絡み?」
「うん。でも今のでなんかそんな気分じゃなくなっちゃった。今日はもう帰ろうかな」
「じゃあ今日も私が送ってくよ」
「方向違うし、いいって。昨日も送って貰って悪いから」
「でも昨日のこともあるしさっきの深溝くんのこともあるから」
そんなやり取りをしてると、スマホにメッセージの通知が。
送り主は、深溝くん。
『さっきはごめんね。六栗さんカワイイから心配になっちゃってさ』
昨日知り合ったばっかなのに、ナニ言ってんの?この人。
スマホの画面見てウゲェって思ってたら、それが顔に出てたのかサッチーが私のスマホを覗き見て、同じようにウゲェって顔してた。
「コレってナンパされてるのかな?」
「かもね・・・っていうか、さっきあしらわれたばっかなのに、しつこいね」
「連絡先交換したの、失敗だったかな」
「とりあえず無視しといたら?やっぱ今日は私が送るよ」
「ごめん。このメッセージ見たら不安になってきたしマジ助かる」
「ううん。私チャリ通(自転車通学)だし全然平気」
「あ、だったら今日は私んちで一緒に勉強する?中間近いし、教えてもらえると助かる」
「そうだね!そうしよっか」
「じゃ、早く帰ろ!」
「おっけー」
結局、ずっと気になってた美術部の部長の正体やケンくんとの関係については何も分からないまま、この日は終わってしまった。
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