#43 優等生の悩みを聞いた少年は




 美術部入部に関する口裏合わせの相談をしながら六栗へも美術部に入部したことをスマホで報告した。


 六栗からは、俺が美術部に入部したことが意外だったような反応が返って来た。

 確かに俺が美術部というのは俺自身も想定外だったしな。

 桐山が言うには運動部はどこも大所帯で、美術部の様な少人数の所を敢えて選んだそうだ。素の自分を出せる環境を探してたみたいだし、俺も毎日部活で忙しくなるのは面倒だったから、なんだかんだと文化部なのは妥当なチョイスかもしれない。



 六栗からの返信が途絶えた様なのでスマホをリュックに仕舞うと、横に座る桐山が座る位置をずらして膝を寄せて来て、俺の腿に手を置いてきた。


 ん?と思い、俺を真っすぐ見つめる桐山の瞳を見つめ返した。


「そろそろ私の話も聞いて貰えますか?」


 桐山からボディタッチ(主に頭皮を)してくることは良くあることだけど、こんなにもシリアスな表情と口調で距離を詰めてくることは初めてのことかもしれない。


 桐山のこの表情とこの距離感はマズイ。

 この距離で見つめると改めて思うが、やはり神懸るほどの美貌だ。

 あの時みたいに、まるで生気を吸い取られるかの様に体が硬直してしまう。


「あ、ああ、分かった。なんだった?」


「今日お昼に告白された話、したじゃないですか」


「うん。何度も告白してくる男子の心境、聞いてたね」


「その話です。 今日告白してきた方は同じ南中の出身で、3年の時に同じ生徒会に所属してたんです」


「へぇ、相手も優等生なのか」


「・・・はたからは優等生に見えてたんでしょうね」


「なんか引っ掛かる言い方だな」


「彼やその周囲に方たちとは色々とありましたからね。私としては思う所があるんです」


「なるほど。それでソイツがどうしたの?」


「当時その方は、先ほど石荒さんが仰ったように、周りからは優等生だと見られてました。成績は私よりも下でしたけど豊坂高校に入れる程度には良かったですし、元々サッカー部で生徒会にも所属して容姿もイケメンだと特に女子生徒の間では人気があったと思います」


「うん」


「その方とは生徒会で一緒になって初めて会話するようになったんですが、人当たりが良くて物腰も柔らかかったので、私も最初は好感を持ってました。本当に最初だけですけど」


「ほう。メッキが剥がれた?」


「そういうことですね。彼にとっては周囲や、特に女性からどう見られるかが一番重要なんです。生徒会に入ったのも、話す時は物腰が柔らかいのも、豊坂高校に入学することも、全てが自分を良く見せる為なんです。薄っぺらいと言いますか、中身が伴ってないんですよね」


「なるほどね・・・」


 何故だろう。

 俺の事を言ってるわけじゃないのに、胃が痛くなってきた。


「彼は最初は生徒会長に立候補してたんです。でも落選してお情けで書記として生徒会に入って来たんですけど、口ばかりで仕事ぶりはイマイチな感じで、なのに副会長の私にはやたらと絡んで来てましたね。恐らく私の容姿と副会長という肩書が彼にとっては魅力的に写ってたんだと思います。 それで彼の本質に気が付いてからは距離を置く様にしてたんですけど、そういう人って他人のそういう機微に敏感なんでしょうね。私が距離を取る様にすればするほど、距離を詰めて来るんですよ」


「それはウザイな」


「はい。私にとっては迷惑な話なので、二人きりにならない様に気を付けたり、話しかけられても素っ気なくしたり、会話が続かない様に忙しいふりしたりとしてたんです」


「うん」


「そしたらある日、キレたんです。生徒会室でみんなが集まってる中で突然叫び出したんです」


「うわ、面倒くさ・・・」


「ええ、『僕ほど桐山さんに似合う男は居ないんだよ!桐山さんには生徒会長なんかよりも僕のがお似合いなんだ!!!』と。本当にウンザリでした」


「なんか、さっきそんなヤツが学校に居たな・・・」


「勿論私と生徒会長とはそういう関係ではありませんでしたし、そんな恋愛感情なんてありませんでした。生徒会長もその場で『何を言ってるんだ?勝手な決めつけはよしてくれ』と否定してましたし、そもそも生徒会長には別にお付き合いしてる恋人が居ましたから。 全部その彼の思い込みなんです。選挙で負けた劣等感や私に好意を寄せてアプローチしても私が距離置いて避ける様になったから、プライドとか傷ついてムキになって生徒会長をライバル視したり、私を自分の物にしようと暴走したり、拗らせて可笑しくなってしまったんだと思います」


