#41 なんだかんだと楽しんでる少年



 放課後になり、六栗に一緒に帰れなくなったことを謝ってから美術準備室に行くと、桐山は既に来ていたが、制服の上着を脱いでて棚の前にしゃがんでなにやら作業をしていた。



「お待たせ。ナニやってんの?」


「見て分かりませんか?使えそうな道具が無いか探してるんです。ヒマなら手伝って下さいよ」


 棚の下の収納スペースをゴソゴソとしながらそう言って、中の物をいくつか取り出していた。


「ヒマじゃない。ヒマじゃないのに誰かさんに泣き真似で騙されてココへ来ただけだ」


「あ、これ使えそうです」


 桐山は俺の文句に答えずに、折りたたまれたイーゼルを引っ張り出して立ち上がった。


 しかし、脚を開いて立てると金具が緩々で直ぐにパタンと倒れてしまった。


「やっぱりダメですね。絵具とか筆も沢山見つけたんですが、カビが酷くて全滅でした」


「まぁこの部屋自体あんまり使われてないっぽいし、校舎自体も結構古いからなぁ」


「明日の部活は大掃除でもしましょうか。快適な美術部生活を送る為にも清潔で居心地が良い環境を整えるべきです」


「大掃除は良いけど、菱池部長に相談してからのが良いだろ」


「菱池部長はお人好しなので断ったりしないでしょう。なんならコキ使って馬車馬のように働いて貰いましょうか」


 確かに菱池部長はお人好しで断ったりしないと俺も思うけど、先輩とか部長としてもう少し敬うべきだ。


「あんまり失礼なことばっか言ってブチ切れても知らないぞ?人の好さそうな人に限って怒った時に手が付けられなくなるからな?ソースはウチの母だ」


「さて、だいたい備品の状態は把握出来ましたので、そろそろ出ましょうか」


 桐山はそう言って流しで手を洗い、ハンカチで手を丁寧に拭くと上着を着込んだので、俺が室内の照明のスイッチを切って、二人揃って廊下に出た。




 下駄箱に向かって歩いていると、教師二人に両脇から抱えられた男子生徒が連行されているのに遭遇した。

 男子生徒は錯乱気味に「僕の愛はこんなことくらいじゃ負けないぞぉぉ!」と廊下の中心で愛を叫んでいた。


「なんだアイツ!?滅茶苦茶ヤバそうなんだけど!?ストーカーかナンかか!?」


「さぁ?でもスリッパの色が赤でしたから同じ1年でしたね」


「豊高でもあんなの居るんだな。勉強のし過ぎで頭おかしくなっちゃったのかな」


「私の通ってた南中でもああいう方は何人も居ましたよ。私もよく衆人環視の中、愛を叫ばれてましたから」


「なるほど、ああいう奴には慣れっこなんだ・・・道理で冷静なんだな」


 告白されても苦痛だって言うくらい告白された経験沢山あるだろうし、桐山程の美貌ならストーカーとか普通に居てもおかしくないだろうから、ああいうのも見慣れてるんだな。

 まぁ、桐山が俺のストーカーっぽい気もするが。



「そんなことよりも早く行きましょう。今日行く牛丼屋さんは少し遠いんですからね」


「あいよ」



 下駄箱で靴を履き替えると桐山とは少し距離を取って校門に向かい、そのまま国道へ向かって歩いた。


 前を歩く桐山とは距離を取って歩いていたが、国道に出る頃には周りから下校する豊高の生徒が居なくなり、桐山は立ち止まって俺が追い付くのを待ってくれて、二人で並んでお喋りしながら歩いた。



「桐山は恋愛事を嫌って興味無いのなら、将来ずっと独身で通すつもりなのか?」


「どうでしょうか。多分そんなことになれば、母に無理矢理お見合いでもさせられて、知らないドコかのメタボなおじさんと結婚させられるんじゃないでしょうか」


「達観してるなぁ。女子高生のセリフだと思えんぞ」


「石荒さんこそどうなんですか?告白することは無いって仰ってましたけど、六栗さんのことはどうされるんですか?」


「え!?ど、どどどうしてココで六栗が出てくんの!?」


「だって石荒さん、幼馴染の六栗さんのこと好きなんでしょ?」


「そ、そそそんなわけねーし!六栗とはタダの友達だし!」


「そうですよね。石荒さんが告白したところで・・・フフ」


「オイこら今の笑いはなんだ」


「六栗さんは可愛らしくて男子生徒にも人気者ですからね。石荒さんの様な坊主頭が親しく出来るのは奇跡以外の何者でもありませんよね。フフ」


「悔しいけど反論出来ない!?」キィィ


「大丈夫ですよ。石荒さんには私が居るじゃないですか。乾いた高校生活もソウルフルなフレンドが居ればきっと楽しくなりますよ」


「友達思いの善人のフリしてるけど、お前は常日頃から俺のメンタルをどん底に突き落とそうとしてる張本人だからな!俺は騙されんぞ!」



 そんなお喋りをしながら歩いていると桐山もいつもの調子を取り戻して、牛丼屋に到着する頃には完全復活していた。




 カウンター席に並んで座り、肩を寄せ合う様にして相談しながらタッチパネルで注文した。


 桐山は、4種のチーズと玉子と刻み海苔が乗った”ノリタマチー牛”の大盛つゆだくとけんちん汁。俺は、山盛りの大根おろしと山盛りの刻みネギが乗った”おろしネギ牛”の並盛とお漬物。