「なるほど・・・」


「それ以降、彼は生徒会では腫物扱いになりまして、私も彼とは顔を会わせたくないので生徒会は欠席するようにしてたんです。でもそれ以降も色々あって、ようやく卒業して豊坂高校に入学したら、高校にも彼が居たんですよね。豊坂高校を受験してたことも合格してたことも風の噂で知ってましたが、お昼に突然声を掛けられてしつこく付きまとわれて、挙句告白されて、当時の恐怖と嫌悪感が蘇って気持ちが沈んでしまいました」


「確かにそれはキツイな」


「ええ。それに当時は本人だけじゃなかったんですよね。生徒会室で叫ばれてその場で私が拒絶した後、彼は周りを味方に付けようと私にフラれたことを周囲に吹聴して悲劇のヒロイン気取りで周りの同情を買って、私が悪者に仕立て上げられたりもしましたね。特に女子生徒を味方につけてたのが厄介でした」


「猫被ってるままの桐山じゃお澄ましして大人しく見えるから、相手も調子にのって一方的に言われてそうだな」


「正しく仰る通りでした。当時の私は事なかれ主義で大人しく振舞ってたので、周囲からの悪意には上手く対処出来ていませんでした」


「で、そんな面倒でヤバイ奴が再び現れて、何度目かの告白をしてきたと」


「そういうことです。 彼から中学生時代に3回告白されまして、今日ので4回目になります。毎回『貴方みたいな人とは絶対にお付き合いすることはありません』とキッパリ断ってるんですよ?期待持たせるようなことは全く口にしてませんし、愛想笑いすらせずに無表情で断ってるんですよ?どうして諦めてくれないんでしょうか?」


「勘違いしてる残念なオツムっていう俺の見立て、まさかの正解?粘着質なイメージあるし、しつこそうだ」



 でも何故か感じるこの胸の痛み・・・って、六栗にしてみれば俺もそんな感じじゃないのか!?


 確かに俺は一度六栗から告白されてるし、それでギクシャクした後も六栗の方から歩み寄ってくれて仲直り出来たし、受験勉強だって六栗から頼まれてずっと一緒に勉強してきたから、その勘違い男とは状況が違う。


 でも、俺の役目って既に終わってて、もう不要なんじゃないのか?

 六栗はもう志望校に無事入学したし、高校では友達も沢山出来て高校生活を謳歌してる中で、俺の様な過去に酷く傷つけた男なんてタダ邪魔なだけじゃ?


 なのに俺は、六栗との幼馴染という関係に固執して未だに慣れ慣れしくしてる痛いオツムの勘違い野郎なんじゃないのか?

 六栗がお情けで仲良くしてくれてるのを良いことに、纏わりついてる迷惑な存在なのか?



「どうすれば良いと思いますか?どうしたら諦めて貰えると思いますか?」


「・・・」


「石荒さん?聞いてますか?真剣に考えて下さいよ」


「ああ・・・そんなの、俺にも分かんないよ」



 俺も一歩間違えればソイツと同じかもしれない。

 学校で俺が六栗の傍で幼馴染として振舞えば、六栗の楽しい高校生活の邪魔になるだけな気がしてきた。



「そうですよね・・・私も石荒さんも恋愛に関してはただのビギナーですし、こういう厄介な相手への解決策なんて簡単には出て来ませんよね」


「すまん。でも、俺も考えてみるよ。あまり役に立てないと思うけど、帰り道のボディガードくらいは出来るし」


「ありがとうございます。流石、私のソウルフルなフレンドです。そう仰ってくれるだけで有難いです」うふふ



 いつもと違って真面目に話し込んでたせいで、気付けばスタバで長居してしまい、外は暗くなり始めていた。

 流石に桐山はもう帰らないといけない時間で、画材屋へ行くのはまた今度ということにして、桐山を自宅まで送ってから俺も帰宅した。



 ◇



 家に帰ると腹は減ってなかったので直ぐにお風呂に入り、その後は寝るまで中間テストの勉強をしていた。


 すると、一度だけ六栗から『美術部の3年の部長って、男子なの?』とメッセージが送られてきた。


 菱池部長のことを気にしてるのはどういうことなんだろうか。

『男子なの?』と性別を気にしてるけど、男だと何かあると言うことか?


 ま、まさか六栗は・・・年上男子が好み?

 男子だったら六栗も入部するつもりなのか?

 まぁ、菱池部長は女性なので、六栗の期待に応えることは出来ないが。


 でもそうか。

 六栗は年上の男子が良いのか。

 俺よりも他の男子に興味持つようになったんだろうな。分かっちゃいたけど、今では完全に俺の片思いということか。



 六栗からの質問に返信した後、寝る時間になるまで雑念を振り払うかのようにひたすら数学のテスト範囲を復習していた。




 第7章、完。

 次回、第8章 立夏、スタート。




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