 因みに、桐山に特盛を奢って貰う約束をしてたが、流石にホンキで女子に奢って貰うつもりは無かったし、特盛なんて食べたら家で夕飯食べれなくなるので、軽めにしておいた。


 でも結局、会計の時に「あとで、奢って貰って無いから美術部辞めると言い出されても困りますので約束通り私が払いますよ」と言って、強引に桐山が全部払ってしまったが。



 ご馳走になりっぱなしなのも悪いし牛丼美味しかったしお腹も膨れて満足したし俺からも相談したい事があったので、「今度は俺が奢るから、隣のスタバで少し休もうぜ」と牛丼屋の隣にあったスタバへ行くことにした。


 俺も桐山もスタバ初体験で、素人丸出しでメニューにあったエスプレッソについて散々質問責めにして店員さんを困らせておきながら、違うものを注文する桐山を、俺は3歩後ろから眺めていた。


 結局二人ともフラペチーノでそれぞれ違うフレーバーを注文し会計は俺が支払った。

 しかし、ドリンクなのにどちらも先ほど食べた牛丼よりも高くて物凄く騙された感がハンパ無くて、でもスタバ行くのも奢るのも全部俺が言い出したことなので、やり場のない怒りを腹の底に溜め込みながら、ゆったり座れるソファーのペア席に二人で並んで座った。


 けど、フラペチーノを一口飲むと程よい甘さと酸味が心と体に染み渡り、溜めこんでた怒りは直ぐに雲散した。



「私にもそちらの味見させてください」


「あいよ。桐山のはどう?」


「え?私のも飲みたいんですか?女性の飲み物に口を付けようだなんてセクハラですよ?」


「桐山は当たり前の様に俺の飲んでるじゃん!俺はダメなのかよ!?」


「しょうがないですね。少しだけですよ?」


 そう言いながら、渡してくれたので一口飲んだけど、俺が選んだ方のが俺の口には合ってた。


「イマイチだな。俺はこっちのが好みかな」


「無理矢理強奪するように飲んでおいて味を貶すだなんて本当にデリカシーが無い人ですね。お店の人に謝って来てください。生まれて来てごめんなさいって」


「何でドリンクの好みの話しただけで、人生全て否定されてるの!?」


「そんなことより、相談したいことがあったんじゃないんですか?何を相談したかったんですか?」


「ああそうだった。俺と桐山が一緒に美術部に入部したことを周りが知ったら変に邪推されて面倒だと思って、表向きの事情とか口裏合わせしときたくてさ」


「それなら大丈夫です。既に私が考えてありますよ」


「ほう。なんて説明するの?」


「私が入部したら石荒さんも入部してきて、それ以来馴れ馴れしくされて非常に迷惑してるんです。ストーカーになる前に通報した方が良いですよね、と」


「だいたい予想どおりだな。勿論却下だ」


「では、ある日私が廊下を歩いていたら飢えで倒れていた菱池部長に遭遇して1杯の水と1杯の粥を恵んだことから恩義を感じた菱池部長に「お礼をしたいから付いて来てください」と言われて美術準備室に連れていかれて、大きな箱と小さな箱を出してくれて「好きな方を貰ってください」と言われたので小さい方を選んで、その後下校する為に廊下を歩いていたら山賊の石荒さんに襲われて小さい箱と純潔を奪われてしまった、と説明しましょうか」


「説明長いしどこかの童話からのパクリ疑惑が酷すぎる。勿論却下だ」


「では、菱池先輩に勧誘されて入ったら相手も居て、お互い知らずに入部したってことで」


「まぁそれが妥当かなぁ。取り合えず六栗には桐山の名前出さずに美術部に入部したことだけ話しとこうかな。今からメッセージ送るか」


「あら、ツバキ姫とまで呼ばれて数多の男子生徒の告白を全て断って来た私が居る目の前で、六栗さんのご機嫌取りのが大事だなんて身の程知らずですね」


「桐山は姫なんかじゃないし、六栗が怒ると怖いから慎重になる必要があるの!」


「確かに、六栗さんのあの笑顔の裏に隠された鋭い視線を向けられると、背筋が凍り付きそうになりますよね」


「いや、六栗だけじゃなくて桐山もそうだから。桐山も目つき怖すぎる時あるからな?」


「またご冗談を、うふふ・・・」キッ!


「ほらソレ!怖いっての!睨むの止めて!?」



 

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